松下幸之助の「商いの心」

    お得意先の電器係・そのA

衆知を生かす心構え

平成21年9月

 皆さんの周囲に百軒のお得意があれば、その百軒が、電器のことはもうむこうへ任しているんだ、いいも悪いも任しているんだ、何かあればすぐに電話をかけてくるという、一つのお寺みたいなものである。昔はお寺を中心として、その集落が精神的な慰安を求めて相寄っておった。そして非常に平和な生活をしておった。
 まあ、それとこれとは多少違いますけれども、それと同じように、皆さんの周囲が、皆さんを電器に関しては信仰する、いっさいお任せする、その家の電器係である、電器係の主人公であるというような状態に、皆さんが存在しているかどうか。私は、やがてそういうように考えねばならない時代が来るようになるし、またそうあってよいのではないかという感じがするんです。
「これは安いから、まけておくからうちで買うてください」「これはなんぼ“勉強”しますから、うちで買うてください」というようなことで商売をしておったら、偉大なる発展というものはありえないと思います。
 だから、皆さんの周囲のお得意、百軒なら百軒が皆さんを信用し、皆さんを中心として安心して文化生活をやる、電化生活をやる。そういうような状態にお得意をズーッとリードするためには、われわれは何を考えないといかんか、皆さんは何を考えないといかんかというと、そこには皆さんに一つの信念がなければいけない。自分はナショナル電気器具をもって終始するんだ、というような強いものをおもちいただく。そこに、私は今までに見いだせなかった大きな境地が生まれるのではないかというような感じがいたします。
 どれでもあなたのお好きな品物を買いなさいというようなやり方は、一見非常に得である、便利である、客を逃がさないように考えられますけれども、そういう状態においては、百軒の顧客の中心、信仰の中心にはなれないと私は思うんです。これは、言いすぎのようでありますが、しかし皆さんが十年なら十年商売しておられて、その付近の電器屋として、この付近の町は電器を中心としておれが握っているんだと、こういうような非常な信念をもってその顧客に訴えているかどうか。そういうように皆さんがお考えいただけば、そこに器具を通じてではなく人を通じての偉大な分野がひらけてくる。それに器具が乗る。乗る器具もよく売れましょうし、皆さんの事業は非常に安定化してくる。


(昭和33年7月9日 関東地区ショップ店会における講演)

解説 

【解説】

 どんな商売にも役割分担というものがあります。たとえば、大都市に位置する百貨店はその名のとおり、あらゆるものが購入できるような品揃えをしています。しかし最近ではコンビニエンス・ストアが各地域に広まって、必要なものを手軽に買うことができるようになりました。百貨店もコンビニエンス・ストアも、お客様がそれぞれの店に求めているものが違うから、ともに成り立っているわけです。
 弊社創業者・松下幸之助は、そのようなそれぞれの役割を忠実に果たしていくことが、お互いの商売においてきわめて大切だと考えていました。したがって、地域専門店としても、大型店が増えたからといってお客様が流れていくのではないかと、心配する必要はない。地域専門店は地域専門店の役割に徹していけばよいと訴えていました。
 大型店はたしかに品揃えがよかったり、値段が安かったりするかもしれません。けれどもお客様としては、本当に自分たちの側に立ち、一人ひとりに応じたアドバイスをしてくれるのかといった不安もあります。それに対して地域専門店は、時にはお客様の家の間取りさえ想像しながら、きめの細かいアドバイスができる。言うなれば物のやりとりの前に、心の通い合いをもてるという強みがあるわけです。そのようにお客様の立場に立って、お客様の求めに誠心誠意応じていくことで信頼が得られ、結果として商品を買ってくださるということになるのではないでしょうか。
 そのためには、自分はこの地域のお客様の電器係であるという自覚を強くもち、日々血の通ったサービスに努めることが大事です。そうした地道な努力を続けていけば、お客様とのあいだに、ただお金をいただいて商品をお渡しするという関係を越えた、より深い結びつきが生まれてくる、そこに商売の真の味わいがあると松下は言うのです。

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