松下幸之助の「商いの心」

  経営幹部に贈る「経営のコツ」@

衆知を生かす心構え

平成20年 5月

 商売を発展させていく上で、経営力というものが大切であることは、いまさらいうまでもないと思います。もっとも、経営力が必要なのは、なにも商売にかぎったことではありません。
 たとえば、立派な施設をととのえ、有能な科学者を集めて一つの研究所をつくったとして、それだけで偉大な研究成果があがるかというと、必ずしもそういうものではないと思うのです。そこに、そうした立派な施設なり、優秀な科学者を生かしていくという研究所の運営、いいかえれば経営力が厳然として存在しなくてはならないということです。そうであってはじめて、科学者の人びとも働きやすく、自分の能力を十分に発揮できて、そこにすぐれた研究成果が生まれてくるわけです。病院などにしても、経営力のたくましいところでは、先生がたも生き生きとして、それぞれ専門分野の治療にあたっているという感じがします。
 経営力の乏しいところでは、いかに立派な人材を得ましても、その人材が生きてきません。むしろ、その人びとに煩悶を与えることになってしまいます。ですから、会社でも商店でも、それぞれにふさわしい経営力というものがなくてはならないと思います。
 そういった経営力は、その主人公といいますか、経営する立場にある人がみずからこれを持てば、一番望ましいことはもちろんです。けれども、現実には必ずしもそうでない人もあると思います。その場合、その会社や商店の経営はうまくいかないかというと必ずしもそうではありません。
 というのは、たとえば過去の歴史をみると、一国の帝王でみずから高い経営力を持っていた人は、そう多くはいません。けれども、それでその国がつぶれたかというと、むしろ経営力のない帝王のもとでも、隆々と栄えているのです。それは、帝王自身に経営力がなければ、自分の位はそのままにして、自分に代わるいわゆる宰相というものを求めて、これに実際の運営をさせたわけです。そうすることによって、一国の経営がおおむねうまくいったのであり、そうすることが帝王の責任だったと思うのです。
 会社や商店の経営でも、それと同じことで、主人公みずからが経営力を持たなければ、しかるべき番頭さんを求めたらいいわけです。経営力の大切ささえ忘れなければ、やり方はいくらでもあるといえましょう。

(『経営心得帖』より)

バックナンバー