松下幸之助の「商いの心」

  経営幹部に贈る「経営のコツ」C

衆知を生かす心構え

平成20年 11月

 最近では、経営や商売をとりまく情勢というものは、ますますきびしくなってきました。一方では、大幅な給与の引上げを行なっていかなくてはならない。それに加えて、原材料などの物価騰貴ということもあります。そういうなかで、自分の製造販売している商品については安易な値上げは許されない、でき得るかぎり現在の価格を維持していく、場合によってはそれを値下げしていく、そういうことが社会から要請されているわけです。
 したがって、お互いの経営なり商売においても、できるだけムダをはぶき、効率を高めて、生産性の向上をはかって、内外のさまざまな要請にこたえていかなくてはならないと思います。
 ところで、こうしたきびしい情勢というものは、もちろん業種により、会社商店によって、多少の程度の差はありましょうが、おおむね、どこにも同じようにはたらくものだと思います。世間全般が大幅な賃上げをしているのに、自分のところはそれをしないということではすまないわけです。
 しかし、そのように同じ情勢のなかで、みな同じように困っているかというと決してそうではありません。ある企業は、2割なら2割の賃上げをしても、それを生産性の向上でカバーして悠々とやっている。一方は四苦八苦している。ある商店では比較的安く売っているけれども、利益は適正にとっているのに、別のところでは、高く売っても利益があがらない。そういったことが同じ業種のなかでもしばしばみられます。
 どうして、そういう差がでてくるのでしょうか。それは一言でいえばその必要性を感じていた、察知していたということではないかと思います。来年はこれだけ給料を上げなくてはならないだろうから、それだけのものを合理化しておく必要がある、ということで、賃上げを実施するまでに、全部それを吸収してしまっている。だから、大幅な賃上げをしても十分利益があがるわけです。ところが、ともすると、賃上げをしなくてはならないからやった、それで利益が少なくなった、これは大変だといって、合理化に取組んでいくというのがままみられる姿ではないでしょうか。そのようにあとからやったのでは、それだけ犠牲も多くなってしまいます。やはり、経営というものは、どういう事態が起こってくるかをある程度予見して、それまでに必要な対策を立てて静かに時機を待つということでなくてはならないと思うのです。
 もちろん、そういうことの必要性はどこでも一応は感じているでしょう。にもかかわらず、そこに差がでてくるということは、感じていても実行力を欠くといいますか、いいかえれば感じ方にもう一つ真剣さが足りないということではないでしょうか。経営というものは、単に利口であるとか、頭がよいとかいうだけでうまくいくものではないと思います。やはりそこに命をかけるというほどの真剣さがあってはじめて、何をいつどうしなければならないかというカンも働き、それを行なっていく力強い実行力も生まれてくるのではないでしょうか。
 きわめてむずかしいことではありますが、お互いの商売にそういうことが要求されている時期にいまきていると思うのです。

(『経営心得帖』より)

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