文鳥問題.

《体内時計

 前回、日光浴問題を考えて、日光と文鳥との関わりについて、個人的には何となくわかった気分になっていました。しかし、良く考えてみると、他人に説明するには言葉が足りなかったかもしれません。そこで、どのような根拠に基づいて、どのように考えをめぐらしているか説明しておこうと思います。【2004年7月】


 日の出と体内時計     産卵抑制の可能性 


日の出と体内時計

 我が家の文鳥は不健康かどうかは別にして、文鳥の季節周期としては、だいたい安定しています。9〜4月が繁殖期、5〜7月が換羽期、8月が休養期といったもので、これは弥富の文鳥生産農家の一年間のスケジュールと一致したものと言えます。
 それ自体は結構なことかもしれませんが、私としては、何で安定しているのか不思議なのです。何しろ我が家の文鳥たちは、日が暮れた後の7時半〜9時半くらいまで遊んでい て
(飼い主のせいですが)、ようするに思い切り不自然な生活であることは間違いないのです。おまけに鳥カゴは生活道路に面した窓際にあり、カーテンもしていないので、夜中も街灯のため完全な暗闇にはなりません。おかげで文鳥がその気になれば、夜中にエサを食べる程度のことは出来そうなくらいです。
 一方で、夜更かしさせずに、日が暮れればしっかりとカバーなどをして、規則正しい生活をしている文鳥に、冬の換羽や夏の産卵という事態が起こるのを耳にします。おかしいではありませんか?

 そんな疑問を持っていた私にとって、前回の問題に関係すると思いペラペラめくっていた新書本『からだの中の昼と夜』(中公新書1996年)や『行動の時間生物学』(朝倉書店1990年)の内容は、まさに示唆的でした。
 
生き物には1日のリズムをほぼ正確に刻む体内時計がありますが、例えば人間の場合、その体内時計が約25時間サイクルであるため、それだけだと毎日1時間ずつ、実際の地球の自転による24時間周期からずれていってしまいます。そのズレを修正するために、光刺激が関与するわけですが、簡単に言えば、特に日の出、徐々に明るくなる光の変化を感じとることでずれた体内時計は毎日修正されていき、問題なく生活することが出来るというのです。

「生物時計が環境サイクルに同調するのに、日の出時と日の入り時、あるいはそのどちらかにおける光の変化が入力されれば、それだけで時刻合わせが行なわれて同調が成立する」

 というのです。この1日の長さを、太陽光線を利用して調節していく機能の延長線に光周性があります。光周性というのは、地球の公転によって1年周期で規則正しく変化する日の長さを生き物たちが感じ取ることで、季節変化を正確に把握するというものです。毎年ほぼ決まった日に、花が咲いたり、昆虫が羽化したり、渡り鳥が飛び立つのは、この光周性によって季節をはかることが出来るからだと考えられています。
 日長は、春分秋分の頃に昼と夜の長さが同じとなり、夏至に昼が最大に長く、冬至にはもっとも昼の時間が短くなるという変化をします。生き物はこの日長変化を感じ取り、一定の基準より昼が長くなったり(長日)、短くなったり(短日)した時に、特定の季節的行動を始めるというわけです。これなら天文的な大変動がない限り、季節を読み違えることは少ないわけで、自然は実に良く出来ていると言えると思います。

 さて、冒頭述べたように文鳥にも季節変化があります。日の短くなる秋9月から、日の長くなる春4月まで産卵し、一年でもっとも日の長い季節には、産卵せず換羽などを行なうと言ったものです。実は、1987年に実施された個人的には気分の悪い実験(解剖してる…)を読んだ後(『愛知県総合農業試験場報告』19号、インターネット上でも公開)、私はなぜ夜遊びが文鳥の体内時計に影響を及ぼさないのか不思議に感じたものです。
 この実験と言うのは、何とか文鳥の産卵を長く続けさせるため光周性を利用しようとした、今となってはあまり役に立ちそうもないものですが(無理して大量生産した虚弱なヒナより、少し高くとも丈夫なヒナを求めるほうにニーズがある)、20Wの電球で得られる5〜10ルクスという、常識的にはかなり暗い照度の環境を「昼」として行なわれ、この暗い照明を9時間点灯(昼)と15時間消灯(夜)した場合の短日環境と、17時間点灯7時間消灯の長日環境で、文鳥の発情繁殖に違いがあるのか調べたものです。
 その結果、「賦活化には、長日から短日へ、反面抑制には短日から長日へ」切り替えることで産卵の調節が可能であると、結論されています。

