松下幸之助の「商いの心」

    〜人生を生かす心得とは〜

部下が偉く見えるか

平成22年06月

 私はずっと社長なり会長という職にありましたから、部下の人にいろいろ注意したり、時には「きみアカンやないか」とボロクソに叱りつけたことも少なくありません。けれどもそれは、社長とか会長といった職責においてやっていることで、個人として自分が偉いからしているわけではないのです。叱りとばしながらも、内心では「この人は自分より偉いな」と思っているわけです。
 そんな気持ちで人を使い部下に接してきたことが、これといったとりえのない私でも、多少とも商売に成功し、経営や人使いがうまいなどといわれるようになった原因ではないかと思うのです。
 そのことは、長年の商売を通じて接してきたお取引先を見ていても感じるのです。お得意先の社長さんで、「松下君、どうもうちの社員はアカンわ。困っとんや」というように、自分のところの社員を悪くいわれる方があります。その人自身は立派な人で手腕もあるのですが、それだけに部下の人が物足りなく見えるのかもしれません。ところが、そういう会社や商店は必ずといってもいいほどうまくいっていないのです。反対に「自分の部下はいい人間ばかりで、ほんとうに喜んでいるのだ」というような方のところは、みな成績もあがり、商売もうまくいっています。
 そういうことを考えてみますと、私自身の場合だけでなく、どんなところでも、上に立つ人が、自分の部下は自分より偉いなと思うか、それともアカンなと思うかによって、商売の成否がわかれてくるといってもいいように思います。なんでもないことのようですが、そんなちょっとしたところに経営なり人使いのコツとでもいうものがあるのかもしれません。


(『経営心得帖』より)

解説 

【解説】

 こんなエピソードがあります。仕事がうまくいかずに悩んでいたある販売会社の責任者が、思い立って弊社創業者・松下幸之助に率直に状況を訴え、指導を仰ぎました。
 経営の進め方について、いろいろ話が交わされたあと松下が、「ところで、あなたには尊敬できる部下が何人いますか」と尋ねると、その責任者は「いや、お恥ずかしいかぎりですが、1人もおりません」と答えました。
 すると松下から、こう諭されたといいます。「それではあなたは、ほんとうの経営者にはなかなかなれませんな。人というものには、誰でも、どこかはいいところがあるものです」
 この言葉に目が開かれた思いがしたその責任者が、以後、部下に接する態度を改めたところ、部下たちもその変化を感じてか、生き生きと働いてくれるようになったそうです。
 どんな人にも長所と短所があります。上司が部下の短所ばかりを見ていれば、誰も彼もが物足りなく感じられ、勢い使うときにも躊躇が生まれてきます。また、部下の側からしても、短所ばかり見られていると感じれば、おもしろくないし、やる気が起こりません。
 松下は、部下を使うコツとして、「自分は長所のほうに7分目をやって、短所のほうは3分しか見ない傾向だった」と述べています。長所のほうに多く目をやれば、それぞれの長所に従った生かし方ができ、おのずと仕事の成果もあがるというのです。松下が“部下が偉く見える”というのは、意識せずとも、そうした人の長所を見るという姿勢が身についていた表れだといえるでしょう。

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