松下幸之助の「商いの心」

    〜仕事を見直す心得とは〜

つまずきの原因は

平成22年11月

 とかく、われわれは、ともすれば自分の都合のいいような解釈をしたがるもんであります。“ああいうことは予期しなかったことであって、こいつはもう仕方がなかった”というようなことを考えて、自己慰安をするもんであります。一面にそういうことも必要でありますから、そのことが全面的に私はいかんと申しません。それは1つの慰安になり、またそこに勇気が出ることになって、再活躍するというきっかけにもなっていくわけでありますから、そういう慰めの言葉をみずからつくり、他にそういう言葉も与え、お互いそういうことをかわして、そしてその悩みを慰安して、新規な気分になって、また仕事と取り組むということも必要でありますが、それだけではいけない。そういうことを深く反省し、気がつくかつかないかということは、スムーズに発展するか、スムーズに発展しないかということになっていくんじゃないか、とこう思うんです。
 そういうように考えまして、われわれは今、今日のこの段階に立ってなすべきことをなさねばならない、考え直さねばならんことを考え直さねばならんと、実は欲しているわけでありまして、みなさんにも私はそういうようにお考え願いたい。絶対に事業というもの、仕事というものは、つまずくということはあり得ない。つまずくということは、それにふさわしい用意周到といいますか、時々刻々の反省と用意周到というものに欠くるところがあるから、そういうことが起こってくるんだということを、はっきりとこの際自覚してやってもらいたい。
 そうすれば、失敗というものが半減すると思うんです。絶対に失敗しないということはあり得ないと思いますが、半減する。3べんスカタンするところは1ぺんですむ、ということになろうと思うんです。それなくしてはいかなる偉い人といえども、それはそうできるもんやない、そう瞬間瞬間に神のような知恵が湧くもんでないと思うんです。やはりそれだけの準備周到にして、ものを深く掘り下げて考えて、そして自分はこう思うが、なお多くの人はどう考えているか。全部対者があるんでありますから、無人島で1人仕事するんじゃありませんから、自分はこう考えるが、自分の考えが人に受け入れられるかどうかということを考えて、再三再四、自分の考えに過ちがないか、足らざるものがないかということを、繰り返してやらないかんですね。

(昭和34年10月28日 松下電器社員への話)

解説 

【解説】

 こんなエピソードがあります。コーヒーが好きだった弊社創業者・松下幸之助がコーヒーを所望したので、秘書がコーヒーメーカーを持ってきたときのこと、松下は何気なく「このコーヒーメーカーの占有率はいくらや」と尋ねました。秘書が調べてみたところ、外資系メーカー2社で63パーセントを占め、弊社の占有率は7パーセントしかありませんでした。報告を聞いた松下は、「えらい少ないやないか。これは松下電器のいわばお家芸の商品や。それが7パーセントやそこらではあかんな。やはり一番にならないといかん。各メーカーの商品をいっぺん全部持ってこさせてくれ」と指示しました。
 そして、本社の特別会議室に全メーカーのコーヒーメーカーを並べさせると、経営幹部の勉強会である経営研究会に参加した幹部たちに見せてこう言ったのです。「外資系の会社が63パーセントを占めているということは、単に松下電器1社の問題ではない。日本の問題ではないか」。はっぱをかけられた担当者は、早速CM100(コーヒーメーカーを100万台売ろう)作戦を開始しました。その結果、並々ならぬ努力を要したものの、キャリオカという新商品の開発と工夫された宣伝によって、ついに占有率1位の座を手にすることができたのです。
 後日、松下は、経営研究会の席上でこのことにふれ、次のように述べました。
 「きょう天下を取っていても、あすはパッと変わるような時代である。だから喫茶店でコーヒーを飲んでいるあいだにも、あす打つ手をどうするか考えるようでないと経営者とはいえない。多くの人の声を聞いて、“ああそうか”では時すでに遅い。シェアが下がっていることまで指摘するというのは、相談役の仕事とは違う」
 経営上の課題は尽きることがありません。それに気づかない、あるいは気づいても自分の勝手な解釈をして問題視しないでいると、本来つまずくことがあり得ないはずの事業や仕事につまずいてしまいます。松下は幹部たちに、常にみずからを省み、周到な準備を重ねて、時々刻々なすべきことをなしていく厳しい姿勢に徹することを求めたのでしょう。

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