文鳥学講座
第5回 ー文鳥の色彩遺伝ー
「どんな姿になるのか知りたいのだ」
一羽手乗り文鳥を育てたとする。次にその愛鳥に婿なり嫁なりを迎えて、その子供の顔を見ようと考えるのも自然な考え方であろう(徹底的に一羽を愛するのも、当然一つの考えである)。そして、例えば桜文鳥を飼っている場合、次に毛色の違う白文鳥やシナモン文鳥も飼ってみたいと思うのも人情である。ところがそうなると色違いの交配という事になり、産まれる子は雑種、いわゆる「合いの子」とならざるを得ない。
一体、その自分の家で生まれる我が子、もしくはわが孫のような「合いの子」ヒナが、どんな色になるのか、あらかじめ知っておきたいところである。
例えば、桜文鳥と白文鳥を交配すると、大体完全な中間配色であるゴマ塩頭(この方がわかりやすいと思うのでパイド=pied=「まだらの」という言葉は使わない)になってしまうことが頻繁に起こるが、これは実にわかりやすいであろう。白と黒の混ざり合ったその姿は、まさに「合いの子」の容姿といえよう。
こういった、両親の中間的な形質が現れる遺伝を『相加的遺伝』などと呼ぶらしいが、単純に考えれば、そのゴマ塩頭と白文鳥というペアからはより白い部分の多いゴマ塩が、桜とのペアではより有色部分の多いゴマ塩(または白い部分の多い桜)が生まれる事になる。
ところが、ゴマ塩と白のペアから実際に生まれるのは、完全無欠の白文鳥であったりするのである。「合いの子」の子供(孫世代)に「合いの子」の両親の形質があらわれるのであれば、それは遺伝学の根本メンデルの法則で言うところの分離が起こっていることになるのである。
この法則に基づけば中間の形質が「合いの子」(雑種第一代【F1】と表現される)になる事を『不完全優性』と呼び、「対立遺伝子間に優劣がなく遺伝子の効果が等しく発現している」と説明される。ようするに人間の血液型で言えばAB型である。文鳥に置きかえれば、白文鳥にする遺伝因子(○)と桜文鳥にする遺伝因子(●)が、同程度の影響力を持つために、その子供は両方の色の中間のゴマ塩(○●)になると言う説明になるわけである。
これだけでも『相加的遺伝』か『不完全優性』か判断に迷うところだが、白文鳥と桜文鳥の色彩遺伝については、根本的に違った見解も存在する。それも研究者による繁殖実験に基づくものである。
愛知県海部郡弥富町産の文鳥を用いたと思われる交配実験では、桜と白の間では「合いの子」は生じず、桜と白に産み分けられるとされている。つまり、白と桜の体色は優性の白遺伝因子と劣性の桜遺伝因子によるメンデルの優性遺伝の法則で単純に説明できるとするのである。
その実験内容と結論を簡単にまとめると次表のようになる。白文鳥は優性の白色因子と劣性の有色因子を必ず持っていて、遺伝子型白桜(○●)=白文鳥、桜桜(●●)=桜文鳥で、白白(○○)は致死してしまうというわけである。
数字は大まかにそろえた | |||
白(○●)×白(○●) | 1致死(○○)・2白(○●)・1桜(●●) | 孵化率60% | 白250羽:桜120羽 |
白(○●)×桜(●●) | 2白(○●)・2桜(●●) | 孵化率80% | 白200羽:桜200羽 |
桜(●●)×桜(●●) | すべて桜(●●) | 孵化率80% | 桜400羽 |
多くの交配実験に基づいているのだから、愛知県弥富の文鳥ではそういった結果になることは疑いなく、その結果から上記のような優劣の遺伝子を想定し、白は桜より優性(○>●)とするのは実に論理的で妥当と見なせよう。
しかし、これに従えば、中間種であるゴマ塩が産まれる原因がわからなくなってしまう。この交配パターンで産まれた8羽がほぼすべてゴマ塩だったのを、目の当たりにしている者には、単純に納得は出来ないのである。この場合、仮にゴマ塩は桜の一種だと考えても、1羽も白にならなかったのは解せないところであろう。
また、この交配実験では桜と桜ではすべて桜が生まれると断定されているが、白も生まれるとする飼育書もあり、それも現実の話のはずである。つまり、同じ組み合わせで異なった交配結果が出ているのであり、文鳥の色彩遺伝的には再検討する余地が多分にあるといわざるを得ない。
