松下幸之助の「商いの心」

衆知を生かす心構え

平成20年 4月

 今日、どこの会社や商店でも、人を求め、人を育てていくという点に非常な努力をしております。けれども、実際のところは、そのわりあいに人がなかなか育ちにくいのが世の常でしょう。ここに、首脳者の立場に立つ人の悩みといえば悩みがあると思うのです。いったい、どうすれば人が育っていくものなのでしょうか。
 考え方はいろいろあると思います。しかし私自身としましては、元来、首脳者の心得として、つとめて社員の長所を見て短所を見ないよう心がけております。あまり長所ばかりに目を向けるため、まだ十分には実力が備わっていない人を重要なポストにつけて、失敗してしまうような場合もなきにしもあらずです。しかし私はこれでよいと考えています。
 もし私が、つとめて短所を見るほうであったとしますと、安心して人を用いることができないのみならず、いつも失敗しはしないか、失敗しないだろうかと、ひとしお心を労するでしょう。これでは事業経営にあたる勇気も低調となり、会社、商店の発展も十分には望めないようになりかねません。
 ところが幸いにして、私は、社員の欠点を見るよりも、その長所や才能に目がうつりますので、すぐに“あの男ならばやるだろう。あの男はこんなところがうまい。主任は務まるだろう。部長にしてもよかろう。一つの会社の経営をしてもらっても大丈夫だろう”と、少しの心配もなく任せることができるのです。またこうすることによって、それぞれの人の力もおのずと養われてくると考えられます。
 ですから、部下をもつ人はなるべく部下の長所を見るようにし、またその長所を活用するようにすることが大切だと思います。それと同時に、欠点があればそれを正すように心がけることも大事でしょう。
 長所を見ることに七の力を用い、欠点を見ることに三の力を用いるのが、だいたい当を得ていると思われます。
 それから、もちろん、部下である人もまた、これと同様に、上位者の長所を見るように心がけて尊敬し、短所はつとめてこれを補うように心がけることが大切です。もしこれに当を得たならば、よき部下となり、上位者の真の力となるにちがいありません。豊臣秀吉は、主人である織田信長の長所を見ることに心がけて成功し、明智光秀はその短所が目について失敗したといいます。心して味わうべきだと思うのです。

(『商売心得帖』より)

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