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− 目次 −
□『捜神記』 □『伝奇』 □『大宋宣和遺事』 □『大唐三蔵取経詩話』 □『西廂記』□『水滸伝』 □『平妖伝』□『西遊記』 □『今古奇観』□『聊斎志異』 □『儒林外史』□『子不語』 □『鏡花縁』 □『児女英雄伝』 □『三侠五義』
東晋 捜神記 干宝
六朝時代の代表的志怪小説集。「志怪」は「怪を志(しる)す」ということ。作者の干宝は東晋の史官で『晋紀』という歴史書も書いている。今は『晋紀』は散佚して『捜神記』だけ残っているが干宝にとっては残念なことだったかも知れない。
元は30巻あったと言うが今は20巻本と8巻本が残っていてそれぞれ内容が違うが、20巻本の方が干宝の意図に近いらしい。
『捜神記』は元々は今でいうところの小説(フィクション)として作られたものではなく、実際にあった不思議な出来事を忠実に記録するために作られた。そのため歴史書に則って出来るだけ時間、場所、人名を物語の始めに述べている。事件そのものを伝えるという記録性があるため、かえって事件の背景や因果関係などについては(その理由が解っていなければ)説明されない。予兆や予言のことなど、単に事項の羅列だけの箇所もありこういった所は面白くない。
『捜神記』は謎めいた話や訳のわからない理不尽な話をそのまま書き記し、何の説明も加えない場合が多い。このことは小説として見るなら不親切とも言えるかもしれない。しかしこのような点が因果応報や勧善懲悪で話を奇麗にまとめる小説よりも現実感が有り、この作品の魅力になっている。
■ 各編感想
●巻十六 幽霊は実在するか (378)
阮瞻、字は千里という人はつねづね幽霊は存在しないという主張を持っていた。ある時客がやってきて幽霊や神の話をした。客は幽霊の実在を主張したが阮瞻に言い負かされてしまった。すると客は怒って「自分こそは幽霊だ」と言って消え失せた。阮瞻は一年後に病で死んだ。
自分が幽霊であるのに「幽霊はいない」と言い負かされてしまったところが面白い。幽霊にしてみれば幽霊なんていないなどと言っている小生意気な阮瞻を言い負かそうと思ってやって来たのに逆に言い負かされてアイデンティティを否定されたのだから相当腹が立ったのだろう。
●巻十八 鼠の予言 (437)
王周南が襄邑県の知事をしていた時、ある日鼠が穴から出てきて「王周南、お前は何月何日に死ぬことになっているぞ」と言ったが周南は取り合わなかったので鼠は穴に帰っていった。予告された日に鼠はまた現れ「王周南、お前は昼になると死ぬぞ」と言ったが取り合わなかった。鼠はいったん穴に入ってまた出てきて行ったり来たりしながら同じ事を繰り返し言った。ちょうど真昼になると「お前が返事をしないのなら俺はもう何も言うまい」と言ってひっくり返って死んでしまった。
この話は話の内容がよく解らないところが面白い。何故王周南は死ぬことになっていたのか、何故鼠の言うことを相手にしないだけで王周南は死ななかったのか、何故鼠が死ななければならなかったのか、わけのわかるところが一つもない。
●巻十九 大蛇を退治した娘 (440)
東越に大蛇がいて土地の人は非常に恐れていた。夢のお告げで12、3歳の童女をよこせと要求したので役人は悩んだ末、奴隷や罪人の娘を養って大蛇にやることにした。じきに用意した娘が無くなり困っていると李寄という貧しい家の娘が親の制止を振り切って志願してきた。李寄は役人に剣と犬を要求した。
李寄が大蛇の巣の前で待っていると大蛇がやって来てまずお供えのご飯を食べだした。李寄は犬を放って噛みつかせ、自分は後ろから剣で何度も斬りつけた。大蛇は苦しみもがいた後に死んでしまった。李寄が巣に入ってみると9個の少女の髑髏があった。全部出して舌打ちして言った「あなた達は臆病だから蛇に食べられたのよ、可哀想に。」こうして李寄はゆっくりと帰っていった。越王はこれを聞くと李寄を妻とした。
『捜神記』の中でもっとも好きな話。とくに「寄、入りて穴を視るに、其れ九女の髑髏を得る。悉く挙出し、咤して言いて曰わく、「汝が曹は怯弱にして、その蛇の食う所と為る。甚だ哀愍すべし。」と。是に於いて寄女、歩を緩めて帰る。」という所が好き。
「咤」には、しかる、舌打ちする、ほこる、かなしむと言う意味があるようだけど、どれが当てはまるのだろうか。
カッコ内の数字は東洋文庫版『捜神記』に付けられていたもの。
■ 参考文献
干宝『捜神記』の研究 多賀浪砂 近代文芸社 1994年
■ テキスト
捜神記 竹田晃訳 平凡社(東洋文庫10) 1964(昭和39)年
唐 伝奇 裴ケイ
いわゆる「伝奇小説」の名前の元になったともいう短編小説集。明清の叢書類には一篇(聶隠娘など)が独立した形で入っていることはあるが、この書そのものを収めたものがほとんどない。
9編の小説は侠女や道士、仙人の類が出てきたり崑崙奴のように常人とは違った人達が活躍する話が多くこれらはまさに小説にするだけの価値がある「不思議な話」といえる。一方で『遊仙窟』や『鶯鶯伝』のような恋愛系の物語はない。これらは何れも短編で複雑な筋があるわけではないが話自体はなかなか面白かった。
■ 各編感想
●聶隠娘
聶隠娘という少女は10歳の時尼さんにさらわれ、5年後に帰されたときは悪者を何人も殺している立派な侠女となっていた。鏡磨きの若者と結婚した聶隠娘は縁があって節度使の劉昌裔に仕えたが、しばらくすると何処へかと旅立ちついには行方が知れなくなった。
