日程:1997年7月26日〜1997年8月10日
26日(土)
台風が近づいていたので、船や鉄道より強いバスで関空へ行った。どうにか、我々のロンドン(ヒースロー空港)行きの飛行機は出発が1時間遅れただけで、無事飛び立った。
今回の海外は、会社の出張が目的である。初めて使うビジネスクラス(Club ANA)だった。空港では、ANAのロビーでくつろげたし、機内ではシートが広くて快適だった。
ロンドン近郊の宿泊先(Novotel Hotel)に到着したのは夜9時頃だったが、外は薄明るかったので、カーテンを閉めて寝た。聞いてはいたが、やはりイギリスの緯度は高く日照時間が長いのであった。
27日(日)
朝、肌寒かった。半袖でいることができないくらいだった。朝食後、Welwyn Garden City にある Homestead Court Hotel に移動した。タクシーの運転手はいい人で、道を間違えたこともあって少し料金がオーバーしたけど、最初に交渉した値段でいいよと言ってくれた。
イギリスは緑が豊富にあり、町並みがきれいである。木々の緑色と、家々のレンガの茶色が調和している。そのかわり、どの家もレンガ造りに煙突、それに庭があり個性が見られない。
休日なので、ロンドン観光に出かけた。
バッキンガム宮殿の衛兵交替は観光客でものすごい人混みだった。有名なのでみやげ話にはなるかもしれないが、二度と来るまいと思った。ただ、ニコニコしていて、楽しそうに大衆を整理している馬上の女性警備員がいたので気分がやわらいだ。このように楽しく、人に好かれるように仕事ができれば最高だろうなと思った。
中学校か高校の英語の教科書に、テムズ川は汚染から立ち直り、きれいになったと言う話が出ていたので、この目で確かめてみたかった。実際のところは、きれいでもなく、汚くもなかった。
大英博物館には、大英帝国時代に集められた莫大なコレクションがある。
有名なロゼッタ・ストーンである。数種類の文字で、同じ意味のことが書かれているので、古代文字の解読に大きく貢献した石である。このような貴重な物でも、無造作に置かれていて、これは厳禁だが、自由に触われる。
エジプトの遺跡がたくさんあり、興味深かった。これはミイラである。
28日(月)
朝6時、ジョギングに出かけた。体をなまらせないために、日本から、ジョギング・シューズを持ってきている。初日は、迷子にならないように、ホテルの周囲を軽く一周しようと走った。しかし、住宅街には目立つものはなく、ほとんどすべての道路が妙に曲がっていて、30分後には、迷ってしまっていた。そう言えば、ホテルのある通りの名前すら覚えていなかった。イギリスはすべての通りに名前が付けられている。その方が確かに分かりやすいと思う。
道路には、サークルと呼ばれる円上の交差点があり、右にいる車が優先の規則となっていて、交通量にもよるが、信号なしで、うまく効率よく機能するシステムである。(イギリスは左側通行)
29日(火)
朝のジョギング中に、野ウサギ、りすを見かけた。ここはそんなに山奥ではない。ロンドンから少し離れただけで、緑が豊富にあるのには驚いた。
これ抜きにしてイギリスは語れないと言うほどパブは有名である。夜、パブに行った。まず、ビールを飲んだ。イギリス人はつまみなしでビールだけ飲む。また、ビター・ビールは日本のラガー・ビールほど冷たくはなく、種類によってもかなり違うが相対的に苦みがある。ビター・ビールはあまり暑くはないイギリスには最も適したビールに思える。
狂牛病を恐れず、ステーキを食べた。日本のようにやわらかくなく、味も大ざっぱであった。同席したイギリス人はやたらと GOOD(おいしい)とウエイトレスに向かって言っていた。そうしないと失礼にあたるのだろう。
30日(水)
小雨が降っていたので、朝のジョギングは中止した。すると、朝食のとき、レストランで、かなり高齢のウエイトレスから、「今朝はどうして走らなかったの? あなたが来るのを待っていたのよ!」とおしかりを受けた。どうやら、一緒?に走りたかったのか。イギリス人は雨など気にせずジョギングをするようである。雨の多いイギリスでは、雨が降ったからといって予定を変えていたらたまらないのだろう。
