子どもに贈る読書ガイドブック
5、6才〜10才前後のために

田中裕子著・土田義晴絵

(内容紹介)


自然が与えてくれるもの

五十年ほど前には、そこら中が原っぱだったり、ザリガニや蛍が飛び交う涼しげな川べりがありました。

その中で一日中遊び暮らす異年齢の子が群を作り、ルールを身につけて、子どもを卒業していきました。不自由な時代ではありましたが、その時代に育った大人たちが子ども時代を振り返る時、そこには必ず、野の風景や、魚つりや、ござの上のままごとに明け暮れた、家の外の自然が原風景として焼きついているのではないでしょうか。

幼児期から少年少女期に、とことん自然に親しんだ人は、どこか人間がふっくらと余裕があり、長じてスケールの大きな仕事をされています。丹波篠山で育った動物学者の河合雅雄、心理学者の河合隼雄兄弟の、知性的で、エネルギッシュな足跡をたどると、思う存分子ども時代を自然の中で遊んでおられます。そしてそこには、六人兄弟を外に連れだした父上の存在が欠かせません。アメリカの生物学者、レイチェル・カーソン(1907〜1964)は中傷と攻撃の中で『沈黙の春』(新潮社)『センス・オブ・ワンダー』(新潮社)などの著作を癌に侵されながら書きあげ、現代の私たちに農薬や環境破壊の恐ろしさを残していってくれました。そのエネルギーと感性も、少女時代を豊かな自然の中で過ごし、それも母親によって豊かに与えられた、ということも頷けることです。

有史以前から変らずに広がる大自然を前にして、私たち人間は、一粒の種のように小さい存在として自分に向き合いたいものです。そのことに気付いた時に、人は謙虚にもなれ、自分以外の生きとし生けるものへの温かい心や愛を抱けることでしょう。

子どもが幼いほど、自然の中にそっと連れだしたいものです。わずかなお金で一日たっぷり山野で遊べます。雲はどんな形で流れていったか…、小鳥たちの鳴き声は…、樹々の匂いは…、石の形は…。大の字に寝転んでいるだけでも、幸せな満ち足りた一日を過ごすことができるでしょう。自然は、日本中で変容しつづけていますが、まだまだ捜せば身近に見つけることができます。

本を読んでもらい続けた子どもが、やがて親になった時、わが子に本をそっと読み始めるのと同じように、自然の中に連れ出してもらい、自然の中で楽しんだ子どもは、必ずわが子を自然の中に連れだすに違いないのです。なぜならそれは、忘れられないとても楽しいことだったからです。とても楽しかったことは、小さな種がこぼれ落ちるように咲き続けていくものです。

現代の人々の暮らしは、何かに追い立てられるような時間を辿っています。凶悪な犯罪が都市化の進んだ国々の中で年々目立ってきました。犯罪を犯す人々の生い立ちをいつも思いやります。親の愛情も欠けていただろうし、自然とのかかわりによるやさしい心も育たなかったのだろう、と思うのです。

かつての日本人の顔には、もう少し、慈しみのひそむ、穏やかさとやさしさがありました。それは誰に見せびらかすものではない木綿布の肌触りに似た安らぎがありました。が、今、人々は肩をいからせ、人を寄せつけません。ほっとできる表情を見つけにくくなりました。白い杖を持つ人を見過ごす人の多いこと。そして皆、自分の家の戸をパチッと締めて終わりです。

大いなる自然への畏れと恵みを大切にしてさえいたら、人間は戦争も地雷も、今のようにはびこらせはしなかったでしょう。本当のやさしさとは、自然が黙って教えてくれるものなのに。

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