なぞめいた雰囲気が魅力的なお話。死体を溶かす薬や、首の後ろに隠した匕首などの小道具が面白い。
■ 人物感想
聶隠娘
10歳で尼に連れ去られ5年後に戻ってきた。その間尼に訓練を受け、街中で悪人の首を切り落としても誰にも気付かれないほど。訓練を受けた後は家に戻ってきたが、夜な夜な悪者をやっつけに行っている。また、首の後ろを切り開いて三寸の匕首を隠している。
尼
聶隠娘をさらって修行させ、侠女に仕立て上げた。悪人を見つけてはやっつけているらしい。
鏡磨きの若者
聶隠娘の夫になった若者。鏡磨きくらいしか能がない。聶隠娘と一緒に劉昌裔の所にやっかいになった。
劉昌裔
陳許節度使。占いができるので聶隠娘夫婦が自らを殺しにやってくることを予見し、逆に夫婦を篤くもてなしたので夫婦は劉昌裔に仕えることになった。
精精児
魏博節度使の所から劉昌裔を殺しに来た刺客その一。聶隠娘にやられた。
空空児
魏博節度使の所から劉昌裔を殺しに来た刺客その二。大変な能力の持ち主だが一撃で劉昌裔を殺れなかったのを恥じてどこかに行ってしまった。
■ テキスト
『六朝・唐・宋小説選』 前野直彬編訳 平凡社(中国古典文学大系24)
宋 大宋宣和遺事
宋の小説。講史(各国の興廃や戦争を語った物)の種本のようなもの。「宣和」は事実上北宋最後の皇帝徽宗の末年の年号。徽宗の事蹟を中心に北宋滅亡までの出来事を述べている。徽宗時代以外にも王安石や岳飛など色々な話が入っている。講談師はこれを元に話を膨らませたのだろうか。物語は、例えば華々しい合戦の模様が詳しく語られる、というようなものではなく淡々と進んで行ってとても静かな印象を受けた。
『宣和遺事』は宋江ら『水滸伝』関連の人物が登場することで有名だが、『水滸伝』関連の話は『宣和遺事』の挿話の一つに過ぎず、期待していたほどは無かった。この点は基本的な物語の構造が似通っている『大唐三蔵取経詩話』と『西遊記』の関係とは違うといえる。
■ 人物感想
徽宗
北宋の第8代皇帝。芸術的能力は優れていたが政治を大きく誤り事実上北宋を滅ぼした。金に捕らえられ北へ北へと連れ去られる旅は、都での風雅な日々に較べて大変悲惨で人の同情を引くが、民衆を苦しめ放逸な暮らしを送っていたことを考えると自業自得かなとも思う。
宋江
元の小役人。三十六人の頭目を率いて盗賊になり、ほしいままに各地を強奪した。名門武家の出身である張叔夜に説得されて朝廷に帰属し、官軍となった。方臘を討ち、その功で節度使となった。宋江らは『宣和遺事』に一応出てくるが、何か遠い所にいるかのように余り目立たなかった。
宗沢
北宋の忠臣。東京の留守として皇帝がすでにいない首都開封を守った。皇帝を開封に迎えようと努力したがしばしば姦臣の妨害にあった。このため憂憤して病をなし、三度「過河!(黄河を渡って金を討て)」と連呼して死んだ。登場する場面は非常に短いが、人の心を打つ人物。
■ テキスト
『京本通俗小説・雨窓欹枕集・清平山堂話本・大宋宣和遺事』 入谷義高等訳 平凡社(中国古典文学全集7) 1958(昭和33)年
南宋 大唐三蔵取経詩話 作者不明 全17
『西遊記』の源の一つとなった物語。「詩話」とは物語の中に詩があり話があるため。中国の小説で 物語り中に詩があることは珍しいことではないが、登場人物が詩を言うところがわりと珍しいとか。
内容は三蔵法師ら一行7人がお経をもらうため、三十六国を様々な災難に遭いながら天竺へ旅する という話。『西遊記』と同じ様な話も違う話も出てくるので『西遊記』を読んでから読めば結構面 白い。例えば三蔵が西王母の桃をほしがって猴行者(孫悟空の前身)にこっそり取ってこいと言うの だけど猴行者は昔、西王母に捕まって叩かれたので嫌だという所や、三蔵らが旅立ったのが太宗 (2代皇帝)の時代ではなく、玄宗(6代皇帝)の時代であることなど。『取経詩話』自体は短い話で、 事柄をざっと流すようなものなので『西遊記』と違ってこれ自体は特別面白いものではない。
また、一行は三蔵と猴行者の他に5人いるのだけど小行者というのが少し出てきただけで他の人は 名前すら出てこないのでかえってどういう人たちなのか気になった。
■ 人物感想
三蔵法師
西域取経の旅に出た坊さん。何故三蔵というかというと3回経典をもらったから。そしてその うち2度は帰る途中で深沙神に殺されたのだった。ただ、本当の三蔵とは経・律・論の三蔵に通暁した 人に送られる称号のこと。
道中西王母の桃をほしがって「一つくらい持ってきても大丈夫だろう」としぶる猴行者をそそのかした ことは有名。でもその桃というのが人間の子供だったのでびっくりして食べるどころではなかった。
猴行者
花果山は紫雲洞に住む八万四千のサルの頭目、銅頭鉄額のビ猴王。白衣の書生の格好をして 三蔵法師ご一行に加わる。とても長生きでものを良く知っているところは悟空と一緒だが、あまり無茶 はやらない。
馗竜
九竜池で色々わるいことをしてたら三蔵法師一行がやってきた。そこで猴行者と戦ったが利 あらず、背筋を引き抜かれて鉄棒で800回叩かれてやっと許してもらえた。この背筋を腰に結んだ 三蔵は身が軽くなって飛ぶように歩けるようになった。
深沙神
三蔵を2度(前世とその前)食べた神様にして沙悟浄の前身。何故か今では反省して、金の 橋を造って沙漠を通してくれた。
■ テキスト
『大倉文化財団蔵 宋版 大唐三蔵取経詩話』 太田辰夫・磯部彰 汲古書院 1997年
大元 西廂記 王実甫・関漢卿 全21折