イギリス人は紳士である。訪問先の会社では、我々はお客さんだからか、彼らはドアを開けて我々を先に通してくれる。また、町中でも、後ろから人が来ていると、ドアを開けたまま、次の人を通してくれるのである。通してもらったときは、Thank
you! とお礼を言おう。
また、食事で、自分が何かを食べる前には、必ず、他人にも欲しいかどうかを尋ねる。よく気がきく。
7月31日(木)
寒かった。昼休みにはいつも散歩に出かけるが、今日は、スーツ上下を着ていても寒かった。町では、真夏だというのにジャンパーやコートを着ている人が結構多かった。
8月1日(金)
この夜もまた、インド料理レストランに行った。イギリスのインド料理は本当においしい。日本よりも、本場インドよりもおいしいのである。イギリスがインドを植民地にしていた時代の名残りだろう。「イギリスの食べ物で何が一番おいしかったですか?」と聞かれたら、はっきりと「インド料理がおいしかったです。」と答えられる。また、妙に思われるかもしれないが、イギリスでは、イギリス料理のレストランよりもインド料理のレストラン方が多いのである。
8月2日(土)
あの有名なケンブリッジ大学のあるケンブリッジに行った。ここは歴史のある建物がたくさんある伝統的な町である。
ケンブリッジの名前の由来は、ケム川の橋(ブリッジ)である。ケム川で、名物のパンティングをした。パンティングと言うのは、小舟の最後尾に立って、長い棒で川底を押して舟を操つる方法である。これがなかなか難しい。まず、立たなければならないので、バランス感覚が要求される。次に、棒が船の縁に当たったり、川底に埋まり込んだりするので、棒を落としそうになったり、自分が棒と共に川に落っこちそうになったりする。私も挑戦したが、結局、最後まで納得のいくパンティングはできなかった。やはり、スーツを着て、川に落ちないように気を遣っていてはダメなのだ。
8月3日(日)
ロンドンのシヴァナンダ・ヨガ・センターに行き、ヨガのレッスンに参加した。インストラクターはイギリス人のようで、なにやら、マントラを唱えていた。中身は、ハタヨガであるが、ペースが速く、一つ一つの姿勢がきっちりとできず、フラストレーションがつのった。
ウインザー城を見に行った。絶対にイギリスのお城を見たいと思っていた。日本のお城と違って、石で建てられたお城である。
カムデン・マーケットに行った。そこは、フリー・マーケットのお店がたくさんたくさんあり、アンティーク、日曜雑貨、衣類、食べ物などが売られていた。私は、こういう混沌としたところが好きである。
新品の本を安く売っていた。マザーテレサの Simple Path と、イギリスが故郷の Winnie of poo (くまのプーさん)を買った。
8月4日(月)
ホテルの朝食は、イングリッシュ・ブレックファーストで、私は、大抵、グレープフルーツジュース、紅茶、クロワッサン、豆の煮物、ポテトのフライ、バター風味の魚、フルーツ缶詰の組み合わせを注文している。
8月8日(金)
イギリス最後の夜である。友人の案内で、夜のロンドンに遊びに行った。友人は、軽々しく客引きについて行き、店の中に入った。席に座ると、若い女性が2人寄ってきて、話し始めた。そのうち、ショーを見るには、何か注文しないとダメ、ここに座ったらあといくら払わないとダメなどと言ってきた。やばいと思った。結局、そこは悪徳な暴力バーでなくてまだ助かった。ついに「レイモンド」を発見した。その店こそがショーが見られる有名なところである。ショーはすでに始まっており、裸の女性が踊っていた。我々は、まだ、だまされたことを後悔していた。
8月9日(土)
ホテルのフロント係から、「今朝早く、あなたの友人がチェックアウトしたのですが、お金が30ポンド足りませんでした。それで立て替えて払ってもらえませんか?」と尋ねられた。この話を信じてしまったのが、間違いであった。
帰国後、友人にこの話をしたが無駄だった。後悔した。早速、払い戻しを要求するFAXを送った。ホテルはすんなりとそのお金を戻してくれた。
セント・ポール大聖堂に行った。内装は非常にきれいであった。また、想像していたよりもずっと大きかった。ほとんど頂上近くまで登れるのだが、高い建物だった。
ロンドン橋
友人の友人に会った。「友達の友達は皆友達だ!」イギリス人男性と結婚して、今はロンドンに住んでいるとのこと。