松下幸之助の「商いの心」

    お得意先の電器係・そのB

衆知を生かす心構え

平成21年10月

 皆さんの大事なお得意先に、「値を安くいたしますから、大将買うてくれ」ということも1つの行き方でありましょう。しかし、「値を値切らんといてください、そのかわりに値を値切る以上に私はサービスします」と、いわば何か事あらば、私の心はあなたのところへ行っているんですよという心持ちを示す。私は、昔の徳川の時代の商人が皆そうやったと思うんです。半鐘がジャンとなって災害が起こったとなると、すぐにお得意先にかけつけて、日頃の恩に報いる。また、常に買うてくれるところには足を向けずに寝る、というようなことを徳川時代の商人は、商業の道徳としてやっていたのです。だから、出入りというものが決まってしまう。いわゆる親戚づきあいのようになるので、単に1円安いということによって、得意が変わらないのであります。
 私は今日におきましても、人情には変わりないと思います。皆さんはお得意先を大事にされると。しかし、値段はこれで買ってください、その他のことは非常にサービスいたします。サービスだけやなく私は非常に感謝をいたしております。もしあなたの方に何かがあれば、私は馳せ参じてまいります。こと電器に関する限りはいっさい私におまかせくださいというようなことを、どうして力強くおっしゃらんのかと、いや、おっしゃっているかもしれませんが、そうしていればですね、私は決してお得意先というものは逃げるものやないと思うんです。
 暴利をむさぼって高く売れという意味ではございません。合理的な価格に売って、適正利潤でサービスすることは当然でございますけれども、しかし、それだけに捉われていると、商売というものはいやなもんだと思うんであります。喜びというものはうすいと思うんであります。何げなしに値段をたたかれて、そしてかろうじて商売をしていくというのは辛いもんだと私思うんです。それを超越した境地に立ってこそ、自他一体となると私思うんです。そういうような心境になった時に、先方のお得意先に対して遠慮なく、「あなたのために私があるんですよ」と私は言えると思うんです。


(昭和37年10月9日 東北ナショナル店会大会における講演)

解説 

【解説】

 弊社創業者・松下幸之助がこの講演を行なった昭和30年代と現在を比べると、電気製品も販売環境も驚くほどの変化を遂げました。生活をより便利にするさまざまな新商品が開発され、品揃えの豊富さは格段の違いです。そうした市場の変化を反映して、たくさんの商品を展示し、多種多量のニーズに応えることができる量販店にお客様の足が向かうのは、一面やむを得ないことといえるでしょう。
 ただ、そうした現象があるとしても、「街のでんきやさん」がその役割を失うことはありません。地域の各家庭の電器に関するトラブルの解決やきめ細かいサービスにおいては、「街のでんきやさん」は元来強みを持っているはずで、そうした存在がなくなれば、地域住民の電化生活はたいへん困ったことになってしまいます。しかしながら、だからといっておっとり構えていていいというわけではありません。「街のでんきやさん」としての責任を果たし、自らの商いを成り立たせられるかどうかは、一にも二にもお客様第一に徹しきれるかどうかにかかっている、と松下は言うのです。
 たとえば、お客様が求められるものをそのまま販売するのではなく、時には、「そちらよりこの商品のほうが、お客様には役立つはずですよ」と、お客様の事情をよく理解しつつ、適切な助言をして商品を提供する。そうした仕事ぶりがお客様の電化生活を守り高めることに繋がり、結果として高い信頼を得ることができるのです。そんなお客様の信頼に基づく商売こそ「街のでんきやさん」の醍醐味ではないでしょうか。
 ですから、商売がうまくいくかどうかをただ値段だけの問題と捉え、「値を安くするから買ってください」といった行き方をとることは、松下の言うように喜びのうすい商いに堕した姿だといえましょう。地域のお客様にとって自分たちの商いはいかにあるべきか、何をもって「私にまかせてください」と言えるのかを今一度考えてみたいものです。

バックナンバー