中国の戯曲を代表する恋愛物語。『西廂記』の「西廂」は主人公の一人張君瑞がお寺の西の廂(むね) に住んでいたため。
あるお寺に逗留していた崔鶯鶯と旅の途上でたまたまそこを訪れた張君瑞はお互いに一目惚れをする。 しかし二人の間には様々な障害があった。崔鶯鶯を我がものにしようとする反乱軍の隊長や二人の 恋愛を認めない崔鶯鶯の母(奥方)、すでに決まっている崔鶯鶯の婚約者、そして自分の感情を素直に あらわせない崔鶯鶯自身など。しかし崔鶯鶯の侍女紅娘の助けなどがあって二人の仲は奥方にも認めら れた。張君瑞は都にのぼって科挙を受け状元(科挙の主席合格者)となり、二人は結婚式を挙げた。
張君瑞が都にのぼって科挙試験を受ける道中崔鶯鶯の夢を見るまでが王実甫の作で、科挙に受かって 状元になるなどあまりにもおめでたい後半部分は関漢卿の作であるという。
西廂記は賈宝玉や林黛玉も読んでいるように昔から大変人気のあった話なのだろう。今はどうなの か知らないけど。話自体はそれ程面白いとは思わなかったが黛玉も愛読したのだと思うと感慨 がある。登場人物では、崔鶯鶯の侍女の紅娘がとても個性的で面白い人だった。
また、これは西廂記だけでなく戯曲全体に言えることなのかもしれないが、台詞の一つ一つがいわゆる美辞 麗句に飾られ、巧みな言い回しの物が多かった。古典をふまえた句も多く註が手放せない。
■ 人物感想
張君瑞
科挙試験を目指す旅の青年。崔鶯鶯に一目惚れしいろいろな紆余曲折があった末めでたく結ばれる。 才子ではあるのだろうが人格者とはいえない。
崔鶯鶯
絶世の佳人。張君瑞に一目惚れしいろいろな紆余曲折があった末めでたく結ばれる。今は亡き宰相 の娘であることを誇りに思っている様が言葉の端々に現れる。
奥方
宰相の未亡人で、崔鶯鶯の母。儒教的規範に従って生活しているが、人の意見にころころ動かされる 自分の考えのない人。
紅娘
崔鶯鶯つきの侍女。忠実な侍女として、言うことばかり大きい張君瑞とわがままなお嬢様の 崔鶯鶯の橋渡し役を務め、頭の固い奥方の説得にも当たった。言いたいこと、言ううべき事は誰 にでも言う性格。紅娘こそは西廂記の中で最も魅力的な人物であるといえるだろう。
歓郎
崔鶯鶯の弟。崔家の栄光を引き継ぐべき人物。まだ幼くあまり活躍しなかった。
法本
普救寺の僧正。立派な人なのかそうでもないのか良く解らなかった。
法聡
法本の弟子。特に目立った活躍はなかった。
恵明
法本の弟子。普段はぐうたらな不良坊主。孫飛虎の軍に普救寺を囲まれているなか、救いを求める 手紙を届ける役目をかって出た。
孫飛虎
崔鶯鶯を我がものにするため普救寺を囲んだ反乱軍の隊長。反乱を起こした理由が唐朝の総指揮官 が不正を行っているのだから自分が悪いことをしてもかまわないだろうと言うあまり大したこと 無いもの。杜確の軍にあっさり蹴散らされた。
杜確
西征大元帥、張君瑞の学友。張君瑞の手紙を受けて孫飛虎の反乱部隊を鎮圧するなど君瑞にとって は頼もしい友人。
琴童
張君瑞の下僕。長安の張君瑞から普救寺の崔鶯鶯に手紙を届けた。それ以外は特に活躍していない。
鄭恒
奥方の甥、崔鶯鶯の婚約者。張君瑞と崔鶯鶯の婚約が決まり、君瑞が科挙に受かったあとに登場。 鶯鶯と結婚するという自らの権利を主張するが、西征大元帥の杜確なんかも現れてその主張は認 められず木に頭をぶつけて死んでしまう。必ずしも善人でなかったのがせめてもの救いか。
明 水滸伝 施耐庵 全120回他
四大奇書の一つ。北宋末期、梁山泊に集う108人の好漢たちが大いに暴れ回る物語。後半は朝廷に 帰順し遼と戦ったり、反乱を鎮圧したりする。最終的には好漢たちは戦死したり、朝廷から離れたり、 毒殺されたりして減っていってしまう。そのあたりはなかなか悲哀がある。また、彼らがたびたび吐く 朝廷に対する挑戦的な発言はこの時代を考えると本当に実感が込められていると思った。
水滸伝の話の中では征遼戦がけっこう好き。異民族や国家間の戦いはやはり規模が大きくて華々しい と思う。ただ、大宋が遼を滅亡寸前まで追いつめるのは実際の歴史を考えるとちょっと笑ってしまう。 しかも梁山泊の面々には一人の死者も出なかったし。
■ 人物感想
宋江(及時雨)
梁山泊の頭目になる人物。好漢たちにえらく好かれていて名前も知れ渡っているようだがあまり善人 には見えない。一族皆殺しにされて仕方なく梁山泊に入る好漢もある中で、彼の家族だけは無事なのも 気になるところ。
武松(行者)
武松は虎退治をしたことで有名。しかし初めから虎を退治してやろうと思ったわけではなく成り行き 上、命が懸かっているので仕方なく虎と戦ったところが人間味があって面白い。
魯智深(花和尚)
元は宋に仕える武官ながら悪人を殴り殺したことから逃亡し、出家して僧となった。その後もあち こちを転々としつつ最後は梁山泊に落ち着いた。傍若無人ながら正義感のある彼の活躍は水滸伝中 でも最も面白いエピソードの一つといえるだろう。
■ テキスト
『水滸伝』上・中・下 駒田信二訳 平凡社(中国古典文学大系28・29・30)
■ 参考文献
『中国の八大小説』 大阪市立大学中国文学研究室編 平凡社 1965年
内容は「あらすじ」「作者と時代」「文学」「言語」「研究と資料」に分かれていて各作品について全般的に知ることが出来る便利な本。
明 平妖伝 羅貫中・馮夢竜 全40回
正式名称は『北宋三遂平妖伝』。北宋時代に三人の遂という字を名に持つ人が活躍して妖怪とか 反乱を平らげるというお話。
