松下幸之助の「商いのこころ」

販売に成功するためには   平成19年10月

 経営を進めていく上で、最も困難があろうと思われるのは、販売という事ではないでしょうか。製造には、新しい発見や発明が考えられます。しかし販売には、とりわけ妙案の生まれる事はまずないと言っていいでしょう。各お店の販売方策のいずれをとってみても、いわゆる名案奇策と思われるものはほとんど見られません。しかも、他と相似た方策を立てながら、いっそう販売の拡充に成功しなければならないのです。
 皆さんはワイシャツ1枚を買うのにも、だいたいにおいて、買いつけの店が心にあると思うのです。とりたてて理屈はないのですが、その事には立派な裏づけがあります。つまり、お客である自分に満足を与えてくれているという感じが、好みの店を決めているのです。
 そういうことを考えてみますと、販売というものを成功させるには、いかにすればお得意様に喜んでいただけ、どういう接し方をすればご満足ねがえるか、という事を考える事が何よりも大事だと思います。ですから、妙案奇策のあまりない販売の世界の中で特色を発揮するために、何が基本になるかというと、結局はお互いの誠心誠意です。そして話す言葉ににじみ出る気持ちが、何よりも大事だと思うのです。
 落語家の話しは聞いていると面白いものですが、その台本を読んでみると、聞く時の面白味は少しも味わえません。販売にあたるのも同様であろうと思います。いかに立派な筋書きを与えられていても、それを味良く先方にお届けできるかどうかは、販売にあたる人がそれだけの訓練をみずから培うかどうかにかかっているのです。筋書きのちょっとした生かし方にも興味をもって研究すれば、それに成功するでしょう。
 そしてその根拠となるものが、誠心誠意だと思います。それが根底にあってこそ深い味わいも出てくるのです。誠心誠意がなければ、どんなに立派な筋書きでも、それは実を結ばないアダ花となってしまいます。
 どこの会社、商店でも販売に対する基本方針がありましょうが、それはいわば筋書きであって、それを生かした味は百人百様の現れ方をします。その味は、販売にあたる人の仕事の対する熱心さ、仕事に対する努力から生まれてきます。すなわち、そういう販売の技術ともいうべきものをみずから培い、備えている人によい筋書きを与えれば、まさに鬼に金棒となり、販売に成功すること間違いないと思うのです。
                             「商売心得帖」より