破滅の序章




1

ニクラ。
失われた楽園の一つ。

古代、マ神とよばれる民族があった。
その者達は、星からやって来たという。
果てしなく遠い昔、その星では戦争があった。
ささいなことで起こったその戦争は、一つの星を消すという最悪の結末で終わった。
そして、マ神とよばれる星の住人たちは、空へと旅立ったという。
さまざまな星を開拓して、新たな世界を作ったマ神。
その傍らには、のちにザ神とよばれる特殊機械があったという。

ある時、マ神は、一つの星を発見した。
そこには、先住民族がいた。
マ神は、彼らは協力し、やがて先明文明が開花したという。
その大陸の名前はグラン。
彼らはゲ神と呼ばれる知的能力を持つ怪物と戦い、そこでザ神の力を発揮させた。
しかし、その戦いは激しく、核の力を使ったマ神は、グラン大陸の北の海を死の海とさせた。
また、ある熱帯では、激しい戦いが繰り広げられ、ザ神の死骸で土は汚染された。
このようなことから、マ神ではしだいに対立が激怒、二派に分かれて内戦が起きた。
その戦いも、グラン大陸を汚染させるには十分だったという。
やがて一派はマ神の国である、空の国を去った。
そうしてできたのがニクラである。



2

あたたかい大地。
澄んだ空。
風は透き通っていて、穏やかである。
そんなニクラの外れの草原に、ケインはいた。

彼は、大地にあお向けになり、空をぼんやり眺めていた。
草をちぎっては捨て、ちぎっては捨て、それを風が受け止める。
彼は、ぼんやりとしていて、時にはため息をついていた。

「あの夢ー」

ケインは、つぶやいた。
ある日から、ケインは突然幻聴を聞くようになった。
それからというものの、見る夢見る夢、いつも同じことの繰り返しであった。
そこにでてくるのは、「顔のない男」であり、

「このグランの世界を滅亡させ、ニクラの民が、世界を統べる事となる」

と語りかけるのであった。

ニクラがーそんなことあるはずはない。
あんな、なにもできない大人達に。

「大人達に」そういうと、ケインは笑った。
ケインは、今年で25ーすでに大人だ。
しかし、ここニクラでは、世帯を持たないと、大人としては認めてはくれない。
「大人達」はケインに世帯を持たせようと、何度も見合い話をふっかけてきた。
しかし、ケインはいつも拒んできた。「まだ早い」と。
実際、まだ早いのではない。彼は、「怖い」のである。それはーーー。

「ケインーーー!!」
そう呼んだのは、幼馴染のクレアであった。
「また、学校をサボって…わたし、またあなたのために、授業、欠席よ、どうしてくれるのよ!!」
「だったら、呼びにこなけりゃいいだろう」
そういうと、ケインは立ち上がった。
「あのね、わたしがいつも、呼びにいけって、指名されるのよ。まったく・・・あなたときたら・・・」
そう言うと、いつもの説教が始まった。
「ぶつぶつ・・・だから・・・ぶつぶつ・・・」
こうなったら、クレアはとまらない。
「わかったよ。一緒に学校に行こう。それでいいだろ??」
「あたりまえでしょう」
そういうと、クレアはぐっとケインの腕をつかみ、学校の方へと歩み出した。

学校ーーー、ケインは25になるというのに、まだ学校に通っている。
ここにも、またニクラ独特の特殊な考え方が存在するのだ。
生涯教育。ニクラの人々は、世帯を持つまで、学校に通うこととなる。
ここでは、すべてを学校というもので済ませる。
初歩的な学問。暮らしの知恵。子供の作り方さえも!!

それが、逆にマイナスに向かっていったのは、当然のことだった。
人々は、教えられることしか知らない。
自分で考えない。
あらたな発想が乏しい。
感情がコントロールできない・・・など。
そして、いつからか、マ神特有の特殊能力がなくなった。
星を出たときは、色々な、不思議な能力を持っていた彼ら。
それがいつからか、「ただの大地を這う者」となってしまったのだ。
人々は憤慨した。
われわれは、グランの先住民と同じになってしまうのか!!
そう叫んだ者達は、徒党を組んだ。
「反長老派」。
彼らは、この堕落したニクラを救うといい、演説を頻繁に行うこととなった。
ケイン達が今いるこの時こそ、まさにこれが激増していたときであった。

3

ケインには、二人の親友がいた。
一人は「セイ」。優男のような印象であるが、心に熱いものを秘めた男。
そして、「クレア」。ニクラ長老の一人娘で、ニクラで評判の少女である。