でも、私が読んだのは縮約版なので三人の遂字名の人たちが活躍した 記憶が余りない。武則天の生まれ変わりとか、その愛人の生まれ変わりとか、卵から生まれた人とか 北宋の名臣包拯といった人々が次々と出てきて面白かった。白猿や九天元女も出てくるので『西遊記』や『水滸伝』が好きな人にもおすすめ。
■ 人物感想
たまご和尚(蛋子和尚)
たまご(蛋子)から生まれ、お寺で育てられたので、たまご和尚という。不思議な生まれ方を しただけあって根性があり幾度も挑戦した結果、袁公という猿の仙人みたいな猿の天書を盗んで 妖術に通じるようになった。たまご和尚という名前がいいと思った。
王則
則天武后の生まれ変わり。王姑姑、左[黒出]児、胡媚児といった狐の精とか怪しげな妖術を 使う人々と貝州で反乱を起こす。彼自身はあまり目立たなかった。
胡媚児(永児)
王姑姑の娘。途中で生まれ変わってお金持ちの家に暮らす。時が至ると王姑姑らと 合流し反乱に参加。彼女の心の内はあまり分からなかった。
包拯(包竜図)
北宋の名臣。名裁判官として有名。首都開封の統治を任せられるや「夜中も戸は開けっ放し で落ちた物を拾う人もいない」といった治安の収まりよう。北宋の国難(王則の乱など) の総指揮をまかされ、よく対処した。
明 西遊記 作者不明 全100回
あらすじ
第1回〜第7回 孫悟空の誕生から、天宮を大いに騒がし、釈迦如来によって五行山に閉じこめられるまで。
第8回〜第12回 唐の太宗の地獄巡りや三蔵法師の誕生から天竺へ出発するまで。
第13回〜第100回 三蔵ら一行の西天取経の旅。『西遊記』の中で最も長く最も主要な部分。
コメント
四大奇書の一つ。娯楽小説の傑作。『西遊記』は神様や妖怪相手の戦いだけでなく、孫悟空や猪八戒など登場人物の個性がはっきりと出ている道中でのやり取りも面白い。道教仏教の神仏が続々登場するのも何でも有りの中国という感じでよい。
また、三蔵たち一行がせっかく遙かインドまで旅をしたのに、街の有様なんかはずっと同じで、しかもみんな唐のことを知っていて尊敬ている。このことは何とも奇妙なことに思うけれど、中国の人から見ればそれが普通なのだろうか。
ほかに『西遊記』の面白さの理由の一つに、時空の広大さがあるだろう。天界の一日は地上の一年に当たるという設定のため時間のたちかたがもの凄く速い。三蔵の旅する唐から天竺までという距離も『西遊記』の世界全体から見れば必ずしも大きなものではない。
また、登場人物も膨大で鯉総督とか天丁の辛など単に名前の出てくるものを数えていけばかなりの数に上る。数だけだったら『紅楼夢』よりずっと多いのではないだろうか。
■ 人物感想
三蔵法師(玄奘)
大唐から天竺までお経を取りに行ったお坊さん。道中では活躍する場面よりも人に迷惑をかける 場面のほうが多いけれど、さまざまな困難にあたったも天竺に行くという目標をゆるがせに しないあたりはえらい坊さんだけのことはある。
孫悟空(斉天大聖)
『西遊記』の事実上の主人公。石から生まれた猿で神通力に通じ、その力で大いに天宮を騒がす が釈迦如来の力で五行山に押さえ込まれる。後に三蔵法師について西方取経の旅に出発し妖怪の たぐいを退治しては大活躍する。いろいろないきさつはあるものの三蔵に対する忠誠度が非常に 高く頼りになる人物。
西方への旅で悟空の力が相対的に下がるのは、自由奔放に天宮を騒がしていた時と違い天界の 従属化に置かれ自由を失ったため、というようなことがあるのだろう。
猪八戒(天蓬元帥)
罰を受けて下界に降ったとき間違って豚から生まれてしまったうっかり者。どういうわけだか三蔵に結構気に入られている。ただの豚かと思いきや案外知識が豊富な所も見逃せない。
沙悟浄(捲簾大将)
三蔵法師の最後の弟子。『西遊記』の前身『大唐三蔵取経詩話』ではなかなか立派に活躍していたが、すっかり目立たなくなった。悟空や八戒に挟まれて影が薄く真面目なようにも見えるが、案外いい加減な所もある。
混世魔王
水臓洞に住む妖怪の親玉。神通力を得て帰ってきた孫悟空に一番最初にやられた(3回)雑魚キャラ の代表的妖怪。混世魔王と言うと『紅楼夢』の第3回で王夫人が宝玉のことを「うちの混世魔王」 といっていた。また、『水滸伝』でも好漢の一人樊瑞のあだ名に使われていたがやはり余りさえない人物だった。
■ テキスト
『西遊記』上・下 太田辰夫・鳥居久靖訳 平凡社(中国古典文学大系31・32)
■ 参考文献
○入谷仙介
『西遊記』の神話学―孫悟空の謎 中央公論社 1998(中公新書1418)
比較神話学の成果を借りて分析し、ギリシア、インド、その他ユーラシアの神話、説話を吸収して、それ自体が神話的世界を築き上げたことを明らかにしている。例えば、インドの叙事詩『マハーバーラタ』の主要人物パーンドウ五王子と『西遊記』の四人の比較をしている。
最後は西遊記の根元テーマとしての「死と再生」について論じている。
他の神話との比較など面白い話も多かったが、少し強引だと感じられる箇所もありこの本を読んだだけではすべてに納得することは出来なかった。
○太田辰夫
西遊記の研究 研文出版 1984
主に明代の『西遊記』完成(世徳堂本)までを中心に考察し、『西遊記』発達の過程を明らかにしている。もちろん清刊本(『西遊真詮』など)についても説明されている。
研究書なので若干難しい話もなくはないが、それ程長くもなく読みやすい。例えば「三蔵」とは必ずしも玄奘のことだけを言うのではなく、外にも三蔵と呼ばれる人たちはいたと言うことや、日本では西遊記の話は仏教の教科書的に使われたこともあったという点などを指摘していて面白い。
