文鳥の系譜 

 

42、ドミノ式嫁取りの顛末

 2005年11月2日に、ヤッチとサイの夫婦から1羽のヒナが生まれ、この若夫婦はしっかり育ててくれ、孵化16日目以降は飼い主の給餌を受け、実に順調に9代目は成長した。名前はキューだ。9代目だからだが、ちょうど、マラソンの高橋尚子さん(あだなはキューちゃんとされている)が東京国際マラソンで復活優勝したので、九官鳥に多いその名前に落ち着いたのだった。そのキューは、長じると、色がはっきりした目の大きないたずらな桜文鳥のオスに成長した。
 続いて30日には、カンとハルの夫婦から1羽のヒナが生まれ
(増えすぎないように、抱卵は有精卵1個に限定している)、こちらも順調に育ってくれた。名前は、頭が当初かんきつ類のデコポンを連想させたのでデコだ。しかし、長じると色がはっきりした整った桜文鳥のオスに成長した。ただ、こちらは曽祖父のノロのようなねぼけた目つきで、動きがとろくさい。

 ニューウェーブたち、我が家の8、9代目の成長は、順調で心強いものだったが、12月になって秋から長患いの兆候があったソウが亡くなり、さらに2週間と経たぬ間にその実母のナツまで亡くなってしまった。ナツの方は少なくとも9歳となっていたが、まったく元気にしていたので案外なことであった。
 さらに年が改まって、セーユまで亡くなってしまった。グリとの間に二世の誕生が待たれながら、実子を残してはくれなかったが、ヤッチを育ててくれた優秀な母であった。
 これら我が家の文鳥社会を支えたメスたちの相次ぐ死によって、俄然事態は怪しい方向に進んでいかざるをえないのであった。
 何しろ、一羽暮らしのオスが困り者なのだ。クラ、ノロ、グリ、この妻に先立たれた3羽、飼い主側の都合で、そのまま一羽暮らしをしてもらう予定であった。何しろ、クラとノロはいわゆる「うちの子」ではなく婿であって、これに新たに嫁を迎えてやる気にならず、うちの子のグリは×
(バツ)2で齢は7歳を数えているから、老後はのんびり一羽暮らししたほうが良いだろうと考えていたのだ。
 ところが、「嗚呼、神よ!強奪愛にはしるとは!」と、叫びたくなる事態となってしまう。その不届き者は誰かといえば、クラで、相手はシロだ。何としたことだろう、彼は前妻セーヤの実父の後妻に横恋慕し、ついには内弁慶でケンカの弱いオマケの目の前で、イチャイチャと不倫な行動に及び、オマケのカゴに乗り込み巣ごとその妻を強奪する気配を濃厚にしていったのである。
 間男が娘婿などとは知る由もないが、非力のオマケの無念や思うべしであろう。そして、そのオマケの育ての親である飼い主が、手をこまねいているはずがなかろう。

 そこで、渋々ながらクラの嫁を探すことにした。身を固めれば、他鳥のかみさんに手出しするような不埒な真似はしないと考えたのだ。
 さて、クラの相手はどういった文鳥が良いだろう。ペアで店頭に並んでいた時の相方は桜文鳥、我が家での最初の妻セーヤは白班が少し多いが桜文鳥で、次に同居したソウは小柄な桜文鳥だった。であれば、後妻を迎えるなら桜文鳥か。それならば、もしクラとのペアリングが失敗しても、ニューウェーブのオス2羽とペアリングさせることも出来て好都合だ。
 桜文鳥との恋愛経験を持ち、今現在は白文鳥に強奪愛を仕掛けているくらいだから、クラ自身に選り好みはあまりないに相違ない。それならば、必ず文鳥を売っている好印象のお店で、あまり色柄にこだわらずに買ってしまえば良い。そこで、好感触を持っているお店へ、東急東横線を北上した。

