田中裕子(たなかひろこ)プロフィール

1955年、学習院短期大学卒。
1977年から、児童書専門店「童話屋」の発足、運営にかかわったのち、2004年まで横浜市内で児童書専門店「たまプラーザ童話屋」を運営する。
この書店現場で見聞きすることが動機となり1984年に乳幼児の本を主にした出版社「グランまま社」を設立する。
一貫して変わらないのは、乳幼児期の親と子へのメッセージである。
1994年から山梨県北杜市大泉町にて「絵本の樹美術館」を運営。
2010年美術館をいったん閉館したが、2013年7月25日ターシャ・テューダー ミニミュージアムを併設という形で再開。
親と子の豊かさを求めつづけている。
三児の母。そして今は五人の孫に重心が傾いている。

著書に
赤ちゃんに贈る絵本ガイドブック―0才から3才のために―』
子どもに贈る読書ガイドブック―5、6才から10才前後のために―』
おはなししてよおじいちゃんおはなししてよおばあちゃん
(共にグランまま社)がある。

子どもの本屋をやっていますと、夢のある、やり甲斐のある仕事ですねと皆さんニコニコと声をかけてくださいます。確かに、日々子どもの姿を目で追いながら親の相談、雑談というコミュニケーションが営めるのですから楽しく、且つ責任ある仕事だと思っております。

一方、その基本の楽しさは変わらないのですが、自分のやっていることがいかに小さく、歯痒いかということも常について廻るのです。18年前、三児の一主婦が素手で飛びこんだ子どもの本の世界のその時の状況よりも今は、さらに悪い方向へと子どもの環境を追いやっていることを見ながら仕事をつづけるのはつらいことです。子どもをとり巻く社会はすべて大人によって作られています。大人の一人一人は行政、教育、企業、組織の一員であり、家に帰れば一人の父親、母親でもあります。早期教育にエネルギーをかけるなら、思いきり自然の素晴らしさに出会わせて!と言おうとすると、地球上の自然の在るべき姿を大人たちはどんどん破壊し、物言わぬ樹々は伐り倒され、日本の出版界は強烈な読み捨ての雑誌や、大量の出版物作りに我勝ちの日々です。出版文化という名の下に。(かつて子ども時代を過ごした)大人達は子どもに何を残そうとしているのでしょうか。文化とは何でしょうか。生きる喜びとは何でしょうか。私達は地球上の子孫に何を残そうとしているのでしょうか。子どもを心底大事にできる一人一人の大人でありたいものです。

私の中で虚しさは消えません。それでも私が希望を持ちつづけたいのは、子どもの育つ一人一人の家庭内で、親が親らしく子どもを巣立たせ、その子どもは胸を張って、私の子どもの時代は幸せだったと、言えること、やがてその子が家庭を持ち、再び我が子を胸に抱き締める、その繰りかえされるはじめの第一歩に心からのエールを送りたいためなのです。

1994年8月『赤ちゃんに贈る絵本ガイドブック』あとがきより

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