○中野美代子
孫悟空の誕生―サルの民話学と「西遊記」 玉川大学出版部 1980
孫悟空の誕生―サルの民話学と「西遊記」 福武書店 1987
冒頭で中国ではサルは一種類ではないと指摘している。サルには「猴」と「猿」があり、「猴」はマカク族のサル、孫悟空がこれにあたる。「猿」はテナガザルのこと。
最後はインドから東南アジアを通過して福建、泉州へ渡ったハヌマーン(孫悟空に影響を与えたとされる)と史実において中央アジアを経由してインドに至った三蔵法師という「アジアを巡る円環」を描いて結論づけている。
西遊記の秘密―タオと煉丹術のシンボリズム 福武書店 1984
西遊記の秘密―タオと煉丹術のシンボリズム ベネッセコーポレーション 1995
本の題名にもあるように道教系の話が重点的に書かれている。錬金術や数字の話が多いので少し難しい。
石の話も紅楼夢ファンの視点から見て面白い。悟空と同じように石から生まれた人物は神話上では過必ずしも珍しくないという。例えば夏王朝の始祖、禹とその子の啓をあげている。ほかにナタ太子と孫悟空の比較や『西遊記』の作者の話などがある。
西遊記−トリック・ワールド探訪− 岩波書店 2000(岩波新書666)
今までの著作を発展させて出来上がったという感がある。西天取経の行程がよく整理されていてわかりやすい。世徳堂本(明代に成立した現存最古のテキスト)の構成は実は非常に精密なものであったと主張しているが、納得出来る箇所もにわかには信じがたい箇所もあった。
数字のことがよく出てくるので、「岩波新書666」というのも何か意味があるのかも知れないと言う気にさせる本。
○中国の八大小説 大阪市立大学中国文学研究室編 平凡社 1965
内容は「あらすじ」「作者と時代」「文学」「言語」「研究と資料」に分かれていて各作品について全般的に知ることが出来る便利な本。
明 今古奇観 抱甕老人編 全40編
明末の短編小説集。同じく明末に『三言二拍』(『醒世恒言』『喩世明言』『警世通言』『初刻拍案驚奇』『二刻拍案驚奇』)という短編小説集があったが、量も多く(各40編、全部で200編)、すべてが良い作品というわけではないのでその中から良いものを40編選んでできた。
選ばれたものは現実的な話が多いので『白娘子が永に雷峰塔に鎮められること』のような有名な話で入っていないものもある。『今古奇観』が出ると『三言二拍』は量が多すぎることやたびたび禁書となったことからほとんど廃れてしまった。物語のはじめには大抵その話に関連のある入話があり、それが結構長かったりもする。また、『今古奇観』は江戸時代の文学にも色々な影響を与えたという。
『今古奇観』40編にはいろいろな話があるが、素直に面白いと思ったのものには、純粋に善人が報われるような勧善懲悪系の話が多かった。才子佳人系の話は登場人物の価値観に共感できない部分が多く、余り面白いとは思えなかった。
■ 各編感想
●三人の考廉が家産を譲りあって名を揚げること(第一話)
幼くして両親を亡くした許武は僅かに残った財産を元に二人の弟を養っていった。その立派な行いが評価され役人に推薦され高位にまで上り詰めた。
許武は許晏、許普二人の弟も役人となって立派な行いをさせたいと思ったが自分の名声のおかげで弟が役人になったと思われたくなかった。そこで自分の名が墜ちるようなことをわざとして、逆に弟の名声を高めた。そして弟二人が役人となってから本当のことを告白した。人々はその見識に感心し、許家は後々まで「考悌許家」としてたたえられた。
悪人も美人も出てこない話で大した紆余曲折もなく最後まで安心して読める。編者がこの話を第一話に持ってきたことにそれなりの意図が感じられた。
●油売りが花魁をものにすること(第七話)
中国古典小説の短編小説の中で最も有名なものの一つ。貧しいが真面目な油売りの秦重と売れっ子の妓女の王美(花魁という渾名)とが結ばれるという話。最後には油売りの商売も繁盛し、生き別れになっていた親に巡り会い、二人の子供が産まれていずれも学問で名を成すなどいいこと尽くめ。
秦重は王美に一目惚れしたが王美のところに一晩泊まるには10両の銀子がいる。ところが秦重には元手が3両しかない。そこで毎日2分や3分といった銀をためて一年あまりで16両にする。その過程に物語的な飛躍が何もなく現実的なところが面白い。
またこの話には北宋の都開封が金王朝に占領され、臨安(南宋の都)など江南地方に多くの民衆が避難するという時代背景がある(秦重も王美も避難民の一人)。中国の小説にはこのような江南へ避難するときの生き別れについての話が結構あり、北宋が異民族に滅ぼされた事件の大きさを窺わせる。
●灌園叟が夕暮れに仙女にあうこと(第八話)
秋先という農家の老人は非常に花を愛し、大切に育てていたので「花痴」(花気違い)と呼ばれていた。ところが土地の役人の息子の張委というのが秋先の花園に目を付け、酔っぱらって花を荒らしてしまった。そこに花の女神があらわれて秋先を助け花を元に戻し、張委をやっつけて一件落着した。
注目すべきはこの秋先が散った花を清めた壺に収め土の中に埋めてこれを「葬花」と言ったこと。秋先はちょっと変わった老人に過ぎないので黛玉のイメージとは相当違うが『紅楼夢』ファンとしては一応押さえておくべき作品といえるだろう。
●錬金師が妙術によってまんまと金をだまし取ること(第三十九話)
