松下幸之助の「商いの心」

    地域専門店・その@

衆知を生かす心構え

平成21年11月

 昔の商人は“のれん”というものを非常に大切にしました。のれんということは、いいかえれば、そのお店に対する信用ということにもなると思います。つまり、何々屋の品物ならまちがいがない、安心して買えるというようなお客様の信用が、そこにあったと思うのです。
 ですから、どのお店でものれんを大切にし、のれんを傷つけないようにしたわけです。たとえば、いわゆる“のれんわけ”でも滅多な者にはやらない。10年20年を誠実に勤勉につとめて、あの男なら絶対にのれんに傷をつけないだろうという者だけに、のれんをわけたのです。つまり、のれんというものには、それだけ、お客様を大事にし、いい品物を提供してきたという、長年にわたって連綿とつみ重ねられてきた努力と信用の重さがあったと思います。ですから、のれんなしで新しい店を出すということは大変なことでした。そのことを逆にいえば、昔はのれんで商売ができたともいえます。しかし、いまは多少ちがうと思います。信用とか、お客様を大事にするといったことの大切さは昔もいまもかわらないと思いますが、今日では社会のうつりかわりのテンポが非常に早くなってきました。ですから、昔であれば、少々商売に適切さを欠いても、のれんというものでやっていけた面があったと思うのです。
 けれども、今日はもう昔とちがって、そういうことは許されなくなってきました。いってみれば、のれんだけでメシが食える時代ではなくなったと思うのです。実力を欠いたお店、適切な仕事を欠いたお店は、たとえ立派なのれんがあってもやっていけなくなってきています。それが今日の新しい時代の姿といえましょう。
 過去の信用というものはもちろん大切です。けれども、長年にわたって営々と築きあげてきた信用も、こわれる時は一朝にしてこわれてしまいます。ちょうど、建築に1年を要した建物でも、こわすのは3日でできるようなものです。
 ですから、過去の信用、のれんによって商売ができると考えてはいけません。つねに、いまお客様が何を求めておられるかを適切にキャッチして、刻々にそれにこたえていく、いわば日々新しい信用を生みだしていくことが大事だと思うのです。


(『経営心得帖』より)

解説 

【解説】

 弊社創業者・松下幸之助は、あるラジオ番組で「信用を築くための苦労」について、次のような話をしたことがあります。
「信用というものは、ぼくは築こうと思うて築けるもんやないという感じをもちたいんです。つまり、その人が誠実にその商売なり、自分の務めというものを大事にしていくということが積み重なって、自然に信用を得ると申しますか、そういうもんやないかと思うんですね」
 たしかに信用というのは、いくら得たいと思っても、一朝一夕に得られるものではありません。日々の誠実な努力の積み重ねによってはじめて得られるもので、それだけにたいへん苦労を伴うことだといえます。
 あわせて、いったん築き上げた信用を維持し、伝統を守っていくこともまた非常に難しいと思われます。特に今日では、たとえ大資本を有し、長年の伝統を誇る企業でも、1つ不祥事が起これば、情報は瞬時に世界に伝わり、松下がいう3日どころか3時間でも信用は失墜する恐れがあるのです。「地位にあぐらをかいていた」という後悔は、そうしたときに実感されるのでしょう。
 ただ伝統を守るといっても、単に昨日と同じ経営努力をすればいいというものではありません。今日を昨日のくり返しとせず、時代の流れや顧客の要望を的確にとらえて、常に新たなチャレンジをしていくことが求められます。松下がそうした「日に新た」な姿勢、商売の革新を訴えるのは、それが結果として信用を維持する、あるいは明日ののれんを創造することにつながるのだという確信があったからなのです。

バックナンバー