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先日、ナポレターナの友人と電話で話していたときのこと。
いくら、必要な用件はきちんと伝えることができる程度にイタリア語が上達し、日常生活での不便はなくなった…といっても。
たとえば、友人どうしでちょっとこみいった話しをする必要に迫られた場合。
しょせん母国語ではない言語であるイタリア語を使って、微妙なニュアンスでの表現って、やっぱり難しい!!
たとえば、こんなときって、どういうふうにいえばいいの?
などなどなど…話しの流れから、話題はイタリア語においてのsfumatura(ニュアンス)のレクチャーになったのでした。
余談ですけど、いわゆる“ニュアンス”っていう単語、イタリア語ではsfumatura(スフマトゥーラと読みます)っていいます。
動詞sfumare(煙・霧などが消え失せる、色調が変化していく)から派生している単語だったんですね。。。
そして、このsfumaturaに、がんがん使われるのが、接続法(congiuntivo)と条件法(condizionale)、出ました、イタリア語学習者の悩みのタネであるこの2つの文法!!
現在、イタリアでもこの2つをきちんと使える人というのは減ってきていて、いっそのこと、もう接続法なんて廃止してしまおう!!
…だなんて、無茶な動きもあるんだとか。
日本語でも、敬語表現をきちんと使える若者が減っていたり、“ら”ぬき言葉が今や立派に市民権を得ていたり、言葉っていうのは、時代によって変化していく運命を免れないものなのですが。。。
今まで、“日本語は微妙な表現に飛んだ複雑だけど美しい言語”、でも、外国語はやっぱり直接的な表現が多い。。。
と、若干の優越感を日本語に持ちつつ感じていたのですが、とんでもない、イタリア語にだって、知ってみれば、いろんな微妙なニュアンスっていうのはあるのです。
(直接的な表現しか使えないから、そういうものしかないと思ってしまう、外国人にとっての落とし穴?!)
日本人にも、表現力に富んだ美しい日本語をしゃべる人がいれば、ボキャ貧の人もいるように、イタリア人でも接続法や条件法をよく使ってしゃべる人って、やっぱり豊かなイタリア語をしゃべってるってことなのですね。
(もちろん、この2つをほとんど使わずにしゃべる、ボキャ貧なイタリア人もいる:笑)
さて、閑話休題。
まあ、そんなわけで、彼女自身sfumaturaに富んだ美しいイタリア語をしゃべる友人のレクチャーになったのです。
友人 「たとえば、あなたが好きな男の子に告白したいとして、そのための電話をかけようとしている、と、想像してみて。」
わたし「うん、なるほど。」
友人 「呼び出し音がなりました、彼が出ました、普通の挨拶が終わりました、さあ、どうやって切り出す?」
わたし「うーん、うーん。。。ようは、“話したいことがあるの”って言いたいわけだから…“Ho
da parlare”」
友人 「エエエ??!!」
ここですかさず、本気で驚いたらしい友人のツッコミが!!!
友人 「なんですって? 本気で言ってるの? それとも冗談? “Ho
da parlare”ですって?!」
わたし「あら? やっぱり、この表現じゃマズイ??直接的過ぎ???」
友人 「これから告白をするのよ! もうちょっとデリケートな表現をしないと…!!(≧∇≦)」
どうやら、ここで私が使った“Ho da parlare”は、直訳すると確かに“話したいことがある”なんですが、ニュアンス的には、
“ちょっと!!私、アンタに話があるんだけど!!!”
に近いものがあるらしい(笑)。
そして、彼女のレクチャーによって、
Stavo pensando a te un po' in questi
giorni...(qui ci vuole una virgoletta coronata, un po' di pausa)
最近、あなたのことを、ちょっと考えてたの。。。(ここで、ちょっと間をあける)
Avrei voglia di parlare un po' con te...guardando
gli occhi...(pausa ancora)
あなたと少し話をしたいんだけど。。。実際に会って。。。(ここでも、間)
Stavo pensando di venirti a trovare...che
ne pensi tu...? Ti farebbe piacere?
あなたに会いに行こうかと思っているんだけど…どう思う?いいかしら?
