松下幸之助の「商いの心」

    〜人生を生かす心得とは〜

欠点を知らせる

平成22年08月

 上に立つ人は自分の欠点を部下の人たちに知ってもらい、それをカバーしてもらうようにすることが大事だと思う。部下の人が全知全能でないごとく、上に立つ人とても完全無欠ではない。部下の人よりは欠点は少ないかもしれないが、それでも何らの欠点も持たないという人はいないだろう。まして日本においては、いわゆる年功序列ということで人事もきまる場合が少なくないから、上司の方が部下よりも欠点が多いということも十分あり得るわけである。
 その欠点多き上司が自分の知恵、自分の力だけで仕事をすすめていこうとすれば、これは必ずといっていいほど失敗するだろう。やはり、自分の欠点は部下の人に補ってもらってこそ、はじめて上司としての職責が全うできるのである。そして、そのように部下の人に欠点をカバーしてもらうためには、自分の欠点をみずからも知り、また部下の人に知ってもらうことが大切になってくる。欠点を補うといっても、どういう点が足りないのかわからなくてはカバーのしようがないからである。
 ところが、人間というのは一方で見栄とか体裁というものがはたらくから、欠点をあからさまに示すのは何か恥ずかしいことのように考えがちである。特に、それが下の人に対してだとつよくはたらく。「自分にこんな欠点があることを知ったら、部下は自分を軽んじはしないだろうか」などと考えてしまう。そういうことも、また人間の一面かもしれないが、しかし、私はそんな心配は無用だと思う。現に私自身が、自分の欠点をみなに知ってもらい、カバーしてもらうことによって、今日までやってきたわけである。


(『人事万華鏡』より)

解説 

【解説】

 弊社創業者・松下幸之助が衆目の集まるなかで、ある責任者の意見に対して、「それは、きみ、間違っているよ。そんな考え方やとダメやぞ」と指摘しました。
 事が終わってのちにその責任者が恨み言を言いに松下のところにやってきました。
 「社長、あれは殺生でした」
 「なんでやねん」と尋ねる松下に、
 「みんなの前であのように言われてしまうと、私の権威がなくなってしまいます」
 と、責任者は訴えました。
 しかし、その言葉を聞いた松下は、
 「そんなバカなこと言うな。きみの欠点を皆に知らせとかなあかんやないか。ぼくはそうだ。ぼくは自分の足りない点を皆に知ってもろうている。知ってもらわんと危険でしようがない。そうすると、若い見習い社員でも、『社長、こんなとこ間違ってませんか』と言うてくれる。『なるほど間違ってたなあ。ほな直すわ』と、こう言うて直るんやないか。それで社長の権威を失うとは思わない。同じように、きみの欠点はきみが自分で探して知らせておかないといかん。きみがそれをしないから、ぼくが皆に知らせただけや。そうしてきみの仕事を完全無欠、ということにしたい。それでええやないか」
 と説いて納得させたのでした。
 実際、松下は小学校中退という学歴でしたから、知らないことがたくさんありました。それで、入ったばかりの新入社員にでも質問をして、「それはこういうことですよ」と教えてもらいながら、日々の経営にあたってきたのです。もし松下が、「こんなことを聞いたら体裁が悪い」という姿勢でいたら、衆知を集めることも生かすこともできず、会社の発展もなかったにちがいありません。また、生来、体が丈夫でなかった松下は、いわゆる陣頭指揮がなかなかとれませんでした。しかしそのことで、かえって皆が「大将のかわりにわれわれがやらなくては」と奮い立ち、成果があがるといったこともありました。松下の成功は、自分の欠点を素直に認め、ありのまま部下に知らせたところに一つの要因があったといえるでしょう。

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