今、一緒にいるクレアを、ケインは時々煙たがっていた。
「おせっかい」こういうと、クレアはケインの頭を叩き、口喧嘩にいつも発展した。
「いつか一緒に」小さいころから交わしていた、小さな約束。
ケインは忘れていたが、クレアはもちろん覚えていた。

クレアも25才。
いつも親から口うるさく、結婚、結婚と言われていた。
そのとき、クレアは、「好きな人がいるの」と言い、かどかわしていたという。

「あら??ー学校がーーー」
そう言うクレア達の目の前には、大勢の生徒が演説を行っていた。
「このニクラに真の平和をーーー!!」
そう演説するのは、反長老派の学生だ。
「また、やっているのか」ケインはつぶやいた。
反長老派は、なにも大人だけのものではない。
学生も、また、それにくわわっているのだ。
「やけにこのごろ多いな・・・」
「そうね」
クレアは、そう言うと、ケインの腕をぎゅっと抱いた。
クレアの祖父は、ニクラの長老であるーーー。
辛い。だが、どうにもできない思い。それが、クレアの胸中を占めていた。

「クレア!!ケイン!!」
遠くでそう呼ぶ声がする。セイの声だ。
セイは、荒く息を弾ませながら、興奮して言った。
「すげぇよな、今回の演説!!
なんか、今までで一番大規模な演説らしいぜ!!」
「そう・・・」
クレアは、うつむいてそう答えた。
「あ・・・クレア、ごめん」
セイは、クレアの様子に気づき、そう答えるしかなかった。
「それで・・・今日は、もう休校だってさ。これから、演説に手入れがはいるらしいぜ」
「なんだ」
ケインは言った。
「だったら、来ることなかったのに。」
それから、三人は、たわいのない話をして帰った。
誰も、あの演説の話はしない。
そして、クレアの為を思って、ケインとセイはクレアを家まで送った。

4

夢ーーー、また夢だ。
ケインは、暗い暗い闇の空間でつぶやいた。
また、この夢ーーー。
ケインは、このごろ同じ夢を見る。
そしてーーーこの後はいつも。
ケインは、夢の記憶を探りながら、つぶやいた。

「おまえは・・・誰だ・・・」ケインは、暗がりにいる一人の男に向かって言った。
「ニクラは、滅びる。もう、そこまで来ている」
男の、顔が見えない。
いや、顔がないのだ。
不気味な男であるがーーー、ケインは、その男にくって掛かった。
「嘘だ。ニクラは、平和さ。あんな演説をやったとしても、どうにもなるものか。
そのうち、また、いつもの日常に戻る。」
ケインがそう言うと、男は、笑った。
「その日常を嫌っているのは、おまえ自身のはずなのに!!」
男はそう言うと、消えた。

かわりに、別の男が現れた。
黒ずくめの衣装の男。顔は…帽子を目深にかけていて、見えない。
「クレアの事を、おまえは何も思っていないのだろう??
結婚なんか、考えたくないのだろう??
世帯を持ち、ただ家族の者の為に働く、そんな大人になりたくないと思っているくせにな!!」

「何だと!!」
冷静を装っていたケインだったが、さすがに頭にきたらしい。もちろん、図星だからだ。
ケインは、「怖い」のだ。世帯を持つことが。
女を、子供を、養うということが。
幸せなことだと大人は言う。しかし、彼は怖かった。
それは、養うということは、自分が犠牲になることだからだ。
結婚とは、耐えるものである、とは、よく言ったものだ。
ケインは、結婚することの意味をよく知っていた。
次世代を、生むために、ニクラを、未来永劫まで、存続させるために。
それが本当の意味であるのに、大人達は、「きれいなこと」を彼に話した。
ーーー人を愛するため。
しかし、彼は知っていたのだ。
それは、うわべであるということが。
実際、大人達は、近所などの顔見知りと結婚することが多かったからだ。
ーーー結局、愛していない。
そう、思っている。

「このニクラに、愛など存在しないー」
まるで、ケインが思っていることを当てるかのように、男は言葉を発した。
「しかし、そのことが一番、お前が恐れていることではないな。本当はー…」
「お前になんか、わからないくせに!!」
ケインは、怒りが頂点に達し、男に殴りかかった。
その拳は、空を斬った。
男は、軽くその拳を避けたが、帽子が風に煽られる。
男は、とっさに帽子を直そうとする。だが、そのふいをついて、ケインが飛び掛ってきた。
ケインは、男の顔を、殴った。
そして、このむかつく男の顔を見てやろうと、帽子を取り、襟をつかむーーー。
「!!」
男の顔を見るや否や、ケインは、愕然とする。
そこに存在したのは、自分自身だったのであるーーー。

