松下幸之助の「商いの心」

    地域専門店・そのB

衆知を生かす心構え

平成22年01月

 日々の商売を進めていく上で大事なことはいろいろありますが、その一つとしてつぎのようなことがあげられると思います。それは、今営んでいる自分の店ははたしてどれぐらいお得意先のお役に立っているか、どれほど喜ばれ感謝されているかということを、いろいろの角度から絶えず検討し、自問自答してみるということです。
 たとえば、もしかりに自分が店をたたんでしまった場合、お得意さんが“惜しい店がやめたな”と残念がってくださるかどうか、それだけの商売を自分が今しているかどうかといったことを反省、検討してみてはどうでしょう。そのような検討を絶えずくり返しつつ商売を営んでいくならば、そこから、“自分のやり方にはまだまだ配慮が足りなかった。お得意先に対してはこういうこともしておかなければならなかった”ということが随所に次々と出てくるのではないでしょうか。
 陳列の仕方を変えるということ一つを考えてみましても、お客さんの目をひきつけて、商品を少しでも多く売るためにやるのだというのも一つの考え方でありましょう。しかし、せっかく来てくださったお客さんに好感をもっていただこう、楽しんでいただこうというところから出発していろいろ工夫してみるほうが、よりすぐれた、よりお得意さんに喜んでいただける陳列の仕方が生まれてきて、結局は成果もあがることになると思います。
 お互いそれぞれに、そういうお得意大事の心に徹して、自己反省、検討を絶えず加えていくならば、そこから自分の店が存在する意義というものについての確信が生まれてくると思います。そうなれば、商売にもおのずと力強いものが湧き出てくるし、尽きざる創意工夫も生まれてきて、求めずしてお店の繁栄が達せられるということにもなるのではないでしょうか。
 もちろんこうしたことは、商売を営む上においては当然のことではありますが、しかし、それが当然のことであるだけに、一面、ともすれば忘れがちになるという気もいたします。その意味で、お互い改めて二省、三省してみたいと思うのです。

(『商売心得帖』より)

解説 

【解説】

 厳しい経営環境が続きますと、ともすれば自分の商売に自信を失ったり迷いが生じたりすることもあるでしょう。弊社創業者・松下幸之助はそうしたときの心がまえとして、たびたび次のエピソードを人に話していました。
 それは人里離れた峠にある茶屋の話です。その茶屋はおばあさんが一人暮らしで切り盛りしていて、毎朝早くに起きるときちんと店を開け、いつでもお茶が出せるように準備していました。両方から峠越えをする旅人を待っているわけです。旅人が来る日もあれば、ほとんど来ない日もありました。しかし、そういうことに関係なく、おばあさんはきちんとお茶をわかし、店を開けているのです。
 やがて、この峠を越える旅人たちは、いつとはなしに、この茶屋で一服するのを一つの習慣とするようになりました。旅人たちにとって憩いの場となったのです。おばあさんはたとえ体の具合が悪いことがあっても、曲がった腰を伸ばしてお茶をわかし、店を開け続けて休もうとはしませんでした。ですから、旅人たちはみなこの茶屋をあてにし、そのあてがけっしてはずれないことに安心と喜びを覚え、おばあさんに感謝しました。それがまたおばあさんにとっても、このうえない喜びであったのです。
 松下は、このおばあさんの商売に対する姿勢を、ただ暮らしの手段として金儲けのために旅人を待つといった味気ないものではないと考えました。おばあさんは、自分の営む茶屋は、ここで一服するのをあてにし、喜びとして峠を上り下りする旅人たちのものである、だからその期待に精いっぱいこたえていこうという奉仕の気持ちと、そうした意義ある仕事をしていることへの誇りがあったに違いない。およそ商売というのはこのようなもので、お客様とのあいだに無言の契約がとりかわされており、その契約を果たすための日々の地道な奉仕こそ何より尊いのではないか、と訴えたのです。
 地域における商売の責任を改めて顧みつつ、みずからの誠実な奉仕の気持ちを問い直したいものです。

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