松江の潘という金持ちは錬金術を信じきっていつもだまされてばかりいた。ある時、西湖に遊びに行って錬金術師に出会い、目の前で鉛を銀に変える技を見せてもらった。潘は本物の錬金術師と信じ込み、銀を増やしてくれるよう頼み込んだ。しかし結局だまされて二千両あまりのお金を無くしてしまった。
その後また別の錬金術師に会い今度は潘も人をだます方に加わることになった。潘も錬金術には詳しいので上手くやっていたが結局錬金術師は銀を持って夜逃げし、潘だけが取り残されることとなった。しかし最後は潘も美しい妓女を妻とし、錬金術を信じることもなくなり、めでたしめでたしとなる。
錬金術でどうやって人をだますのか、そのやり方が解説されていて面白かった。実際にこの通りのことが行われていたのかは分からないが錬金術を信じてだまされる人は何人もいたのだろう。この話の最後は錬金術などを信じるな、という教訓的な終わり方をする。
■ テキスト
『今古奇観(上)』 千田九一・駒田信二訳 平凡社(中国古典文学大系37)
『今古奇観(下)・嬌紅記』 駒田信二・立間祥介・伊藤漱平訳 平凡社(中国古典文学大系38)
『今古奇観―明代短編小説選集』(全5巻) 抱甕老人 千田九一・駒田信二訳 平凡社 (東洋文庫)
■ 参考文献
『中国の八大小説』 大阪市立大学中国文学研究室編 平凡社 1965年
内容は「あらすじ」「作者と時代」「文学」「言語」「研究と資料」に分かれていて各作品について全般的に知ることが出来る便利な本。
清 聊斎志異 蒲松齢 431編
いろいろな怪談や奇聞を集めた幻想的短編小説集。『聊斎志異』は作者の蒲松齢が茶店に坐って道行く 人から珍しい話を聞いて作ったという話がある。
内容は狐や幽霊が人間(特に女性)に化けて登場する話が多い。植物が人間に化ける話や神仙や侠客 などが登場する話などもある。他にも外国人が漂流したとかいった本当にあったであろう珍しい話も混 じっていてそれはそれで面白い。この小説が世に出てからは、これに影響を受けた模倣作などがたくさん作られた。また、日本文学にも影響を与えている点もあるとかいうし、訳も色々出ている。
■ 人物感想
嬰寧 (笑う女:嬰寧)
狐の子で幽霊に育てられた女の子。いつも笑ってばかりいて木の上に登っても笑っている。花が大好きで、 天然ぼけなところのある個性的にして魅力的な人物。最後には、まじめでおとなしい人になってしまう。
顔如玉 (書物気狂い:書痴)
本ばかり読んでいる男のところに、本の中の栞からでてきた女性。顔如玉という名は『勧学書』 という学問をすすめる文章の中にある「書中に自ずから顔、玉の如きあり」という句から取ったと言 う有様。本ばかり読んでいる男にたまには遊ぶことも必要だと教えた。
■ テキスト
『聊斎志異』 立間祥介編訳 岩波書店(岩波文庫) 1997
■ 参考文献
『中国の八大小説』 大阪市立大学中国文学研究室編 平凡社 1965年
内容は「あらすじ」「作者と時代」「文学」「言語」「研究と資料」に分かれていて各作品について全般的に知ることが出来る便利な本。
清 儒林外史 呉敬梓 全55回
科挙制度に振り回される知識階級の方々を風刺した長編小説。『紅楼夢』と並ぶ清朝の二大小説 とかいわれるが日本における知名度は『紅楼夢』よりさらに低い。
「儒林」は当時の正統的な学問である儒教を学んだ人々のこと。「外史」は政府が編纂したり 認定したりした「正史」ではなく民間の人が書いた歴史書のこと。つまり『儒林外史』とは 『○○史儒林伝』なんかに有るみたいな立派な話ではありませんよ、ということか。
この小説にはべつだん一貫した筋がなく、お話がAからBさん、BさんからCさんへと途切れず にずっと続いていくが、そのあたりが面白かった。その中で、おかしな儒林、 つまり知識人が次々出てきたり時には怪しげな侠客が出てきたりして多彩な内容だった。 とくに私が好きな話は、武官を志願した人が辺境での小戦闘で武功を揚げ、その地で新たな 街づくりをしていくのだけど結局中央政府のの無理解によって罷免されてしまうというお話。 儒林外史には珍しい戦闘シーンがあったりして一服の清涼剤といった感じ。
ただ、いろんな人が次から次に出てきたので人名をほとんど覚えていないような気がする。
■ 人物感想
蕭雲仙
弾弓にたくみな武人。旅の途中で軍隊に志願し松潘の戦いに功があり、のちに江淮衛守備となる。
馬純上
科挙対策用の参考書を作っている文人。参考書を作っているということは本人は科挙に受かって いないということ。基本的には善人で几帳面すぎるほど。
■ テキスト
『儒林外史』 稲田孝訳 平凡社(中国古典文学大系43) 1968
■ 参考文献
『中国の八大小説』 大阪市立大学中国文学研究室編 平凡社 1965年
内容は「あらすじ」「作者と時代」「文学」「言語」「研究と資料」に分かれていて各作品について全般的に知ることが出来る便利な本。
清 子不語 袁枚
清の短編小説集。『子不語』についてまず面白いのはその題名である。『子不語』とは『論語』の述而篇にある「子不語怪力乱神」(子は怪力乱神を語らず)からとったもの。つまり孔子の語らなかった怪力乱神の話を語っていますよという意味。後、元代の人に同名の著書があると知り、『新斉諧』と改めたというが、一般には『子不語』の方で通っているようである。やはり『子不語』という題名の方が面白いと考えられてきたからだろう。
作者の袁枚は科挙試験に受かったが早くに官途を退き、江寧(南京)の小倉山下に随園という庭園を造り、詩を作ったり料理を工夫したりして悠々自適な生活を送った。また「紅楼夢に出てくる大観園とは即ち我が随園である」などと言ったがこれは誤りのようだ。
