松下幸之助の「商いの心」

    〜仕事を見直す心得とは〜

自分は適任か

平成22年12月

 私は今日、この会社の経営者の1人として、自分が適任であるかどうかということを自問自答しなければいかんということを考えております。今度再び、暫時のあいだであっても営業本部長を代行して、販売を担当しようというときに、なお今日自分が適材であるかどうかということを検討してみた。もし私に代わって適材である人があれば、あえて私が乗り出す必要はないと思う。今いちばん必要な販売面の改善に自分がなお適材であるかどうかを考えてみて、適材であると、こういうように一応考えたから、あえて世間の批判をふり切って、なすべきことをなすということで自分はやってきた。
 これは非常に大事である。皆さんは自分は事業部長として適材であるかどうかということを、この際検討してもらいたい。そして確信があればそれでよろしい。もし確信に動揺があれば、私に訴えてもらいたい。自分はこういう点に不安があるのだと。そうしたら私がその不安を除いてさしあげることができるかもしれない。「いやきみ、そういうところに不安があるということは結構だ。それは非常に大事なことだ。だからその不安を忘れないように。その問題に対しては人の意見をどうぞ用いてもらいたい。そしてやってもらいたい。そうすればその不安は解けるだろう。また過ちも除けるだろう。そうすると辛うじてやっていけるだろう」と私が言うてさしあげる。全部が全部不安で自信がなければ、他の適材である人と代わらねばいけない。これが私は正しい行動だと思う。
 そういうようにやらねばならない状態に今さしせまっていると私は思うのです。情勢は刻々と動きつつある、転換しつつあると思います。みんなが省みて、自分はこの仕事にあるが、最も適材であるかどうか、また確信があるかどうかということを自問自答してみる。


(昭和39年9月28日 第三回経営研究会における話)

解説 
【解説】

 この話は昭和39年の不況期に、弊社創業者・松下幸之助が当時会長でありながら、流通部門において早急な改革が必要であったため、みずから営業本部長を代行していた時期に、幹部社員に対して訴えた一節です。
 幹部としての責任を果たすうえで、自分は本当に適任かどうか、ふさわしい見識や実力を持ち合わせているかという反省は不可欠のものです。自分の立場や力量を見誤ってしまうと、大きな失敗に繋がりかねません。松下でさえ、自分の進退についてそれだけ熟慮を重ねて事に当たっていたのです。
 このみずからを省みるというときに、松下はよく“自己観照”の大切さを説いていました。自分の心をいったん自分の身体から取り出して、外から改めて自分をみつめてみる。そうした自己観照に秀でた人は、自分というものが素直に私心なく理解でき、過ちが少ないというのが松下の考えでした。正しい自己認識ができれば、自分にどれほどの力があるか、自分はどれほどのことができるか、自分の適性は何か、自分の欠点はどこにあるのか、ということが、おのずと見出されてくるというのです。
 どんな人間も完全無欠ではありません。だからこそ謙虚に自問自答、自己観照して、自分に足りない点は周囲の援助によって補ってもらう。あるいは、自分は今の職責に適材ではないと判断したならみずから辞するほどの厳しさに徹する。松下には、それが幹部として最も大事な姿勢であり、誠意ある態度だという信念があったのです。

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