「っ!!」
ケインは、夢から覚めた。
すでに太陽は空から下がり始めていた。
「悪夢だ・・・」そうつぶやくと、ケインはベッドから降りた。
「なにかの前触れか・・・悪い予感がする・・・」
そう言ったものの、そんなことあるはずが、とすぐさま自分で否定した。

ケインには、なにか予知能力があるらしく、自分が思ったことは、すぐ現実と化した。
それは幼いころからで、長老へ親が見せたこともあった。
長老は、失われたマ神の力の断片だろう、と言っただけであった。
とはいうものの、その力は成長するたびに薄れ、今ではたいしたことはない。
天気ぐらいはよくあたるが。
クレアは、洗濯をする日を決めるのに便利、とよくケインを訪れていた。

「もうすぐ、クレアが来るな・・・いつもご苦労なことだな」
そう言うと、ケインは身支度をし始めた。

5

クレアは、ケインの家に向かって、走っていた。
この日は、快晴、気温は高くなく、ここちよい風が吹いていた。
クレアは、いつもケインの家に行くまで、走っている。
そうしなければ、胸の鼓動を押さえることができないからである。
クレアは、ケインのことが好きだった。
幼いころから、好きだった。
初めは、祖父の客人であった。
なにか、相談事があったらしい。
その時、クレアは初めて同い年の子供に会ったのである。
いつも大人ばかりの家で暮らしていた彼女は、同い年の子供には、会ったことがなかったのだ。
不思議にも、明日の事を言い当てる少年は、クレアのかっこうの話し相手となった。
それからというものの、クレアは、ケインと会うことが楽しみになった。

そうよーーー今だって、楽しいわ。
心の中でそうクレアはつぶやく。
胸の鼓動は、さらに高くなる。

「きゃあ!!」
どしん、という音と共に、クレアは一人の男とぶつかった。
「ごめんなさいーーー、わたし、いそいでいたからー…」
そう言うと、男は、いいですから・・・と怒る様子もなく、クレアはほっとした。
男は、黒ずくめの服装で、帽子とマントを身につけていた。

「ごめんなさい・・・あら、マントが汚れているわ」
クレアは、男のマントの汚れを、叩いて落とした。
ありがとう、と男はうれしそうに返事を返す。
「あなたは、旅の方??このあたりでは見かけないわ」
「はい、いや・・・何と言いますか、昔、このあたりに住んでいました。
あなたの事も知っていますよ」
「まあ!!」
クレアは吃驚して、男をじっと見た。
「どこかで見たことあるような・・・」クレアは、男に、そう言った。
「そりゃ、そうでしょう」
男は、そういうと、クレアにすっと近づいて、こう言った。
「わたしは、旅の占い師なんですよ。自分でも、かなりの腕だと思っています。
けっこう、評判なんですよ??
お嬢さん、あなたの恋の悩み、占ってあげましょうか??」

6

クレアが遅い。
ケインは、苛立っていた。
いつもなら、さっさときてもおかしくないのに!!まったく、クレアときたらー。
そう思っていたところ、トントン、と戸を叩く音がした。
戸を開けると、そこにいたのは、セイだった。

「おい、ケインーーー聞いたか?!」
「何が」
また、セイの噂話がはじまったか、とケインは思った。
「いつも、おまえの噂話を聞くのはーーー」
うんざりなんだよ。
今日こそは、言っておこう。と、ケインは次の言葉を口にしようとした。

「おまえ、知っているか?!長老に、他の国の王が謁見して来たんだよ!!」
一歩、間に合わなかった。しかしーーー、
「他の国の王?!」
これには、ケインも驚いた。

「それで??」
「すごいんだぜ、軍隊もつれてきてさ、見に行こうぜ!!」
セイはそう言うと、ケインをむりやり長老の家に行かせる。
「またか」とケインはつぶやくと、セイと一緒に長老の家へと行った。

長老の家は、すごい人だかりであった。
すみません、と二人は人々をかき分け、「クレア」という鍵を使って、なかに入る。
「クレアと会う約束をしたのだけれど、来なくって・・・」と言えば、一発だ。
「おまえ、すごいよな」セイがつぶやき、笑った。

「クレア!!」
長老宅のだだっ広い廊下に、クレアはぽつんと立っていた。
「あら・・・」クレアは、つぶやいたように言った。
「あら、じゃないだろ。心配したぞ」ケインは、クレアに怒った口調でいった。
「そうかしら」
「クレア・・・??」
脱力したような声を発すクレアを不思議に思い、ケインは言った。
「お取り込み中のところ、失礼だが・・・」セイは、ケインを急かした。
「あ、ああ」
ケインは、セイの後を追った。
「ケイン・・・??」
クレアは、今、ようやく自分の家がどうなっているか、考えることができるようになった。
三人は、長老の元へと急いだ。

