松下幸之助の「商いの心」

衆知を生かす心構え

平成20年 3月

 商売は、商品を仕入れてそれを販売し、お得意様の用に供するということで成り立っています。しかし商品を仕入れて売るだけが商売の道かといえば、それは決してそうではありますまい。私はそこにもう一つ、商売人として非常に大切なことがあるように思います。それはどういうことか。ひと言でいえば“商品を発意する”ということです。
 つまり、ただ商品を売買するだけではなく、その商品についてみずからいろいろと考え、“この商品はここをこう改善したほうがもっとよくなる”とか、あるいは“こんな特徴のある新製品をつくったらどうだろう”ということを商人としての立場で発意し、それをメーカーに伝えるということが大切だと思うのです。
 もちろん、商品をつくるのはメーカーの役目です。新製品の開発にしても、メーカーがその研究所で行うのが当然と考えられます。ですから、商人はそこでできた商品を仕入れて売ればそれでよいとも一応は考えられます。
 しかし、商売をしている人には、その商品を買って使われる人の立場というものがいちばんよく分かります。ご需要家の皆様が商品について日ごろ抱いておられるご不満、ご要望というものを聞く機会がいちばん多いのが商人でしょう。したがって、真にお客様の要望に沿った商売をするためには、そのご不満なりご要望なりを聞きっぱなしにすることなく、それを自分で十分に咀嚼し、商人としての自分のアイデアを考え出す。それをメーカーに伝えて改善、開発をはかるよう強く要望していくということがやはり大切だと思います。そうしてこそはじめて、社会に真に有益なほんとうの商売というものが可能になるのではないでしょうか。現にアメリカで商売をしている人の中には、そうした発意をしてメーカーに力強く要望をしている人が多くいます。私はそれは、新しいものが次々と生み出される上で一つの大きな導きになっていると思います。
 こうしたことは、実際にはなかなかむずかしいことだと思いますが、しかしそこまで考えるところに真の商売の妙味というものがある。また同時に、ご需要家からもメーカーからも信じられ、頼りにされて商売がますます発展していく道の一つがあるのではないかと思うのです。

(『商売心得帖』より)

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