 この私鉄の各停しか止まらないロートルなS駅の近辺に、2軒も小鳥屋があるというのは、この小鳥屋衰退のご時世に不思議なものだが、まずはより衛生的な北側の店へ行く。
 例年以上に寒い中、外のカゴに2羽と3羽に分かれて桜文鳥が入れられている。上段の身を寄せ合っている2羽は、容姿も様子もグリとセーユを思わせて微笑ましい。下段はゴマ塩柄が2羽、細い桜が1羽だ。店内も確認すると、桜文鳥メス4500円との表示があるものの、高い棚に置かれたカゴのつぼ巣の中に入っていて姿が見えない。営巣中のつがいなのだろうか。とりあえず次へ行く。
 南側のお店。数ヶ月前に見かけた、ほっぺたを含めて頭全体がゴマ塩柄の文鳥は売れ残っていた。実に珍奇だが、これはオスに見える。他に桜が2羽、ゴマ塩が1羽いるが、それが当然のことのように性別の表示も価格表記もない。
 客と話しているいかにも鳥屋といった風情のジイさんに、桜文鳥のメスはいるかと尋ねたが、ジイさんは先の全身ゴマ塩文鳥をつかみ出し、模様が悪いので売れないといった主旨をつぶやき、ずいぶんあっさりとみんなオスだと言ってのけた。その結論が正しいか怪しいものだが、こだわらずに北側の店に戻る。
 電話をしているオバさんに近づくと、電話を切って応対するので、桜文鳥のメスが欲しい旨をはっきりと伝える。オバさんが、オスはいるのか、とか、文鳥は見合いさせると良いとか、いろいろ言うので、複数オスがいるので心配ないとボソボソ答える。くだらない能書きを聞くのも億劫なので、ついでに20年以上の飼育歴があとか、10羽以上も飼っていることもボソボソ伝えておく。
 オバさんは外の文鳥たちを物色し始めた。つまり、オスかメスか外見で判断しようとしているのだが、これほど当てにならないものはない。すでに確か3回別々の店で性別違いの交換を強いられている者としては、不安を感じないわけにはいかない。それでも、寄り添っていたグリ・セーユもどきはペアと考えるのが普通で、それならどちらかはメスであろうし、それなら外見上「セーユ」がメスに相違なく、その「セーユ」であれば、まずは合格点だ。
 ところが、オバさんは「セーユ」をつかんで確認してから離し、続いて「グリ」をつかんだので、あわてて「そっちのはオスですか?」と尋ねた。するとオバさんは「いいえ、それはメス」とあっさり断言するではないか!
 メスならそれで良いはずだが、何か意図があるのだろうと沈黙を守る。その客の横で、オバさんが計3羽
(「グリ」とゴマ塩と細身)を店内の照明でいちいち顔を確認しつつ竹カゴに入れていく。すべて入れると、さらに観察を始めたので、こちらはその意図がまるで理解出来ず当惑し、とりあえず「見た目じゃわかんないよね」と言ってみる。オバさんは「メスには目の周りに切れ込みがある」と言ったので、ボソボソとながらも言下にきっぱり否定した。「そんなんじゃわかんないよね・・・」
 容姿では何とも言えないが、オバさん厳選の3羽相互の関係を見ると、グリの横に他の2羽が行きたがり、それでもさほど大喧嘩にならないから、「グリ」以外はメスの三角関係のように思えたが、それより、外に残したのはメスではなかったのかと改めて尋ねる。すると、外のはみんなメスで上段の文鳥、つまり「セーユ」は卵を産んだことがあると言うではないか!どこで混乱したのか、このオバさんは一所懸命オスを探していたのだった。
 勘違いに気づいて、これもメスだと店内のカゴを指す。さきほど巣の中にもぐりこんでいたのは、なかなか魅力的な姿をしたスマートな桜文鳥だったが、他にも候補がいる中で、営巣中のペアを引き裂くのは野暮だろう。やはり「セーユ」を買うことにする。
 途中で現われた店主のオジさんが、「セーユ」をつかんで連れてきた。そしてまたもや照明で顔を確認し、そして・・・「ばらして」しまった。手の中から抜け出し、バサバサと飛び出してしまったのだ!!血の気が引いたが、元気はあっても飛び慣れないので、オジさんが網であっさり捕獲して事なきを得た。
 「セーユ」をつかんだオジさんから、指に欠損が無いことの確認を求められたが、指など1、2本無くても気にしないので、適当に相づちを打つのみでろくに見ない。それより危ないから、さっさとボール箱に入れてくれないかと冷や冷やしていたのだ。

 

 

43、ドミノ式嫁取りの顛末2

 外見上、よく知っていた故人に似ている人に会えば、多少とも親近感を持つのは人情だろうが、実は文鳥もその点は同じである。
 4500円で購入したクラの嫁候補は、お店の所在地から『マル』と名づけられた。仔細に見れば、目は小さくほっぺたの出た顔つきは間延びしていて、体格もごつごつした印象を受け、顔が大きいながら涼しい目元をしていて体型も丸みのあったセーユとは異なっている。しかし、ぱっと見た目は非常に似て見え、そう思ったのは人間だけではなかったようだ。
 数日の隔離飼育の後、夜の放鳥デビューをしたところ、新入りのメス、それもペットショップで産卵していたくらいに繁殖意欲旺盛の成鳥のメスを発見したオス文鳥たちの目の色が変わった。マルは追い掛け回され散々な目にあったが、興奮とそれによる混乱が静まると、いつの間にやらグリとマルが一緒に部屋の片隅にあるつぼ巣に収まりかえっていたのだった。
 当然のように、「ウチの子」に甘い飼い主はこの自由恋愛の結果を受け入れ、その夜のうちにこの2羽は同居、あっという間もなく仲の良い夫婦になった。