そこでは、押し問答が続いている。
「長老」
そう言ったのは異国の王だ。
「わたしは、遥々アサシナから着ました。それは、一つの条約を結ぶため・・・」
「条約・・・??」長老は、いぶかしげに言った。
「ここ、楽園ニクラには、罪深いことをしている。それは、忌むべき差別、だ」
「差別…??」
「三十年前・・・あのことだ」
そう異国の王が言うと、長老は驚く。そして、長老は言った。
「何者だ…お前は」
「…アサシナの王です。いや、使徒というべきか」
「違うな。アサシナの王は、おぬしみたいな、若い王ではない。しかも…力を持っているな…」

長老が次の言葉を発しようとするとき、アサシナの王は笑った。
「さすが。ただの長生きとは違う。
わたしは、あなた方に世界を握ってもらいたいと思うのですよ。
悪い話ではないでしょう??」
「馬鹿な。まさか、封印を解けというのか!!」
「その通りです。さすが、長老」
「何を言っているのだ!!あれを放したら、どんな恐るべき事が起こるのか!!」

「何が、ですか??」
クレアは、間髪入れず、話に割り込んだ。
「おじい様、一体何処からのお客様??わたくしの紹介をせずに、ひどいわ」
「クレア!!」
長老は、困った顔でクレアの相手をする。
「誰だ、この子を中に入れたのは…!!」
「入れるも何も、この二人のせいで!!」衛兵が叫ぶ。二人とは、ケインとセイのことだった。

7

「なんだぁ、そんな乱暴はしていないぜ??」
「ただちょっと見に来ただけです。割り込んだのはクレアがー…」
「うるさいわね!!」
ケインとセイとクレアの三人は、長老に責任を追求されたので、それを押しつけあっていた。
会談は決裂、アサシナ王は短期滞在後、いったんアサシナに帰るらしい。
「しかし…」ケインは、長老に、話題を他に変えるよう、別の話を切り出した。
「あの人は、アサシナの王ですよね??何か、不思議な雰囲気がしました」
「ねぇ、ケインは、予知能力があるの!!おじい様の役に立つかも!!」
クレアは、ケインを自慢した。クレアは、どうやらケインを「紹介」したいらしい。
「不思議…か。それはそうだが、あの者はアサシナの…いや、外の人間ではない」
「外の??」
セイは、興味深く話を聞いていた。

「…さぁ、もういいだろう。とにかく、子供の出る幕ではない。ニクラは大丈夫だ」
そう長老は言うと、ケインとセイを追い出した。そして、クレアは長い説教が待っているらしい。
「子供って…よく言うよな。自分だって、老人のくせに」
セイはそして、じゃ、また、と言い、帰路を目指した。
「アサシナ・・・」歴史の授業で聞いたその地名を思い出しながら、ケインも自宅へと帰った。

8

「秘密のお話があるの」
クレアは、ケインをつかまえたと同時に、こう言った。
「はぁ??」
「今日、わたしの家に来て、お願い」
そう言うと、クレアはさっさとケインの家を出ていった。
「秘密??なんだろう」
ケインは、不思議そうな顔をしてクレアの後姿を目で追った。

このごろ、クレアがわからない。
そう、ケインは思う。
このニクラは、閉鎖的社会で、村の誰もが顔見知りである。
その中でも、クレアは一番の友達である。
幼いころから知っている。
初めは、両親に連れられて、長老に会いに行ったときだった。
そこに、クレアはいた。
最初、クレアは人見知りが激しかった。7つをすぎてもその調子だったので、長老は心配していたらしい。
クレアは、幼いころから、うわべだけで会話していた。あまり、心を開かなかった。

そんなとき、ケインはクレアに会った。
初め、ケインは、クレアに話しかけたが、クレアは無視して、外に行こうとした。
「夕立が降るから、外に行かないほうがいいよ」そういったのは、ケインだった。
「なんで、そんなことがわかるの??」
「わかるから、ここに来たんだ」
くだらないことを話してばかりのクレアの友達とは違った、不思議な雰囲気のする少年。
そこに惹かれたのはクレアだった。
「ねぇ、結婚してくれる??」
会ってや否や、そんなことを言ったクレアに、ケインは驚いた。
「そして、いつか、もっと広い世界に行きたいの」
クレアは、自分を解放してくれると、ケインのことを思った。
そして、今ーーー。

