松下幸之助の「商いの心」

    共存共栄・そのA

衆知を生かす心構え

平成22年03月

 お互い商売を進めていく上で、競争するということが非常に大事なのはいうまでもありません。それぞれのお店がそれぞれに競争相手をもち、互いに負けまいとして創意工夫を凝らし、真剣な努力を重ねるならば、そこから自他双方に、よりよい成果がより効果的に生まれてくると思います。つまり、競争が、双方の成長の原動力となり、進歩発展の基になると思うのです。
 ただそのためには、その競争があくまでも正しい意味の競争でなければなりません。公正な精神のもとに、秩序を重んじてなされるものでなければならないと思います。さもなければ、その競争はいわゆる過当競争になってしまって、成長、進歩をうながすどころか、かえって業界に大きな混乱を生み出すことになりましょう。すなわち、お互いが日々行う競争というものは、戦争のように相手を倒すためのものではなく、共存共栄のための競争というか、ともに成長し発展していくためのものでなければならないと思うのです。
 このことはいいかえれば、お互い常に対立しつつも、それと同時に調和、協調の精神を忘れてはならないということだと思います。対立し、相争うばかりで、調和、協調することがなければ、その競争は破壊に通じることになりましょう。お互いが力に任せて対立に火花を散らしてばかりいたならば、共存共栄はもちろん実現できませんし、下手をすると共倒れということにもなりかねません。結局においては、業界全体がまったく疲弊してしまうことになり、ひいては、お客様にもたいへんなご不便、ご迷惑をおかけすることにもなりましょう。
 したがって、お互い、日々の進歩、発展のため、適正な競争は徹底してやるけれども、絶対にそれが過当なもの、行きすぎたものにならないように心がけねばなりません。お互いの良識を高めて、常に対立しつつも協調するという姿を生み出していかなければならないと思います。

 そしてそれぞれの人が商売人としての適性を備え、正しい意味の努力をしているかぎり、お店の規模の大小にかかわらず、ともに栄えていくことができるような環境を常に保持していくことこそ肝要だと思うのです。そういうお互いの態度、行動こそが、国家国民全体の真の共存共栄の基礎だと私は信じています。

(『商売心得帖』より)

解説 
【解説】

 昭和38年9月、弊社創業者・松下幸之助はニューヨークで開催された第13回国際経営会議に招かれ、世界各国から集まった3千人に及ぶ学者、実業人の前で講演をしました。「私の経営哲学」と題したその講演で松下は、過当競争の弊害を強調し、「正常な競争は大いにやらなければいけないが、過当競争は罪悪である。だからお互い何とかしてこれをなくすようにしなければならない」と訴えました。
 すると質疑応答の時間に、聴衆の一人が、松下に反論をしかけてきました。
 「あなたの言うことはもっともだけれど、私は過当競争はなくならないと思う。なぜなら人間には欲があり、1万ドル儲ければ2万ドル儲けたいと考えるのが人間の本性だ。もし過当競争がなくなるのであれば、私はあなたの国に行って靴を脱いでおじぎをしますよ」  
 というのです。
 これに対して、松下は次のように述べました。
 「私はここにいらっしゃることごとくの人が、過当競争は罪悪であり、そういうことをしてはならんと深く決心すれば、直ちに過当競争はなくなると思います。きょうの会議は、どうすればよりよい経営、正しい経営が実現できるかを検討しようというものです。ところが、その会議に出席されているあなたご自身が、初めからそうお考えになっているのでは、おっしゃるとおり、過当競争はなくならないでしょう」
 やわらかい表現の中にも、松下は経営者としての固い信念、強い願いを込めて再度、過当競争の非を訴えたのです。

 今日の不況下を生き残るために、それぞれの業界で日々、激しい競争がなされています。しかし、過当競争による消耗戦をしているとしたら、かりに勝てたとしても利益はあがらず、業界全体も次第に疲弊してしまうことになるでしょう。お互い節度ある正しい競争によって真の進歩発展の姿を求め、築いていきたいものです。

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