そこでより踏みこんで考える必要があるが、文鳥の色彩遺伝に関する研究はないらしく(2000年夏現在)、HPでもシナモン文鳥について『JapaneseRiceBird』が触れているのみである(研究が進んでいるらしい胡錦鳥や熱帯魚のグッピーなどのHPでは詳しく体色遺伝を説明したものがあるが文鳥にそのまま当てはめることは難しい)。
ないものは仕方がないので、この際、素人考えを試みたいと思う。ただ具体的な考証は面倒くさいものなので、すでに述べてきた内容で、すでに嫌気がさしているはずの『生物』が学校時代から嫌いだった人には苦痛以外の何物でもないであろう。そこで、まずメンデルの優性遺伝の法則のわかりやすい例として人間の血液型を挙げておくので、もし、これについていけないものを感じたら、産み分け表(交配想定表)だけを参考にして、こんな感じになる「らしい」で済ましてしまわれる事をお薦めする。
→→→→→ 表へスキップ
ただし、あくまでも自分個人の疑問解決用に考え出した机上の空論にすぎない点はご了解のうえ、お気づきの点があればご指摘頂きたい。
それでは、さらに込みいった話へ。
したがって、それぞれのタイプの両親とその間に生まれる子供は、以下のようになる(カッコ内が表現型)。
例えば一方がA型と一方がB型の両親からでもO型の子供は生まれる。両親ともヘテロ(AO・BO)だったので劣性のO因子を潜在的に持っていたわけである。 |
とりあえず文鳥の色彩遺伝が、大枠においてメンデルの法則に基づくものとして考えていくが(現実に産み分けが存在する以上はこの法則に基づく以外にない)この際、便宜的にそれぞれの遺伝因子を記号化したいと思う。
まず農事試験場の研究から、白の遺伝因子は黒(有色)よりも優性である事は明らかなので、ホワイトのW(大文字)、一方劣性の有色をグレーのg(小文字)とあらわすことにする。また実際には、白と桜でゴマ塩が生まれることがあるので、劣性であるはずのgと対等な白遺伝因子も想定しなければならない。そこでこれをスモールwとして話を進めていく。
まずは、江戸末期〜明治前期、白文鳥の個体が突然変異で出現してからの経過を推測してみたい。
当然、突然変異は一羽だけで、それを飼主(繁殖農家)が増やしたいと思っても、繁殖相手は並文鳥以外にはない(原種文鳥 ※私は白文鳥が出現したことにより桜文鳥が生まれたと考えている。詳しくは『文鳥の歴史』参照)。並文鳥との間にその後の基礎となる雑種第一代(F1)を産んだものすれば、はじめの個体がWw遺伝型をもっていたものと仮定出来るはずである。その個体から、どのように交配されていったか想定して見たのが次表である。
親世代 Ww(白)×gg(原) | |||||
子供世代(雑種第一代【f1】) Wg+(白)wg+(混) | |||||
Wg+(白)×Wg+(白) | Wg+(白)×wg+(混) | wg+(混)×wg+(混) | |||
孫世代 | WW(白ホモ?)・Wg+(白) ・g+W(白)・g+g+(桜) |
孫世代 | Ww(白)・Wg+(白) ・g+w(混)・g+g+(桜) |
孫世代 | ww(白)・wg+(混) ・g+w(混)・g+g+(桜) |
(原)=原種文鳥 (白)=白文鳥 (桜)=桜文鳥 (混)=ゴマ塩文鳥 |
※ 本来g+g+も原種文鳥になるはずだが、白文鳥を通過することで、gは白の差し毛が入るg+に変質を起こす、もしくはこの面で非優性遺伝的要素(つまり直系の先祖に白がある場合その影響を受ける)ものと仮定しておく。
子供世代の三つの組み合わせにより、孫世代にはいろいろなタイプが出現したことになる。まさにはじめの突然変異の白文鳥はゴットマザーといえよう(オスかも知れないが)。
@ Ww(白)×g+g+(桜)=Wg(白)50%・wg+(混)50% A ww(白)×g+g+(桜)=wg+(混)100% B Wg+(白)×g+g+(桜)=Wg(白)50%・g+g+(桜)50% |
このうち繁殖農家は白文鳥を増やしたいと考えれば、当然生まれた子供のうち、ゴマ塩文鳥(wg+)を避けて(市場に出してしまい)、Wg+の白文鳥同士を掛け合わせをすすめるのが自然だろう。つまり弥富型の白文鳥が継承されることになり、その地域からはスモールwの遺伝因子は排除される。
