『文鳥様と私』4巻の感想

 3巻末尾に近親交配が煮詰まりそうな予告があったので(二等親間交配の連続)、おそるおそる読みました。
 しかし、その出来事までストーリーが進まず、もう読みたくなくなるのではないかとの予想を裏切り、面白かったです。
 作中飼い主さんも、ずいぶんいろいろ考えるようになり(「ダメ飼い主でした」)、その分3巻までの無遠慮な破壊力は軽減したような気もしますが、全体的に安心して共感とともに読めました(個人的に似たような現象を経験しているので、身につまされるのです)。
 つまずきながら歩む道、飼育について思い悩む態度は、初心者も見習えるかもしれません。とりあえず4巻に限れば、飼育の観点でも有益な面が多いのではないでしょうか。

 もともと連載する予定はなく(刊の若い一巻には@となかった)、それが好評で継続する事になり、現在進行形の出来事を描いていった結果、作者は過去の失敗を突きつけられ続け、また現在の至らなさを未来に明示し続けねばならないとしたら、気の毒な立場です。本来、個々の飼い主自身の胸の中で、過去の失敗は反芻され気をつけていくべきものですが、自覚がなく書き残し、後で失敗に気がついても、印刷され取り消しが効かないのですから、ずいぶん因果な商売だと同情したくなります(自覚していれば書き残すのを控える事が出来る)。
 このマンガは、一飼育者の現在進行形の体験記で、我々一般の飼い主と同様に、問題点に気づけばまた変わっていくものだと思います(作中飼い主は情念の人だが、公開することでさまざまな指摘を受け遅まきに変わる。作中飼い主の飼育に関して言えば、このマンガの公開はプラスになる)。
 我々は、ひとつの作品に何らかの完成形を求めがちですが、この作品をそういった態度で読むのは危険でしょう。はじめを読んでマネをしても、後のほうで簡単に否定されるだけです。それが現在進行形の体験記というもので、もちろん発信者の知見に基づく「飼育書」ではありません。
 ある程度飼育経験のある人が、自分も似たような経験をしたのを思い出しつつ、過去の自分でもある作中の飼い主に、困ったものと心配しながら読むのが正しいものと思います。

 さて、言うまでも無く、兄妹の近親婚なら奇形の可能性は高まります。作中飼い主は「でもほかの子はなんでもない」としているのは間違った認識で、超近親でも正常な子は生まれます。近親だからすべての子供が奇形になるわけではないのです。普通のペアよりも危険が高くなるのが、大いに問題なのです(外見ではわからない障害もある)。わざわざ障害のある子供が出来る可能性を高める飼い主など、存在するでしょうか?
 しかし「お医者さんには同意得られなかった」作中飼い主の、抱卵不足の後遺症で奇形になったとする見解は、可能性があると私は思いました。
 作中にもありますが、抱卵中の親鳥は時々転卵を行ないます。これは卵全体をムラなく温めるため卵の位置を変えるものですが、これをしない場合、中止卵になる可能性が非常に高くなります。転卵の有無だけでも重大な問題となるのに、抱卵しない時間が長くあれば(2時間程度か?)、形成上重大な問題が起こっても不思議はないと思います。

 以上、散文失礼致しました。