 店先でグリとセーユに似ていると思った瞬間から、そのようになる予感が無いでもなかった。しかし、これでは何の解決にもならない。相変わらず放鳥中にクラとシロが「不倫」を展開し、自信を失った夫のオマケが近くでなすすべも無くしょげかえっている。飼い主がクラによるオマケのカゴ乗っ取りを防ぎ、放鳥後に不倫妻を強制帰還させていることで、かろうじて夫婦生活を保っているが、もはや破綻は目前に迫っている。それどころか、夫と情夫の卵を産むつもりらしいシロは、抱卵もろくにせず続けざまに産卵しており、そちらの体力消費も気がかりで、一刻を争う状態とも言えた。
 そこで、2月、再びクラの嫁候補を探しに出かけてしまう。まず、歩いて40分くらいのホームセンターに行くと、頭が小さいかわいらしい白文鳥のメスがいたが、背中に灰色の羽毛が残っており、少々幼いようなので、とりあえず他をあたることにし、京浜東北線
(根岸線)を南下したK駅がいちおう最寄り駅のこれもホームセンターに向かう。駅から歩くには一般の感覚では少々距離があり、バスを利用するところだが、もちろんテクテク歩いていく。
 このホームセンターの地下にある小鳥屋さんは、結構いろいろな種類が売られていて良い店だ。十分すぎるくらいに暖房の効いた売り場の一角に置かれた鳥たちの管理もなかなかしっかりしている。
 もちろん他の鳥種に用はない。文鳥。何とうれしいではないか、桜文鳥が5羽もいる。メス5200円との表示もある。少々高い気もするが、その点はよしとしよう。品定めをする。
 5羽のうち2羽に脚輪があり、その脚輪のある方が姿が良く、そして相対的に小柄でメスに見える。その脚輪の2羽は、どちらもスリムな体型で、なかなか賢そうな顔つきをしている。特にオレンジ色の脚輪をつけている胸にぼかしの多い文鳥は、気が強い様子で小柄ながら行動が堂々としており頼もしげだ。何となく外見的にも性格的にも、故ソウを思わせるものがあった。
 水の入れ替えをしている店員のおネエちゃんに、脚輪がついている方がメスか尋ねる。果たしてそうだと答えるので、心中快哉を叫びつつ、早速オレンジ脚輪を所望する。すると、後ろにいた店主と思しき人当たりの柔らかなおじさんが、荒鳥で良いのかと丁寧にお尋ねになられるので、一切承知の旨ご返答申し上げる。その返事を受けた先ほどのおネエちゃんが、まずホームセンターのレジで会計するように言って、「ペットが家に来た日」なる一文に5200円の値札を貼った紙切れをくれた。それにはこんなことが書いてある。
 『動物が家に来た日は、できるだけ構わないで下さい。動物は、環境の急変で大変なストレスを受けています。さわったりのぞいたりして余計な負担をかけず(以下略)』
 至極もっともな話だ。
 レジで会計を済ませて売り場に戻ると、「オレンジ」は小さなカゴに入っており、おじさんが脚も問題なくお尻もきれいだと解説してくれた。確かにその通りに見える。メスかオスかは業者も悩むという話もでたので、すかさず「万一の時は替えてもらえますよね」、と念を押しておく。もちろん遠慮なく言ってください、と実に丁寧なごあいさつであった。実に良く出来た店だ。

 やはり購入した地名にちなんで「コウ」と名づけた文鳥は、数日の隔離飼育の後、クラのカゴに移した。もちろん、これで問題は万事解決めでたしめでたし、とならねばならなかった。ところが、嗚呼、世の森羅万象有象無象よ!ぼんクラの奴め、せっかくの嫁を邪険に扱うではないか!!
 コウの方は問題なかった。むしろ親しげにクラに近づくのだが、クラの方が寄せ付けない。そして夜の放鳥時、クラはコウを完全に無視し、相変わらず他鳥の妻シロとその夫の目の前で逢瀬を楽しんでいる。
 全知全能の飼い主様は、その場からクラとコウを他の鳥たちから隔離した。そして、数日2羽で生活させたものの、それでもシロを忘れられないクラには、さらに数日1羽隔離するなどの強権を発動してみた。しかし、ことごとく無駄であった。それどころか、クラがいない間にコウと隣カゴの独り者ノロが仲良くなってしまったのだから、世の中実に案外だ。
 数日の隔離後もクラがコウに対する態度を改めないのを確認し、コウをノロのカゴに移す。もちろんこれも独り身のノロは大喜びで大歓迎、こちらはあっさりカップルが成立する。かくして、第2次作戦も頓挫した。

