松下幸之助の「商いの心」

    〜仕事を見直す心得とは〜

衆知を生かす心構え

平成23年01月

 私は今まで、小売屋さんにもまた問屋さんにも言うてきたんですが、商売というものは真剣勝負をしてるんです。冗談にしてるんやないんです。遊びなら遊びでいいけれど、商売は真剣なんです。人のため、自分のために真剣にやるんだから、真剣勝負なんです。真剣勝負で商売している以上、常に勝利を得なけりゃならない。真剣勝負であれば、チャリンと音がすれば必ず一方は傷ついているわけです。それと一緒やと。得するときもあれば損するときもあるというようなことは許されないんです。それはなぜかというと、真剣勝負で負けるときは首のないときや。それと一緒やと考える。
 それほどのものなんです。だから、うまくいくということが当たり前になってるんや、うまくいかないということはありえない、損したり損しなかったりというのは真剣味が足りないからや、ということを、私はずっと言うてきたんです。また自分自身にも、「おまえが失敗するのは、真剣味が足らんからだ。真剣勝負でやれば、一年の成果は必ずあがるにちがいない。またつぎの一年はさらにそれにプラスするものがあがるにちがいない。それが商売の道やから」と言うてきました。
 ある年は儲かる、ある年は儲からんというのは、真剣勝負で、あるときは勝って、あるときは負けるというのを連続しているのと一緒や、そんなことは真剣勝負でも何でもない。真剣勝負というのは一ぺんチャリンとやって負けたらもうしまいや。商売やから、また儲かるときもある、というようなことを言うけれどね、これは私は否定するんです。商売するときは、必ず成果があがるというようにやらなくてはいけない。また商売というものはそういうものです。


(昭和37年5月10日 久保田鉄工株式会社販売研修会における話)

解説 

【解説】

 弊社創業者・松下幸之助が大阪市北区(現福島区)西野田大開町に松下電気器具製作所を創業して6、7年経った頃のことです。ほぼ同じ時期から近所で仕事をしていたものの、もうひとつ事業がうまくいかず、移転していった同業の知人が松下を訪ねてきて、その発展ぶりに驚き、こう尋ねました。
 「ぼくもずいぶん熱心に仕事をしてきたが、どうも思うようにいかなくて困っている。同じように商売を始めた君が、日一日と何の支障もなく順調にいくのが実に不思議だ。成功の秘訣を是非とも教えてくれないか」
 この問いに松下は、「君ほど熱心にやっておりながら、なお事業が成功しないということが、ぼくにとってこれまた不思議だ。ぼくは事業というものは、やっただけは成功するものだと根本に考えている。もし成功が得られないとすれば、それは環境でも時節でも運でも何でもない。その経営の進め方に当を得ないところがあるからだと断じなくてはならぬ。だからまずもって君のその世間的な信念のない考え方から改めなければならぬのではないか」と諭しました。
 実際、景気・不景気の波があるのは確かでしょう。しかし、だからといって経営者が、「こう不景気だと、利益をあげるのは無理だろう」とか、「どこも売上げがあがっていないのだし、うちだって赤字になるのは仕方がない」と自分を慰めているようでは、ますます経営に甘えが生じ、苦境を打開することなど到底及びません。
 松下は、商売は必ず成功するもので、成功してはじめて本当の商売をしたことになる。どのような苦しい状態に陥ろうと、くじけずにそれに対処し、解決の道を見出していく、そういう努力を重ねて、よりよい姿を実現していくのが真の商売、真の経営であるという信念を終始一貫もち続けていました。
 いかなる事態に直面しても、工夫をこらせば発展への道はあるはずだ。その道が見つからないのは、経営者である自分のやり方に当を得ないところがあるからだと断じること。「商売とは真剣勝負である」という言葉には、本物の武士さながらに不退転の覚悟なくして経営者は務まらないとの松下の思いがこめられているのではないでしょうか。

バックナンバー