クレアは、このごろ様子が変だった。
時々、脅えたような表情をする。そして、どこか村外れに毎日行っているとのセイの話だ。
「新しい、男かなんかか??」
そう、セイが言ったのを、ケインが殴ったりした。

「時は、変わるものだ」そう、ケインは呟く。
クレアは、嫌いじゃない。けれど、大好きってことじゃない。
クレアは、結婚を簡単に考えすぎる。そう、ケインは思う。
前から、結婚、結婚とうるさいクレア。
でも、まだまだ早い、というケイン。
こんなことがずっとで、すでに二人はニクラでいう結婚適齢期というものに近づいていた。

このままでは、いけない。なにかが、たりないんだ。
そうケインは思い、家を出た。
「クレアの家に…めんどくさいけれど、行ってみるか」そう、呟きながら。

9

クレアの家は広い。
長老の家だからなおさらなのだが。
ケインは、召使に連れられて、いままで来たことのないだだっぴろい広間へと案内された。
白い壁。照明は明るい。足元には絨毯がひかれていた。どうやら、客間らしい。

「ケイン!!」
そう言って、扉を開き、駆け寄ってきたのは、クレアだった。
「!!」
クレアを見た瞬間、ケインは驚く。
白い、純白のベール。床を引き摺るほどに長い丈の服を身にまとっているクレア。
あれは、婚約の衣装だ。
「似合う??」
びっくりして何も言えないケインを見るなり、クレアは言葉を続けた。
「わたし、結婚するの…相手は…」
「相手は??」
「あなたよ、ケイン」
その言葉を聞き、ケインは何故、と、とまどいを隠せない。
それはそうだ。クレアの目は、真剣だ。
いや、真剣というのとは違う。
ケインは、彼自身が生まれつき備わっていた能力で、クレアの心を漠然とだが読むことができた。
あれは、狂っている。狂気の目だ。
「何を言っているんだ、クレア。俺は、ぜんぜんそんな話は聞いていないぞ」
「内緒にしていたのよ。あなたのご両親も、皆、知っているわ」
馬鹿な、とクレアの言葉を疑うケイン。しかし、次に現れたのは、クレアの両親だったー…。

「君が、ケイン君か。時々姿は見ていたが、こうして面を向き合うのは、初めてだ」
そう言ったのは、クレアの父だ。
「数年前から、クレアの結婚を考えていたのだがね…クレアが急にと、言い出したんだ。
なんと、君から告白したんだってね…いやいや、私たちに内緒だったのは、責めはしない。
謝らなくていいんだよ。やはり、二人の意思が大事だからね…」
ケインは、違うんです、と何度も言いかかったが、クレアの両親の言葉攻めで何も言い返せなかった。

どうやら、クレアは用意周到に、すべての者を言いくるめていたらしい。
もちろん、彼抜きで。
「嬉しいわ、やっと、一緒にになれるのね」
そう言い、クレアはケインの腕を抱いた。
「違うー…」
ケインは、クレアの言葉に抵抗したかったが、すでにその気力を無くしていた。

10

ケインはぐったりとした体で家に帰った。
両親とは顔を合わせなかった。これ以上、自分にダメージを与えたくない。
「なんてこった…もう、終わったな」
彼は、自分で自分を卑下していた。
クレア達に、何も言い返せない自分。このまま結婚をするというのに流される自分。
しかし、彼は知っていた、もう、引き戻せない、と。

ニクラは閉鎖的社会である。
近所同士で婚約するというのも珍しくない。
外から誰たりとも流入しないこのニクラで、このようなことは日常茶飯事だった。
しかし、彼らは幸せだった。
昔から、気の合う同士で結婚するというのは、この上ない幸せだと考えていた。
愛というよりは、なにかの馴れ合いで結婚をする人々。

それをケインは嫌っていた。
そのことを、決められた未来と思っていたからだ。
ニクラの人々は、それを安心な、保証ある未来と称えているように見えた。
しかし、それは、つまらないー…、何も未来を生まない忌むべき慣習だとケインは考えていたのである。

それを、今日、まじまじと体験することとなる。
そして、その慣習がなぜなくならないかを、誰も拒まないということが身をもってわかった。
世間体。
彼は、こう考えた。
二人で決めた結婚というのは、ニクラでは必ずしも多いとは限らない。
どちらかが一方で決めた結婚の方が多いのだ。
しかし、それを断る理由なんて、どこにあるのだろう。
一回、婚約を断ると、世間はその者を除外しようとする。
そして、一生、結婚は望めない。
結婚を断られた者は、名誉を傷つけられることになるからだ。それは、断ったほうもだ。