照度の目安

日差しの強い屋外  100000ルクス
かなりの曇り空  10000ルクス
夕方の屋外  1000ルクス
一般家庭の室内  300〜500ルクス
日出・日入の屋外  300ルクス
読書が無理な室内 100ルクス
夜の街灯の下  50ルクス
ロウソクの近く  10ルクス
満月の屋外  1ルクス

 ここでは5〜10ルクスなどという寝室の常夜灯を灯したような、人間の顔が判別できない程度の明るさで、文鳥の周期変化が生じているわけです。つまり、文鳥の光センサー(脳の松果体や目など)は優秀で、ほんのわずかな光量に反応し「昼」環境と判断するものと見なせます(当然ながら、日中の日陰やつぼ巣の中などは数百ルクスはあるので問題にならない)
 それではなぜ、普通の家庭照明、100ルクスはある環境で夜更かししている我が家の文鳥に、さしたる変化がないのか誰でも不思議に思うのではないでしょうか?夜更かしにより、昼時間は長くなる長日環境にいる理屈になりますから、繁殖期が無くならないにしても、遅れるなり乱れても良さそうなものです。

 こういった素朴な疑問も、『からだの中の昼と夜』にある説明で理解できそうです。同書は人間の場合「時刻調整には朝の光の役割が大きい」としていますが、文鳥においても、体内時計の調節には日の出が大きな意味を持ち、多少夜更かし行動をしても、日の出にともなう光変化を感じることで、調節が行なわれと考えれば、夜更かしの影響があらわれないのも不思議ではなくなるわけです。 
 つまり、我が家の文鳥たちは、毎晩同じ時間まで夜更かしして、それは例え7時半から9時半までと一定であっても、日没からの時間で考えれば、日長が短くなるほど夜更かしになるという性質がありながら 、日の出の光を浴びることで体内時計は調節されているため、ズレは起きないと見なせそうです。
 また5〜10ルクスで反応し、2、3ルクスはありそうな我が家の文鳥の夜環境を考えると、絶対的な明るさはあまり問題ではなく、ある程度暗い所なら夜と認識され、そこから明るくなるという変化が、刺激として体内時計の調節に重要と考えられそうです。

 以上の考え方に基づけば、文鳥の季節周期を一定に保つには、日の出が感じられる環境が必要と見なせ、もし布などで夜寝かしつける場合は、あまり遮光性の高いものは避けたほうが良いということになります。

 


産卵抑制の可能性


 さらに研究報告の結論にあるように、この光を調節することで、産卵の抑制は可能ではないかと思えてきます。早い話が朝タイマーでもセットして、夏の日の出時間
(5時未満)に鳥カゴの近くの照明がつくようにすれば、効果がありそうです。

 しかし、研究論文というのは、結論へのプロセスを読み取ることが、自然科学、人文科学共通のゆるぎない鉄則です。頭からうなずく前に、反証となるものを探すのが必須項目でもあります。この点は、受験勉強のように結論だけから学ぶものではないので、ある程度訓練していないとやっかいと言えます。そして実際に、反証となってしまうものが、同じ試験場の実験から読み取れてしまうのですから、世の中面白いというべきです。
 その実験とは、1992年7月から約一年間、5〜10ルクスの16時間点灯
(昼)8時間消灯(夜)と14時間点灯(昼)10時間消灯(夜)という人工環境の下で文鳥の繁殖を行い、自然環境下の繁殖状況と比較したものです(『愛知県総合農業試験場報告』27号)
 結果は、人工環境下の文鳥はその60%が6、7月にいたっても換羽せず産卵を続け、「ブンチョウの周年繁殖の可能性が示唆された」としています。

東京の日長と温度変化の目安

  日の出 日の入 昼時間

気温

1月 6:50 16:50 10:00 5.2℃
2月 6:30 17:20 10:50 5.6℃
3月 5:50 17:50 11:00 8.5℃
4月 5:10 18:20 13:10 14.1℃
5月 4:40 18:40 14:00 18.6℃
6月 4:30 19:00 14:30 21.7℃
7月 4:40 19:00 14:20 25.2℃
8月 5:00 18:30 13:30 27.1℃
9月 5:20 17:50 12:30 23.2℃
10月 5:50 17:10 11:20 17.6℃
11月 6:20 16:40 10:20 12.6℃
12月 6:40 16:30 9:50 7.9℃

