母の時間(とき)
詩とエッセイ 1


子 へ
ありがとう
知らなかった愛に
出会わせてくれた
ありがとう
限りあるものを
限りないものに
変えてくれた
ありがとう
清らかな無力を
私へと傾けたあなた
何も求めず
このままの私を
「母」と呼んだあなた
ありがとう
あなたを産んで
私もあなたから
生まれた


ぼくのことすき?

「お母さん、ぽくのことすき?」
子どもはいくどとなく、そうたすねます。
「だいすきよ」。
お母さんの答えがわかつていても、いえわかっているからこそ、子どもはいくども「ぼくのことすき?」と尋ねたくなるのでしょう。
愛されていることは誰にとっても、とても嬉しく、安心なものです。とりわけ、一番すきな人に愛されているということは何にもまして幸せなことです。
子どもにとって「お母さん」に自分が愛されているかどうかということは最大の気がかりのようでした。
私の小さな息子は、台所に立っている私やミシンを踏んでいる私のところへ、トコトコと駆けて来ては、よく「ママ、ぼくすき?」と聞きました。三歳から四歳くらいの頃でしたが、時には日に何度も尋ねることがありました。
積木で遊んでいたり、庭で砂のトンネルを作つていた息子が、私の居る所へトコトコと駆けてきては「ぼくすき?」を始める訳です。
ある時、私は息子にこう答えました。
「だいすき。あんまりすきだから、いつも見ていられるように、ママの目の中に入れちゃったわ」。
それから、「ホラッ!」と大きく開いた目で息子をジッと見つめました。息子の背の高さにしゃがみこんだ私の鼻の辺りに息子の息かやわらかくかかってきます。
私の目の中を、じいっと覗き込んだ息子は、やがて小さくとても驚いた声で、
「ホントだ……ぼくが人ってる」と言うなりキャッキャッと歓声をあげて、むこうへ行ってしまいました。
それから、息子は時々黙って走って来ては私に「ぼく、いる?」と尋ねました。
私の目に自分が映っているのを見るときの息子のはにかんだ安心した表情を忘れることができません。
私に愛されているということだけで、こんなに安心し、幸せそうにしてくれる子どもを眺めながら私は自分自身を「この子にとって無くてはならない大切な者」と感じ始めているのに気づきました。
私に、自分をこの子の母としてかけがえのない存在なのだと思わせてくれたのは、ほかでもない、子どもの幸せそうな表情でした。


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