北アルプスに通い始めて 早いものでもう20年以上になるが いまだ蝶ヶ岳、唐松岳、燕岳などの 入門コースの稜線歩きに終始している。 特に徳沢から うんざりするような 長塀山の九十九折りの 尾根を越えて登る蝶ヶ岳は お気に入りのひとつで 徳沢の伸びやかな天場に幕営しては 毎年のように往復している。 もともと僕は ピークというものに それほど執着心がないし ましてや 山を征服しようなどという気持ちも さらさら無いのだ。 確かに山登りは好きだ。 辛い尾根道で一服つけた時、 火照った身体を冷ましてくれる 清涼な空気。 ピークに達した時の達成感。 身を切るような冷気の夜 テントから見上げる満天の星たち・・・。 どれひとつとっても 山登りをしていなければ 決して感じる事が出来なかった感動だ。 しかし これまでの山行を思い起こしてみると やはり『山』そのものに あまり拘っていない自分に気づく。 天候が悪ければサッサと山を降り 松本あたりで馬刺しを肴に 美味い地酒をちびちびやって 至極満足しているし 山に入る直前になって急に気が変わり 乗鞍や新穂高辺りの温泉に飛び込んで ひとり贅に入っている事も間々ある。 要するに僕は 煩わしい都会の喧騒から離れて 大好きな 北アルプスの風を 感じているだけで 満足なのかもしれない。 そんな僕が 平成11年の3月 突然のクモ膜下出血に倒れた。 激しい頭痛に襲わて自宅で昏倒し そのまま救急車で病院に担ぎ込まれた。 病院に到着した時 既に僕の意識はなく 家族は医師から 「余命2時間」と 宣告されたそうである。 しかし医師の的確な処置と まわりの人達の愛情に支えられ 奇跡的に生還する事ができた。 5ヵ月に及ぶ辛い闘病生活の末 ダメージのあった視力も回復し その年の8月の中頃 一度は再訪を諦めた 上高地の河童橋の辺に再度立った。 元気な頃には 穂高へのアプローチとして 30分程度で通過していた 明神池までの道のりを 1時間半かけて歩いた。 それでもバテた。 しかし それ以上に自分が今 再び 上高地の土を踏んでいる事が嬉しくて 思わず目頭がが熱くなった。 土の道を歩き 森の緑を目にし そして 山を仰ぎ見て いまここに 自分が生きているという現実に 心の底から 感動したのである。 そんな僕の頬を 梓川のせせらぎを乗せた 北アルプスの 優しい風が そっと 撫ぜてくれた …… |
1999年11月6日
「北アルプスの風」開設日に記す