内容は『捜神記』のように奇異な話が幾つも入っていて大体短いものが多い。淫猥な所も多いというが訳本では殆ど見られなかった。
■ 各編感想
●胡求、鬼のけまりとなる
内閣学士方苞に胡求という下男がいた。方苞が宮中で仕事をするときは胡求も随行した。夜中の12時頃二人の鬼神がやってきて胡求をポンと蹴ってころころと転がした。胡求をけまりのまりに使用しているらしかった。午前4時頃になると鬼神はやっと立ち去った。胡求は全治数ヶ月の怪我を負った。
『子不語』のような短編小説集の中ではこういった短くて不条理な話が理屈抜きに面白い。ある程度長い話だとありがちな展開になったり、説教っぽくなったりしてつまらなくなる割合が高まると思う。
●靴を盗む
ある男が新調の靴を履いていると見知らぬ男に帽子を瓦の上に投げられてしまった。また別の男がやって来て「私の肩を梯子代わりにして瓦に上りなさい」と言ってきた。靴を履いた男が上ろうとすると怒って「あなたは性急すぎる。帽子も惜しいだろうが私の上着も惜しい。靴を履いたまま上ろうとするのですか」と言った。靴を履いた男は詫びてから靴を脱ぎ瓦に上った。すると男は靴を持ってまっしぐらに駆け出してしまった。
実際にこんな方法で靴が盗めるのかどうかは知らないが、新調の靴を履いた男が靴を脱がされる過程が変にもっともらしくて面白かった。突然のことに戸惑っている男に親切な人間が近づいて来るあたりは本当に人をだますときに有効なのかも知れない。
■ テキスト
『近代支那小説集子不語』邑楽慎一 長崎書店 昭和16年
『剪燈新話・剪燈余話・閲微草堂筆記・子不語 他』飯塚朗、今村与志雄訳 平凡社 中国古典文学全集20 1958年
『閲微草堂筆記(抄)子不語(抄) 他』前野直彬他訳 平凡社 中国古典文学大系42 1971年
清 鏡花縁 100回 李汝珍
清の長編小説。時代は唐代、則天武后が中国唯一の女帝に即位して国号を周としたころ。唐敖、林之洋、多九公ら一行が海外を旅して諸国の変わった風物を見聞し珍しい体験をしていく。旅先では優秀な少女に出会い、時には助けることもあるがこの少女たちは元々は花を司る女神で罪を犯して下界に流されていたものだった。唐敖は夢のお告げで「花」を救えと言われたがこの「花」こそは海外にいる少女たちのことだった。
一行が訪れる国は君子国、無腸国、女児国などでその名称や風俗は『山海経』などに由来があり必ずしも荒唐無稽なものではない。『鏡花縁』の特徴はなんといっても旅先で出会う女性がいずれ劣らず優秀なことと、女性が多く登場するのに恋愛話がほとんど無いことにある。また、物語の端々には時勢を風刺した物語が語られると同時に漢方薬や音韻学など作者の博覧強記も誇示されている。
私がこの小説を面白いと思うようになったのは第13、14回位からだったろうか。唐敖、林之洋、多九公の三人組の性格が個性的に感じられるようになってからは、『西遊記』や『ガリバー旅行記』のような傾向のものとして面白く読めた。
『西遊記』ではどこまで行っても民衆は普通の格好だが『鏡花縁』は国によっては人間離れした人々も登場して『山海経』の世界の中を歩いているような感もある。ただし『西遊記』のように強力な妖怪の類は出てこない(出てきても儒家と商人じゃ勝てないし)。また、気にする程のことではないかも知れないが『鏡花縁』の中では、まだ成立しているはずのない『西遊記』のことが出てくる。三蔵法師がインドまで旅をしたのは太宗皇帝の時で、『鏡花縁』は則天武后の時の話(太宗−高宗−中宗−睿宗−則天武后)なので年代的には結構近いといえる。あと、『西遊記』と同じように天朝(中国)をどこの国の人でも知っていて、かつ尊敬しているのはいかにも中国的だと思った。
また『鏡花縁』の男女平等的な思想については『紅楼夢』の影響がしばしば指摘されている。とはいっても作品の内容自体は『紅楼夢』と似ているとはいえない。
私が読んだのは中国古典文学全集(第1回から第40回、第41回から第99回までの概要、第100回)の抄訳本。概要を読んだ限りでは41回から99回までもそれなりに面白そうだが訳されないことには訳されないだけの理由があるのだろうか。
■ 人物感想
唐敖
科挙を受けて第三席の探花(海外で花を探す事を暗示している)となるも、過去にあった唐朝再興の反乱計画に加わったとして資格を剥奪された。それで俗世間が嫌になり貿易商人の林之洋について行って海外を旅することとした。空を飛べる草を食べて中途半端に空が飛べるようになった。抄訳本では最後がどうなったのかはっきりしなかったが仙人になったらしい。
林之洋
唐敖の妻の兄。貿易商人。儒家的素養の高い唐敖、多九公の二人に比べ、いかにも商人らしい性格で「トリックスター」的存在。色が白く髭がなかったため女児国で女王に気に入られ、無理やり後宮に入れられた。そこで纒足をするために足をきつく縛られる描写が本当に痛々しく感じられた。
多九公
海外のことなら何でもよく知ってる貿易商人。小さいころは学校にも通っていたが試験に落ちて貿易商人になった。まじめで年は80を越えたが頭もはっきりしていて歩くのも速い。黒歯国の「女学塾」にいたお嬢さんに学問について質問されたが逆にお嬢さんの方が博識で大恥をかくこととなった。それ以来学校に近づきたくなくなってしまい少し気の毒。
林婉如
林之洋の娘。頭が良くて本ばかり読みたがる性質。両親に従って海外貿易の旅に出かけた。異国で出会った少女たちが様々な理由から林之洋の船にやって来ると、すぐうち解けて話し相手になった。