などなどの、名文を習っていく過程(笑)で、私は大感動!!(≧∇≦)
わたし「すごいわ!!なんてsfumaturaに富んでいるの!!こんな会話、1回もしたことないわ〜〜!!おまけに、語学学校ですら、習ったこともないわ〜〜!!なんて、高いレベルのイタリア語表現なの!!おまけに、なんて実践的なのーーーー!!」
わたし「イタリアの語学学校では、こういうシチュエーションでの会話表現も教えるべきよね!!だって、よく考えたら実際、必要になる場合って、すっごく多いんじゃないの、この国に住む外国人にとっては!!(≧∇≦)(≧∇≦)」
これを聞いて、友人も大笑い。
友人 「そう、実践的、そのとおりね!!滞在許可証を申請する外国人は、みんなクエストゥーラ(Questura、警察)で、難儀してるしね!!滞在許可証を発行するのを渋るかわりに、クエストゥーラが“イタリア語・愛の会話教室”を開くと、きっといいに違いないわ!!(≧∇≦)(≧∇≦)」
このあとは、ひたすら電話でお互い大爆笑。。。
そのとき思ったのですが、ナポリ産まれの生粋のナポレターナの彼女は、高らかで朗らかな笑い声をあげて、実に楽しそうによく笑うのです。
その笑い声を聞いていると、こちらも楽しい気分になって、笑い声を釣り出されてしまうような。
そして、彼女に限らず、ナポリの人達、もしくは南イタリアの人達って、笑うときに、大きな笑い声をあげながら笑う人達がなんて多いこと!!
歌の先生はシチリア人(でも、長いことナポリに住んでいた)なのですが、レッスン中に私が面白いことを言うと、ころころころころ…(笑)と、これまた軽快な声をあげてお笑いになる。
そんな先生の笑い声が聞きたくて、私もますますウケを狙って、話をオチのある展開に持っていき、ますます2人で笑ってしまうのですが。。。
でも、ふと考えてみると、私の知り合い・友人で北イタリア出身の人って、声をあげて笑うことって少ないような気がするのです。
(もちろん、私の知り合いの範囲内のみでの数少ないサンプルだけでは、一概には言えないけど)
もちろん、彼らだって、笑うことは笑うんだけど、そのときの笑い声が、
あーはははは!!
わーっはっはっはっは!!
どわっっっはっはっはっは!!(←ナポリオヤジ)
というより、
ははははは!!
ふふふふ
くくくくく…!
えへっえへっえへっ(←変態笑いじゃないよ)
という感じ。
ナポリ人、もしくは南イタリア人よりも格段にシャイな感じでしょ?
ナポリの人達がよく笑うことについて、彼ら自身から、
“つらい状況に陥ったとき、苦しんだり、つらく思ったりするのは当たり前。でも、つらく思ったって、それだけで状況は変わるものじゃない。それだったら、むしろ、笑おう。そうすれば、つらい状況もつらくなくなるから”
という発言を聞いたことがあります。
これって、すごいことだと思います。
そうやって、笑っているうちに気分も明るくなって、そうしたら、つらい状況の解決策が見つかるってことだって、あるかもしれない。
笑う。
ただそれだけのことですが、その中から生まれるプラスのエネルギーは、はかりしれないものがあると思います。
彼らと笑いを共有して、一緒に大笑いしているうちに、こちらの気分まで晴れやかになっていくのですから。
こういう彼らと、おしゃべりと笑いで過ごすひとときは、本当に幸せで貴重な時間だな、と思った友人との電話でした。。。
(おまけとして、イタリア語・愛の会話ぷちレッスンも受けられたし?!:笑)
(22/07/2005)

<コルノするプルチネッラ(笑)>
コルノっていうのは、このプルチネッラが左手でやっているジェスチャー。
もともとは、“寝取られ男”っていう意味で、人をからかったりするときに使うんだけど、
悪いことを避けるときに、“エンガチョ!”(古い…?!)みたいに、
おまじないとして使ったりも。
今や、全イタリアで見ることもできるジェスチャーだけど、
きわめてナポリっぽいものなのです(笑)。
それを、ナポリの象徴であるプルチネッラがやっているこの看板、
おまけに、このプルチネッラが乗っているのは、ナポリ名物ババ(お菓子)ですよ!!
(これ、お菓子屋さんの看板なのです)
プルチネッラ+コルノ+ババ
これ以上ないほどナポリっぽい、この組み合わせ、いや〜〜、笑わせられました!!!(≧∇≦) |