松下幸之助の「商いの心」

    地域専門店・そのA

衆知を生かす心構え

平成21年12月

 自分のお店を常にきれいにし、お客様が入りやすいよう、また商品が見やすいようにすることは、商売を発展させていくために、非常に大事なことの一つだと思います。ただ、そのように店舗をきれいにするということについては、単にお客様の購買意欲を高めるためということだけではなく、より一段高い理由からも、大いに力を入れる必要があると思います。
 その理由とはどういうことかといいますと、自分の店舗は、自分の商売のためのものであると同時に、自分の街の一部を成すものである。だから、自分の店舗のあり方は、その街の美醜にも大きな影響を与えるということなのです。一つの街に好ましい店舗ばかりが並んでいれば、その街は、いきいきと活気に満ちたきれいな街になります。街全体に好ましい環境が生まれます。
 したがって私たちは、そうした街を美化するというか、街の品位を高めるという一段高い見地からも、自分の店舗をきれいにしていくことが大事だと思うのです。それは“社会の役に立つ”という商売の真の使命にもとづく一つの尊い義務ともいえましょう。またそれは同時に商売の繁栄にも結びつくものだと思います。
 ある街へ行ってみたが、どの店員さんの応接態度も立派であるということになれば、その評判は遠く地方にまで及んで、多くのお客様がはるばる来てくださるということにもなりましょう。パリのシャンゼリゼの通りは、世界の人々のあこがれの的だといわれていますが、遠くパリをもち出さずとも、わが国にもそういうところが数多く生まれるべきではないかと思います。その意味では、どちらの理由からお店をきれいにしても、結果は同じ商売の繁栄に結びつくということにもなりますが、しかし、単に自分の商売のためにするのと、そこから一歩抜け出て街の美化、品位向上のためにするというのとでは、その精神に大きな違いがあります。

 そういう一段高い精神に立つということが、ほんとうに魂の入った商売を可能にする一つの要諦ではないでしょうか。

(『商売心得帖』より)

解説 

【解説】

 弊社創業者・松下幸之助は、日頃の商売において、ただ儲ければよいというのではなく、より正しく美しい商売のあり方を目指して精進すべきであると考えていました。その意味で、自分たちの店舗や事業所の外見や雰囲気も、好ましい商売に繋がるよう清潔で洗練されていなければならないとしていましたし、街の一部として品格ある佇まいを成していることもまた一つの責任であると捉えていました。
 こんなエピソードがあります。松下が出張で名古屋に出向いたとき、車中から、広々とした畑の中に「テレビはナショナル」と書いた広告塔が立っているのが見えました。その看板のペンキが剥げかかっていたので、松下はとなりに座っている案内役の名古屋の営業所長に、「きみ、あの看板はだいぶ剥げているが、あれでは金を払って公害をまき散らしているようなもんや。なんで直さんのや」と指摘しました。すると、営業所長は「いや、あれは本社の宣伝部の管轄ですので……」と答えたのです。これに対し、松下は「きみは何度も見ているのに、なんで汚れに気がつかんのや。気がついとったとしたら、なんでそれを担当の人に言うて直させんのや。きみはそれでも松下の人間か」と厳しく叱責したといいます。
 また、京都市長と会談した折に、松下は、市長には京都を世界一優れた都市だと思って、そうした観点から施策を進めてほしいと要望したことがありました。そしてその場で、祇園石段の下にあり広告価値の高かった松下電器の広告塔を取り外すということを、みずから申し出ています。自社の宣伝に絶大な効果があったとしても、由緒ある古都の美観や落ち着きを失わせては公益を損じると考えたからです。

 店舗や事業所が存在するからには、それぞれに社会的責任があります。自分の商売の利になるかどうかだけでなく、店構えや商品の陳列の仕方が周囲の美化に資しているか、商売のあり方が街の品位を高めているかどうかといったことにも、常に心を配りたいものです。

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