Wg+(白)×Wg+(白)=WW(致死)25%・Wg+(白)50%・g+g+25% |
一方、ゴマ塩頭が出現するのは、Aのパターンで、実はこの白文鳥ww同士では白文鳥しか生まれない固定化された系統ということになる(これは白は固定できないとの一般的見解とは違っているが、理屈としては存在していなければならない)。
※ 白文鳥が一時絶滅したという言い伝えがあるが、そうするとwg+(混)からww(白)を復元したとしか考えられない。白と桜間で両種の産み分けは実在するならば、その場合白はWg+でなければならないので、この言い伝えは局地的なものと判断せざるを得ない。
また雑種第一代の外見上の白文鳥はWg+だけなので、発祥地とされる弥富ではこの系統のみが残り、他の地域でゴマ塩wg+から白wwを作っていったと考えると非常に都合が良い。
例『文鳥団地』の場合 第一世代ヘイスケ(g+g+桜)×フク(ww白)=子供はすべて混でごま塩頭 第二世代チビ(wg+混)×ブレイ(g+g+桜)=子供は混ごま塩か桜 第三世代クル(wg+混)×サム(g+g+桜)=子供は混ごま塩か桜 第四世代ガブ(g+g+桜)×ソウ(g+g+桜)=子供はすべて桜 |
少し苦しい気がするが、矛盾はないであろう。ただし、白の差し毛は容易にはとれないので、これは直接の祖先の白文鳥の影響がなかなか抜けないといった非優性遺伝的な要素を加味する必要がありそうである。ようするに、遺伝子的にはg+g+で完全に桜であっても、祖先の白文鳥(交雑が激しいので父系母系さまざまに存在するものと思われる)の影響で、外見的にはゴマ塩の姿に近くなるものも現れ、あいまいで誤解が起こりやすい結果となっているものと思われる。
しかし、それは無責任に交雑を繰り返した結果といえようから、繁殖サイドがしっかりと胸のぼかしのある濃い配色の桜文鳥(『桜』は胸のぼかしの桜模様に由来するので、本来これが明瞭でないものは桜文鳥ではない)を固定しようと考えれば解決できる問題なのかも知れない。
純白でない文鳥をすべて桜文鳥とする事は出来る限りやめべきだと思う。胸の白いぼかしが桜吹雪のようだから桜文鳥なのである。どうして桜のぼかしがなかったり、まして白地に部分的に色がついた程度のものを桜と言えるのだろう。語義の上でおかしいと思う。
|
さて、桜と白については以上の仮説でごまかしておくとして、未知の世界が残っている。シナモンとシルバーである。
シナモンについては、HP『JapaneseRicebird』に白文鳥とシナモン文鳥の間では、普通白か桜が生まれ中間色化ははないとされており、またシナモンに見られる赤目は一種のアルビノ(白子)的な色素欠乏、つまり劣性遺伝の証拠だとすると、次のように想定することが出来そうである。
シナモンの遺伝因子をここで仮にfawn(淡黄褐色)のfとすれば、fはアルビノ同様潜行型の劣性遺伝子で、シナモンとはffである。つまりシナモンとは劣性遺伝子fが重なったもの(ホモ)で、多種との間では潜行し表現型にはならないわけである。したがって、それぞれの組み合わせではこのようになる。
ff(茶)×Ww(白)=Wf(白)・wf(白) ff(茶)×ww(白)=wf(白)100% ff(茶)×Wg+(白)=Wf(白)50%・g+f(「桜」=原)50% ff(茶)×g+g+(桜)=g+f(「桜」=原)100% |
唯一引っかかるのはg+f。この場合g+が発現する(表現型となること)はずだが、実際に生まれるのは子供の外見は桜ではなく白い差し毛のない原種の姿となるようである。本来g+は対になって桜となるが、単独ではそのような表現型とはならず、原種gとして発現するかもしれない。
ただここでも白との交雑が起きると、遺伝因子fはf+化するかもしれない。または非優性遺伝で直系祖先の白文鳥の影響によって、例えば雑種第一代(F1)のg+f同士の交配から生まれるffシナモン文鳥には、白い差し毛が混ざるかもしれないが、この辺はデータがないので断定しがたいところではある。