 

 

44、ドミノ式嫁取りの顛末3

 隔離から復帰したクラは、やはりシロを追い求める。夫のオマケは元気を失う。事態は何も変わらず、気がつけば、特に望んだわけでもない2組のカップルが出来上がっていた・・・。
 考え方が間違っていたようだ。
今現在恋焦がれているあの「ぼんクラ」にとって、亡き妻たちの面影などまったく無関係なのだ。あくまでも今の彼の恋愛対象は白文鳥で、それ以外を連れて来ても眼中にないのだろう。とすれば、白文鳥なら文句あるまい!!
 かくして、半ば捨て鉢な気持ちになりながら、3羽目の嫁候補を買いに行くことにする。もし、白文鳥ではなくシロだけを愛していると殊勝な態度をとるなら、この際不倫妻など情夫にくれてやり、新たに迎えた白文鳥は、失意のオマケの後妻になってもらえば良い。

 そのように考え、第2次作戦が頓挫するや、白文鳥のメス迎え入れ作戦が発動されたのだった。
 度重なる出費で乏しい資金を、ビール券を換金して補いつつ向かったのは、またもや、最寄り駅なら横浜市営地下鉄T駅、みなとみらい地区のホームセンターだ。この店は、ホームセンターとは言え、実は愛知県に本拠を置くペット用品の総合卸会社の系列店で、生体管理もそこそこしっかりしており、何はともあれオスメス一羽ずつはほぼ間違いなく安く売られているので、白文鳥なら何でも良いという立場であれば、徒歩圏内では一番便利なのだ。
 売れ残りの桜のメスと同居している白のメス、2週間前に見た
頭が小さい幼げな白文鳥であった。この間に背中の灰色は取れてきており、クチバシも赤みが差してきてもいるが、まだ文鳥と言うより白十姉妹を思わせる。そもそもクチバシが小さく、何と言うかチンクシャな顔だ。それがかわいいと言えばかわいいのだが、さて、ヒナ換羽も終わりきっていないような幼い文鳥に、カップリングの相手として期待出来るだろうか。すでにこの幼げな白文鳥は売れて、別の白文鳥が入荷しているかと考えていたのでしばし悩む。
 しかし、クラの最初の妻のセーヤなどは、ヒナ換羽が始まったばかりの頃から、特定の好みのオス
(ケイ)を付け回していたではないか。それなら、あまり幼さは文鳥であっても恋愛の「精神的」面では関係ないのかもしれない。結局どうなるかはわからないので、老若は考えないことにする。第一、間男のクラや寝取られ夫のオマケのために、これ以上奔走するのは業腹ではないか。
 そこで、近くでウサギのケージの掃除をしている店員のオネエちゃんに購入する旨伝える。
 「慣れてませんよ」のようなことを言われたが、他には特に能書きを言わず、さっさとボール紙に入れてくれる。非常によろしい。物事このようにスムーズであるべきだ。たいして知りもしないのに、マニュアルめいた注意点など細々言われても片腹痛いだけで時間の無駄でうっとうしいのだ。
 しかし、この店はオスとメスを分けて売りながら、表示される値段は同じと言う摩訶不思議な素晴らしさがあるので、念のためオスであれば取り替えてくれるかと尋ねておく。何しろ、どちらを売ったかレシートを見ても判らない可能性があるので、言質くらいは取っておいた方が無難なのだ。もちろんOK
(表示と違うものを売ってしまえば、返品に応じるのは本来は義務)とのことで問題なし。3937円を支払い、速歩で帰る。
 帰宅途中で名前を考える。みなとみらい出身だから『ミナ』とする。

 数日の隔離飼育の後、「文鳥団地」に鳥カゴを移すと、斜め上のカゴにいるオマケがそわそわしている。ミナを見て、自分たちの箱巣をのぞいてシロの存在を確かめるのだ。どうやら、シロが家出したのかと心配しているらしい。
 夜になりカゴの開閉口を開けるとミナも不安げに出てきた。その姿を見たオマケはシロではないとわかると無関心、一方クラは一目見るなり小躍りして
(実際にさえずりダンスをしていた)接近し、まるでエスコートするかのように寄り添って一緒に行動、初めての環境に戸惑うミナの気持ちをがっちり引き寄せ、30分と経たぬうちに仲良しカップルになりおおせた。・・・やはり白ければ何でも良かったのだ。ぼんクラめ・・・。

 その後、以外に気が強かったミナは、クラとシロの間に入り浮気を許さず(シロを激しくけん制し追い払う)、おかげでシロは家庭に戻り、とりあえず、めでたしめでたしであった。

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