それは、ニクラで元々ある慣習ではない。
いつのまにかできたものだ。
だから、たちが悪い。
この憤りを、誰にぶつければいいのかわからない。

11

ケインとクレアの婚約は、延ばし延ばしになっていた。
このごろ、反長老派の動きが活発になっているからだ。
すでに、ニクラの民の幾分かが、反長老派に荷担していた。
そして、さらにニクラを脅かす者が現れることとなる。

黒童子。
古代のニクラ…、いや、マの一族が作り出した、戦闘機械。
それが、ニクラの郊外にまで、出没するまでになっていた。
一体、誰が、何の為にか。
それはわからないが、反長老派が、なにかの「味方」をつけたということが、噂になっていた。
「あそこには、いってはいけないよ」
大人たちは、子供へと忠告する。
そこは、ケインがよく学校をサボるとき、昼寝をしていたあの草原であった。

「話があるんだ」
ケインは、クレアにそう言ったのは、ある昼下がりのことである。
「なぁに??」
クレアは、軽く返事をしたが次の瞬間、ビクッとした。
ここ学校に来ないと思っていたケインが、久しぶり…といっても、一週間ばかしだったのに、
何か雰囲気が変わっている。そう、クレアは思った。
二人は、互いが変わったと思っていた。
ケインは、クレアが…、クレアは、ケインが「変わった」と思っていた。
昔から一緒にいたもののみがわかる、微妙な違い。
ちょっとした仕草、話し方など、彼らは少しの事に敏感になっていた。

「わかったわ。じゃあ、学校の外れの広場にいきましょう」
そう言うと、彼女はケインの腕を引き、広場へと歩み出した。

「クレア」
そう言うと、ケインはクレアの両手をぎゅっと握った。
「なぁに??」
クレアは、少し照れながら、返事をした。
「君は、何を考えて、あんなことを考えたんだ??」
その言葉に、クレアは驚いた。
彼女は、彼が、愛の告白でもするために、こんな人通りの少ない所へ呼び出したのだと思っていたのだ。

「何って、何なの??」
「いきなり、俺抜きで話を進めて、一体何が楽しいんだ??」
ケインは、怒っていた。
自分の意思とは関係なしに、自分の運命が決まるということに。
「何よ」
クレアは、そのケインの言葉に、態度を急変させた。
「あなたはね、贅沢なのよ。
そうやって、自分が、自分がって思っているのだろうけど、そんなに人生甘くはないわ。
あなたは、理想が高すぎる。
しかも、それを、みんなが我慢して暮らしているのに、なのに、あなたは…」
「クレア!!」
それは、まるで、自分のしていることをすべて否定されたような話し方だった。
いかにも「わたしはあなたよりも大人の考えよ」といっているようだと、彼は思った。

「だったら!!」
まるで吐き捨てるようにケインは言った。
「だったら、なぜ!!
君は、俺をあんなふうにして、とまどっている姿を見て微笑んでいられるんだ??
本当に、俺のことが好きなのか??」
「あなただって!!」
クレアは、返す。
「あなただって!!
わたしのこと、どう思っているの??
聞いたのよ。わたし、聞いたの。
あなたは、別に好きな人がいるって!!
・・・聞いたのよ!!」

クレアは、そう言うなり、ケインの腕を振り払い、その場を去った。
「クレア!!」
ケインは、クレアを追った。
しかし、すぐ見失ってしまった。

「他に、好きな人がいるだって??」
クレアの告白に、ケインは混乱していた。
「そんなこと、あるわけがないのに。
一体、誰が、そんなことを…」

12

ケインは、クレアを探していた。
家に帰っていないことを確認した後、大通りを一人で歩いていた。
「こういうとき、一人でいたがるんだ、あいつは」
そう言い、ケインはハッとした。
「あそこには、いってはいけないよ」
大人たちの言葉を思い出す。
ニクラの外れの草原。よく、自分も行くところだ。まさか、あそこに…。

ケインは、走った。
「あそこには、いってはいけないよ」
行ってはいけない、わかっているさ、そんなことは!!
そう自分に言い聞かし、彼は草原に続く一本道を走り抜ける。

すると、一人の男にケインは会った。
見たことがある。あの、長老と話していた、異国の王だ。
アサシナから来た…というのは記憶にある。

「ごくろうなことだ。このニクラで、そんなにも活発なのは、君くらいかな」
のんびりとした話し方のアサシナの王は、そう言うなり、笑った。
「どいてください。急いでいるのです。友達を、探しに」
「…クレアか」
その、話し方にケインは何かひっかかるものを感じた。
すでに、もう、何もかも知っているようだ。そう、思ったのだ。
「まるで、何もかも知っているかのようだって??」
そうアサシナ王が言うなり、ケインは驚いた。
「この力。人の心を読む力。簡単なものだったら、わたしにもできる。
それはなぜなら…いや、やめておこう。君も、いつかは知ると思うだろうからね」