盧紫萱
黒歯国の「女学塾」の学生。黒い顔に朱色の眉、ぱっちりした目、烏の濡羽色の髪、サクランボウのような小さな口、三寸の金蓮(纒足した足)に紫色の服という格好。多九公に学問についての質問をした。はじめは名高い天朝(中国)からやって来た人として丁重にたずねたが多九公に大して学問がないとわかっても質問を止めようとせず、そのうちあからさまに馬鹿にしだした。
■ テキスト
『児女英雄伝(下)・鏡花縁』 奥野信太郎、常石茂、村松暎、田森襄訳 平凡社(中国古典文学全集第30巻) 1962(昭和37)年
清 児女英雄伝 文康 全40回
一見武侠小説だけど実は啓蒙小説的要素が入っている長編白話小説。講談っぽい語り口がすごく 面白い。「児女英雄」とは何か?それは児女の心と英雄の心を併せ持つ者のことなのです。
物語のだいたいの内容は、父親の安学海を助けるために旅にでた漢軍八旗の旗人、安公子(安驥) が途中の荒寺で盗賊に殺されそうになる。そこに謎の女侠十三妹が助けに入り盗賊をみんな倒してし まう。たまたまそこに捕らわれていた張金鳳と安公子を無理矢理結婚させ、十三妹はそこで別れる。 安学海は十三妹のおかげで自分が助かったようなものなので何とか十三妹を捜し出そうとする。 その後色々あって十三妹の正体がわかり、安公子と結婚した。さらに安公子は二人の妻のおかげで科挙 にめでたく合格する。
主人公の十三妹は前半は大活躍するが、安学海に説得されたりして安公子と結婚するころになると、 おとなしくなってしまう。そこら辺は残念なところ。
児女英雄伝には明らかに紅楼夢の影響を受けているところがいくつもある。冒頭にタイトルをいくつも 並べているところがそうだし、作品中でも語り手(講談師?)が語るという形で紅楼夢や紅楼夢の人物 を児女英雄伝のそれと比較して述べている。このような小説というのも珍しいと思う。
また、児女英雄伝の作者は満洲旗人なので物語の中にも満洲族の文化について触れられていてその点 でも重要な小説といえる。ほかにも科挙についてや、宿屋のことなどが説明されていてよく解る。反面、 ちょっと「知識ひけらかし系」かとも思う。
■ 人物感想
十三妹(何玉鳳)
日本刀を持って活躍する児女英雄!本名を隠し十三妹と名乗って、老母とともに青雲山に隠れて親の敵 を捜す。偶然盗賊に殺されかかった安公子を助け、その場にいた張金鳳と結婚させる。のちに仇がすでに 死んでいると知り、安学海らに説得されて安公子と結婚し、彼を科挙に合格させた。
十三妹は日本刀を持っているということから何となく親しみを感じた。清朝の頃でも日本刀は名刀 というイメージが強いのだろうか。あと、「あたしはあたし」とか色々と印象的な台詞がある。
安公子(安驥)
安学海の一人息子。 世間知らずの坊や。父を救う旅の途中盗賊に捕まったが十三妹に助けられた。 そこで十三妹によって張金鳳と結婚させられた。後には十三妹こと何玉鳳とも結婚する。結局はめで たく科挙に探花(第三席)で受かった。
安学海
安公子の父。晩年になって科挙に受かり嫌々ながら地方官となる。結局肌に合わず、それだけでなく 数千両のお金を払う羽目になった。そのあと十三妹が何玉鳳であることを突き止め安公子と結婚させた。 基本的には真面目だけれど考えたかも柔軟でバランスの取れた性格はなかなか好感が持てる。
張金鳳
寺の中に捕らわれたところを家族共々十三妹に助けられ、安公子と結婚させられた。十三妹のこと を非常に尊敬し姉と慕う。十三妹も自分と同じように安公子と結婚したがっていると思いこんでいる あたりが普通の田舎の娘さんである張金鳳らしいと思った。
■ テキスト
『児女英雄伝』 松枝茂夫・立間祥介訳 平凡社(中国古典文学大系47) 1971年
清 三侠五義 石玉崑 全60回
名裁判官包拯と幾人もの侠客たちの活躍する物語。物語の最初は包拯の話が中心で、正義を勧めて悪 をくじき、仁宗皇帝の生母を助けだし、やがては宰相となる。そのあとは侠客たちが話の中心となり、 はじめは侠客同士の争いがあったりするが、やがてみんなで力を合わせて謀反をたくらむ襄陽王の野望 に対抗する。題名からもわかる通り侠客たちの話が中心であるし、面白い。
ストーリーは縦横に展開していてなかなか複雑、人物も個性的で書き分けがよくできていると 思う。ただ登場人物の強さに差がありすぎるなど、不満な点もあった。また、この小説も続作が 大量に出たとか。
■ 人物感想
包拯
北宋の名臣。名裁判官として有名。自分で発明した首切りの道具で悪者の首を次々斬っていく。 「日本でいえば大岡越前」とかいわれながらも、首切りの道具を作るあたりが日本と中国の違いか。
展昭(御描)
南侠。宰相となった包拯によって皇帝に推薦され、陛下の覚えもめでたく、人からは「御描」 と呼ばれた。なんとも有能で頼りになる人物。
白玉堂(錦毛鼠)
五鼠のひとり。なみはずれた器量を持ちながら人柄が陰険で酷薄。好んで義侠を行うが、 そのやり方がむごくてせっかちなのが欠点、という設定が好き。ただ北侠・南侠との力の差がありす ぎて納得いかない。
襄陽王
三侠五義における最大の悪役。皇帝の叔父で謀反をたくらみ配下の者も悪いことばかりしている。 ただ、その配下にろくな人材がなく有能な人物はすぐ体制側に寝返ってしまう。このため朝廷側が 圧倒的に有利で物語後半部分は緊張感に欠いていると思った。
■ テキスト
『三侠五義』 鳥居久靖訳 平凡社(中国古典文学大系48)