吉岡直樹のサイト

くぎょうにっき

9月12日 6:30の記事

9月12日(水) / 感情や理性だけでなく

相手の言動が気に入らないとき、特に相手がロジカルな態度で接するとき、「人間は感情の生き物だから」と自己を正当化し、反対に、相手が感情的になってどんなに筋道立てて話しても何も受け付けないときは「人間は理性の生き物なのに知性のかけらもない」などといって批判したりする。

状況によって自分の都合よく根拠や価値をころころ変えることをダブル・スタンダードという。一貫性のない人間だと思われるので気をつけなければならないと思う。

このようなとき、ある先輩からいただいた印象的な助言がある。それは、人間は、感情の生き物でも理性の生き物ではないということだ。

いわく、「快不快、あるいは感情だけで行動するのは、犬猫レベル(あるいはそれ未満)である。チンパンジーやゴリラのレベルでも理性、あるいは知性のようなものは十分に備わっている。では、人間だけが持っているのは何か。それは悟性と霊性だ。」、と。

そんな言葉は使ったことがないので、試しに辞書をひいてみると、悟性とは「自分の理解した諸事実等に基づいて、論理的にものごとを判断する能力」、霊性とは「知識な経験を超えてそこに存在を感じる能力」などとある。パスタの話ではないようだ。例えば、運命、神、あるいは死者の遺志のようなものを存在として人間は感じることができるが、チンパンジーやゴリラには無理ではないか、ということだ。

動物学的に妥当かどうかはともかく、感情と理性の二元論というのはわかりやすいが、そう単純なものではなかろう。悟性や霊性を加えた四元豚、ではなかった、四元論で考えるほうがうんと深みが出るのかもしれない。

想像するに、二元論者の音楽と四元論者の音楽は、ひょっとしたら捉え方から価値観までずいぶんと違ったものになるのかもしれない。

ベースの教則本はたいていボディ(身体)とマインド(知性)の二元論で書いてあるケースが多いけれど、そういえばルーファス・リードの教本の最初の方には、悟性的なことがかいてあったかもしれない。練習番号0が「禅トレーニング」という別のベースの教本も知っている。

ベーシストもなかなか次元が高いのだ。なんといっても四弦論者だからね!