※ なお、シナモンのような色素の減退による茶色化は、白子以上に鳥には頻繁に起きる事のように思える。公園のドバト三十羽の集団の中で一羽くらいの割合で見かける白茶けたものが、シナモンと同じ色素の変化を示すものではないかという気がするのである。つまり、直接の祖先にシナモンの遺伝因子(f)を持つものがいなくとも、ある程度の割合で「シナモン」は生まれてくる可能性があるのではなかろうか。
次にさらに無知のシルバーである。
またもやHP『JapaneseRicebird』によれば、シナモンとシルバーの子(F1)が桜で、そのF1と桜の子(F2)は桜と「ダークシルバー」となっているようである。
しかしここでいうF1の桜は白い差し毛がないようなので(『桜文鳥チコのホームページ』のフィオ君なのでご参照されたい)、むしろノーマルとも並文鳥とも称される原種のことをさすものと考えられる(HP上では一般的に理解しやすいように「桜」とされているものと思うが、飼育本『文鳥の本』で彼は原種文鳥のモデルとなる程の勇姿である)。さらに『桜文鳥チコのホームページ』にご迷惑にも直接メールでお尋ねしたところ、F2の「桜」というのも、全く白い差し毛のない原種の配色の文鳥となっているとお答えを頂いた(その勇姿も後日公開されている)。
これは欧米人がシルバーを作り出す際に、桜ではなく原種である並文鳥を基にしたことを示しているのかもしれない。欧米人の目には白い差し毛の入った桜は、雑種にしか見えないと思うので、これを品種改良の基礎にはしないのであろう。
つまり、シナモンとシルバーの子は原種配色となり、それと桜を交配したら、中間色のもの(「ダークシルバー」その姿も上記HPで拝見したが、確かに中間的な微妙な色合いをしている)と原種配色の子供が生まれたわけである。
この現実の事態を遺伝の法則でどのように説明したら良いものであろうか。まず、先のシナモンを潜行型の劣性遺伝子によるものとする推定からシナモンの方は良いとして、シナモンと交配しても形質が現れないとなると、シルバー色の遺伝因子も優性的ではないのかもしれない。とりあえず原種のggが変質したもの、gsgsとして、gs単体ではgと同じ働きをし、桜の因子(g+)同様、対となって始めてシルバーになると仮定する事によって説明出来そうである。
ff(茶)×gsgs(銀)=gsf(「桜」=原) |
この雑種第一代と桜を交配すると、
gsf(原)×g+g+(桜)=g+gs(混)50% g+f(原)50% |
また、g+gsが「ダークシルバー」なのだから、g+とgsは中間種をつくる非優性遺伝の関係にある(この場合はゴマ塩化と違い配色は変わらず、全体の色の濃度が中間となるわけである)といえるかもしれない。
gsgs(銀)×Ww(白)=白文鳥Wgsかゴマ塩文鳥wgsになる。 gsgs(銀)×ww(白)=すべてゴマ塩文鳥wgsになる。 gsgs(銀)×Wg+(白)=白文鳥Wgsか「ダークシルバー」文鳥gsg+になる。 gsgs(銀)×g+g+(桜)=「ダークシルバー」文鳥gsg+ |
以上、長々と優性遺伝の法則を基礎に考えてきたが、ようするに、普通に売っている文鳥同士の配合によって、どのような子供が生まれるかをまとめると、次のような20パターンとなるわけである。当たるも八卦当たらぬも八卦のレベルだが、ものの話し、参考程度にはなるであろう。
交配想定表
(左が両親の外見、右が予想される子供の外見)
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
原種文鳥 | 白文鳥 | 桜文鳥 | ゴマ塩 | シナモン | シルバー |
白文鳥
|
|
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
|
|
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
|
桜文鳥
|
|
||||||||||||||||||||||||
|
|
その他の文鳥
|
|
||||||||||||||||||||||||
|
|
||||||||||||||||||||||||
|
なお、遺伝についての基礎知識は、新城明久『動物遺伝育種入門』(川島書店1992年)から得た。
来月は最終回