「何が言いたい」
「その力、とても惜しい。是非、我々の為に役に立ててくれないか??」
アサシナ王は、話を続けた。
「三十年前、一人の赤子が生まれた。
その子は、純粋なるマの神の力を持っていた。
しかし、長老は恐れ、その赤ん坊は、母親ごと幽閉された。
子供は憎んだのさ。ニクラを、腰抜けの、ニクラや…空の民をね」

空の民。
それは、ニクラと同じ血を元とする者達である。
空とぶ船に乗り、時々長老を尋ねるのを、ケインは知っていた。

「それが??」
「今現在、反長老派というものが、活発なのは知っているね??
あの者達が、何を要求しているかを君は知っているはずだ」
「別に」
「彼らは、言っている筈だ。世界を、我らにってね」
「何もできない奴らの集団さ」
ケインは、すぐさま否定した。そんなことをできるはずはないと思っているからだ。
しかし、アサシナ王は言う。
「そして、本来のニクラを取り戻すのだ」

本来のニクラだって??
そんなもの、あるというのか。
ケインは、思った。
それが本来のニクラだったら、今のニクラは何なのか。
今の自分は…。
いや、何かひっかかるものがあるにしろ、今はこんなことを言っているときではない。

「何を変えるって言うんだよ。
今、俺は、そんなだいそれた話しをしている暇はないんだ」
「その幽閉された御子。
その方の封印を解くのだ。そうすれば、ニクラは変わる。
君の望んでいる社会になる。本来の、ニクラに」
「あんたは、アサシナの王なのに、ニクラに干渉して、何が楽しいんだ??」
それは、もっともな言葉であった。
しかし、アサシナ王は言う。
「今は、アサシナの王、だけれどね」
そして、言葉を続けた。
「君は、不思議な力を持っているようだね。
未来が、見える、というのだろうか。
その力を、もっと役に立てたらどうかね」
「さぁね、それより、クレアが先なんだー…」
そう言うと、ケインは一路、草原へと向かった。

「まったく…後先考えないやつだな、お前は…」
アサシナ王は、そう笑うと、その場を消えた。

13

決まっている未来、そんな世の中で生きていて、何が楽しい??
もっと、世界を変えよう。
私達が中心となる世界へ。

聞こえる。
言葉が…、あの、夢の言葉だ。
今までの、夢の中の出来事が、彼の頭の中に構築されていった。
ニクラを滅ぼす、世界を支配する、といっている、顔の見えない男。
そして、それと同じ事を言う、「自分自身」。

「…何だって言うんだ」
ケインは、草原に向かって走っていると、何かが語りかけているような錯覚におちいった。

私なら、すべてを可能にできる。
力ある者よ。
私に…。
「うるさい!!」
ケインは、言葉をかき消すように怒鳴った。
しかし、言葉は、終わらない。

「どうしたっていうんだ、もう…このごろ、何かがおかしい。毎日見る夢といい…」

そうつぶやき、走る。
すると、草原が見えてきた。
視界に、見える…クレアだ。

「クレア!!」
クレアは、ケインを見た。
そして、クレアもケインを見る。

「ケイン」
クレアの表情は、暗い。
「クレア…さっきはごめん」
「わたしも…急に、取り乱したりして。このごろ、わたし、変だわ」
「あのさ、クレア…俺、クレア以外、好きな奴っていないんだ、本当だ」

「そうなの??」
クレアは、驚いたような表情で、慌てふためいた。
「でも、聞いたのよ、あなたと、わたしが知らない女のひとが、一緒に歩いているのを。
それで、それで…」
「それは、誰にだ??」

「それは…」
クレアは、黙り込んでしまった。
黒衣の男。
クレアは、その者に、恋の成就を占ってもらったのだ。
「早くしないと、誰か他の人に、取られてしまいますよ」
そう、男は言った。
そして、クレアが選択したのは…婚約をするという、手段。

「あなたが言いたいことは、わかっているわ。
こんなふうに、他人が事を押し進められるのにいい気がする人なんていないもの。
でもー・・・、こういうふうにするしかなかった。
今、反長老の人々が増えてきているって知っている??
なにか、途方もない力が働いている気がするの。
あなたも、いつか、どこかにいってしまう気がしてー・・・」
「途方もない力」
ケインは、クレアの言葉に耳を傾けていた。
クレアも、感じている。
このごろの、ただならぬ気配。
もしかしたら、クレアも同じような夢をみているのだろうか。
「俺だって、怖い」
怖い。
この表現は、おかしいのかもしれない。
しかし、彼が本当に恐れていたのは、そのことではなかった。
決められた未来があることを、彼は恐れていたのである。