※ 日の出・日の入時間は、各月15日のおよその数値。上記4月中旬の数値と8、9月の中間の日長はほぼ同じになり、一方平均気温には10℃程度の開きがある。

 私の目から見れば、この実験は文鳥が一定の環境下、つまり、日長変化による光周性の修正が不可能な環境下で、季節変化を維持できるかどうかの実験以外ではありません。その実験結果から読み取れるのは、周年繁殖の示唆などではなく、60%が体内時計にズレが生じ季節変化の乱れが起きていると言うことに過ぎません。また、まだズレを起こしていない40%が2年目以降はどうなるのかわからず、換羽しなかった60%がいつ換羽をするのかわからないのでは、いかにも中途半端の感が残ります。
 私がこの実験結果から受ける衝撃は、実験した人たちの意図とはまったく違う点にあります。何しろこの実験の結果だけを見れば、光を利用した文鳥の産卵抑制がかなり困難であることが明らかなのです。
 なぜなら、東京の9月初旬と4月中旬の日の出日の入りはほぼ同じで、だいたい5時15分と18時10分、大まかに見れば日長は13時間です。つまりこの実験の14時間や16時間という人工の昼状態は、文鳥にとっては本来産卵をしない長日環境であるはずです。ところが、この状況下でも産卵をしているのですから、文鳥の光周性を利用した産卵抑制など不可能と言うことになってしまうではありませんか。
 この結果から、もし光による影響を受けない体内時計によって、大まかな繁殖期が起こったと仮定しても、少なくとも産卵の開始は遅くなっても良さそうです。なぜなら8月初旬の日長は14時間程度で、まさに人工環境下に近く、実験開始の当初は自然環境下と大差はなく、そのまま産卵をしない時期が続いたほうが自然であるにもかかわらず、実際には「翌月の8月から産卵し始め、翌年の7月まで周年産卵」とあるように、実験開始直後から産卵しているものがいたのです。
 文鳥を産業動物として扱う農畜産業の立場なら、早く産卵して、いつまでも産卵し続けるのが喜ばしいかもしれませんが
(ペット動物をそういう立場で生産すべきかは、じっくり考える必要が大いにある)、この長日環境にした直後の産卵開始は、光環境の急激な変化に文鳥のホルモンバランスが狂った結果と考えるくらいしか、合理的な説明が見つからないと思います。いやむしろ、文鳥の繁殖は短日環境で起こることを前提としてみれば、この実験で用いられた5〜10ルクスという照度を、文鳥たちは当初「夜」と認識し、実験者の目論見とは異なり、いつも夜の短日環境にあるものとして急速に繁殖期を迎えた可能性が大いに「示唆」されそうです。
 つまり、「周年繁殖」にこだわらず実験の結果だけ見ると、産卵は長日環境で抑制されるものの
(19号)、長日環境下でも産卵は通年継続する(27号)ということになり、非常に非論理的と言わざるを得ず、その整合的解釈を検討しなければならなかったと言えるでしょう。

 結局のところ、上記の実験から産卵の抑制方法を確実に見出すのは難しいことになります。
 私としては、もう少し明るい照度で長日環境をつくり、温度や栄養状態という要因も考慮すれば
(炎暑が続くと産卵が遅れるので、暑さが繁殖期移行の阻害要因になると考えられる)、産卵期のコントロールは可能ではないかと理屈の上では考えますが(逆に生産の立場なら12、3時間昼、11、12時間夜になるように照明し、その調節で1、2ヶ月間の長日期間を作り換羽期を設定する、小屋によりこの期間をずらせば、無理せず通年生産が可能となるかもしれない)、我が家の文鳥たちで実験する気にはならないので、不明のままに終わりそうです。
 妙なことをして、せっかく自然な周期性を保っているものを混乱させる必要は無いでしょう。反対に、途中からカゴを置く場所などを移動する時は、それまでと光の受け方が違う
(窓がなくなるなど)とこの周期性が乱れる可能性が十分考えられるので、注意が必要となるとは思います。


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