ヤビツ峠ニの塔三の塔烏尾山行者ヶ岳
新大日の頭塔の岳
金冷し大倉
(歩行時間6時間30分)





週末の好天に誘われて
地元丹沢の表尾根縦走を思い立った。

小田急線の秦野駅でフリーパスを手に入れ
朝一番、
8時18分のヤビツ峠行きのバスを待つ列に並ぶ。

さすがに人気の山、
その中でもメインルートである丹沢表尾根の登山口
ヤビツ峠を目指す登山客は半端な数ではない。

マクドナルドでノンビリしすぎて
列の最後尾になってしまった僕は
危うく次のバスに回されそうになってしまった。

すし詰めの登山客を飲み込み発車したバスは、
ウィンウィンと悲鳴をあげながら
苦しそうに峠を登って行く。


バスに揺られ続けて50分程で
終点のヤビツ峠に到着。
吊り革に掴まり重いザックを足の間に挟んで
懸命にバランスを取っていた登山客達が
ヘロヘロになってバスを降りてくる。
勿論僕もそのうちのひとりだ。

時計はすでに午前9時。
山を登り始めるには遅すぎる時間だが
これが一番早いバスなのだ。

ここから登山口まで20分ほどの林道歩き。
左にこれから登る三の塔が大きくそびえている。

右に富士見山荘が見えてきたら
いよいよ登山口に到着である。


山荘の前で一服してから
綺麗に階段状に整備された登山道に取り付いた。
のっけからいきなりの急登だ。

気温はすでに30度を越えている。
標高が低い分、気温と湿度が高い。
調子が出ない最初の1時間にこれはキツイ。
早くもTシャツが汗に濡れ始める。

ほかの人達も気持ちは同じらしい。
列の先頭に立ってプレッシャーを受けるのを嫌い、
先頭に立つ側から登山道を脇に逸れて
後ろの登山者をやり過ごす。


登り始めてから約50分で最初のピーク、
ニの塔に着いた。
いきなり強烈なパンチを食らったボクサーのように
ダメージ有り有りだ。

頭に巻いたバンダナを絞ったら
濡れ雑巾のように
汗が地面に滴り落ちた。

天気は好いのだが
山全体にガスがかかり始めた。
丹沢特有の天候である。
本来なら富士山の勇姿が疲れを癒してくれるのだが
今日は最後までそれも期待できそうにない。

次のピーク、三の塔を目指して歩き始める。

何時の間にか
これから登ろうとする山々も
ボンヤリとガスの中にその姿を隠し始めた。

「今日は展望は無理だなあ」
などと滴る汗を拭いながら
ガレた痩せ尾根を通過する。

二の塔から僅か20分ほどでふたつ目のピーク
三の塔に着いた。
ここには立派な無人の休憩所があり
大きなベンチも設置されていて一息付くには
最適の場所だ。
本来なら遠く南アルプスの峰々まで
望む事が出来る好天望の頂上なのだが、
丹沢特有のガスに包まれ
次に目指す烏尾山の稜線さえ見ることが出来ない。

多くの登山者がベンチに座り
思い思いに昼食を取り始めた。
半分くらいの人達が
ここで山を下りるらしい。

時計を見ると午前11時。
まだまだ先の長い僕は
タバコを1本吸っただけで先を急いだ。


みっつ目のピーク、烏尾山までは約30分。

途中100メートル近いガレた悪場を急ぎ足で下る。
下り終って振りかえってみたら、
けっこう厳しい道でビックリした。

雨が降ったらスリップが怖そうだ。

ヤゲン沢を右に見下ろしながら狭い鞍部を渡る。


烏尾山に続く最後の急登で
まるで異次元へ続いているような
笹葉で出来たトンネルに出会った。
真っ暗な梯子段の向こうに
わずかに明るく
細い稜線が続いている。

すっかりワクワクしてしまった僕は
周りに人がいない事を確認してから
キャーキャー言いながら
そのトンネルを潜った。


烏尾山山荘は三角屋根が特徴だ。
通年、週末だけ営業しているこの山小屋は
収容人員30名。
2食付きで5000円。素泊まりなら3000円。

小屋の前に丹沢特有の
大きなベンチが幾つも備えられている。

僕はそこに座り、
駅のコンビニで買ってきた
山菜おこわとイカの天ぷらのおにぎりを
ザックから取り出し、
山の空気をおかずにして美味しくいただいた。


三の塔を過ぎた頃には
山を包んだガスを恨んだ僕だったが、
烏尾山を越え、
次のピーク行者ヶ岳を目指して
歩き始めた頃には
霧が創り出す幻想的な山の景観に
すっかり魅了されていた。


烏尾山から行者ヶ岳を経て
新大日岳に至るまで、
山の様子は一変する。
ちょっとヒヤリとする岩場が連続して
鎖場も現れる。

霧の中の悪場はけっこう威圧感がある。
嘗て行者の修行の山だった事も頷ける。

1209メートルのピークに祠られた
不動尊に軽く手を合わせて、
僕は先を急いだ。


表尾根の難所、
行者の岩場の急降下に差し掛かる。
しっかりした鎖がついていて
慎重に下れば問題ないが
なかなかの高度感だ。

下り終えて振り返り、
岩場の写真を撮ろうとカメラを構えたら
ちょうど下っていた紫ザックのおっさんが
「お〜い、緊張するからやめてくれ〜」
と冗談混じりに叫んだ。

僕は急いで一枚だけシャッターを押し、
おっさんに向ってペコリと頭を下げた。


鎖の下りを過ぎてすぐに
下が完全に落ちた短い木道を渡ると
今度は左右がスッパリ切れている
崩落場に差し掛かる。

距離は短いし
しっかり補強もされているが
落ちれば完全にアウト。

ちょっとヒヤヒヤする。


僅かに登り返して
丹沢で一番古い山小屋、
書策小屋に着く。
霧に包まれてなかなかの趣だ。
収容人数は20名。
食事は自炊で素泊まり3000円。
ここも週末のみ営業している。

ここからわずかな急登を頑張れば
新大日の頭である。



新大日から塔の岳へ続く
緩やかな尾根道で
霧の向こうに昔ながらのキスリングを背負った
老ハイカーの姿を見つけた。
霧の中に突然現れたこの老人は
暫く陽炎のように
遠くでゆらゆら揺れていたが
やがてゆっくりと
霧の中に
消えて行った。



霧の中で見た
幻想的な情景の余韻に浸りながら
最後の登りを頑張り、
午後の3時
待望の塔の岳山頂に
登りついた。

山荘に立ち寄り
優しい瞳をした主人から
ジュースを1本買ってベンチに座り
一人で静かに乾杯した。


丹沢随一と言われる
山頂からの展望はまったく望めなかったが、
代わりに野性の鹿が悠然と
草を食んでいるのに出会う事が出来た。
近年、鹿の食害に悩んでいる
丹沢ではあるが、
やはり厳しい自然の中で
生きている野性の動物には
一種独特の貫禄がある。



山頂でノンビリしているうちに時計の針が3時半を廻ってしまった。
ここからは通称「バカ尾根」と呼ばれる大倉尾根を2時間半の急降下である。

グズグズしてはいられない。

ひぐらしの声に追いたてられ、夕日と追いかけっこをしながら
僕は登山道を駆け下りた。





2000年8月25日


塔の岳旨い店へ進む




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