「大丈夫よ。
わたしと一緒になれば、絶対幸せになるわ。
今までの不満なんて、消えてしまうの。
ずっと、このままでいましょうよ。」

・・・ずっとこのままで。
この言葉になぜか不安を感じた。
本当に、このままでいいのか??
この国はそれでいいのだろうか??
ふと、あのアサシナ帝の言葉がよぎった。
「本来のニクラに」
それは、どういうものなのだろうか??
それこそが、自分の在るべき本当の世界なのだろうか??
とにかくー・・・今のニクラには、自分の在るべきところはない。それは、わかっている。

「クレアー・・・、俺は、今のニクラが、いいとは思ってはいない。」
そういうと、クレアは否定する。
「そんなことないわ。
わたしは、今のままで幸せよ。
みんな、もっともっと、良い暮らしをしたくって、
わがままをいっているだけじゃない!!」

刹那ー・・・一筋の黒い風が飛び込んできた。
それは、あの、大人達の言うー…戦闘機械、黒童子であった。

14

「黒童子…」
がくがくと、足が震える。
二人は、逃げようと、黒童子とは反対の方向を駆けた。
「!!」

だがしかし、黒童子は、一匹ではなかった。
周りを、四体の黒童子が囲んでいる!!
「ケインー…」
クレアは、自分達が、いってはいけない所にきてしまったのだと悟った。
「ごめんね」
そうクレアが言うや否や、黒童子は二人をめがけて襲ってきた。
「クレアーーー!!」
次の瞬間、ケインが見たのは、黒童子に八つ裂きにされた、クレアであった。

クレアの体に大量の血が溢れる。
クレアの、白い手や、足は、ちぎれ…すでに、人という姿ではなかった。
クレアは、地面に倒れた。
すでに、人であったら、そのような姿では…もう死んでいるというのに、クレアは、生きていた。
「ご…め・ん……ね…−−−」
そう言うと、クレアは息絶えた。

「ああー…!!」
ケインは、後悔の念で、一杯であった。
取り返しのつかないことになってしまったと、思った。
そして、クレアの血が彼の「何か」の起爆剤となった。
体から、力がみなぎるようだった。

黒童子は、クレアを見ると、ケインへと標的を変えた。
そして、ものすごい勢いで襲ってきた。
しかしーーー。
ケインは、素手の一撃で、黒童子を仕留めた。

一匹の黒童子が瞬時に倒され、他の黒童子は、驚いた様だった。
しかし、次の瞬間、残りの黒童子が一気に襲ってくる。
「…っ!!」
ケインは、まるで知っているかのように、何かの印を結んだ。
そして、光が、閃光が全体を包んだ。
光が消えると、辺りには、黒童子の死骸があった。

「はぁ、はぁ・・・」
ケインは、自分の力に驚愕しながら、しかし、心の中では何らかの快感を生じていた。
その力こそが、彼のマの力であったのだー…。

一匹黒童子が生きていたが、すでに動く力がなく、キィ、キィ、と音を発することしかできなかった。
しかし、ケインは、これこそ粉々にまでするかのように、黒童子を壊していく。
まるで、虫を捻りつぶすかのように。
楽しんでいるのかもしれない。

そして、ケインは感じた。
今まで、夢の中に出てきた、男の声。
はっきりと聞こえる。
「我は、来るべき新世界を作るものー・・・。
すべてを、我にゆだねよ。
お前の求めているものは、すべては我のものにある」
それこそ、三十年前に幽閉された男の声であったである。

その時、すべてをケインは知ったのだ。
これから起きる、すべてのことを。
グラン大陸の破滅を。マの神の降臨を…。

アサシナ王は、その瞬間を肌で感じ取った。
実は、クレアを殺すように黒童子を差し向けたのは、
アサシナ王であった。
「愚かな女だ」
そう言うと、彼は、姿を変えた。
その者こそ、黒衣の男であり…ケインそのものだった。


グラン歴805年。
1つの赤い星が、ニクラからグランへと落ちた。
それを、遥か天上から見下ろす者の姿があった。
空の船の国の長老である。

「悲しいものだ。
平和というものを嫌い、争いに身をゆだねるとはー…」
空の国の長老は、呟いた。
その老人は、たとえ堕落した人々が増えようと、戦いのない世界をよりよいと考えていたのである。

しかし、その赤い星と一緒に、もう一つの赤い星と…青白い星が落ちたのには、長老は気がつかなかった。

-Fin-