「サミュエル・バーバー歌曲集」

作詩:James Joyce 他

作曲:Samuel Barber

編曲:佐藤正浩


指揮:佐藤正浩

ピアノ:藤田雅



・Rain Has Fallen
 (雨は降りつづく)

・The Monk and His Cat
 (修道士と猫)

・Sleep Now
 (眠れ、今は)

・Sure on This Shining Night
 (この輝ける夜に)

・I Hear an Army
 (軍勢がこの国に)




−サミュエル・バーバーについて−

 サミュエル・バーバーが生まれ育った家庭は、「言葉」や「歌」に満ちていた。彼の家族は読書を好み、なかでもおばルイーザ・ホーマーは、サミュエルが生まれる前に10年前に、メトロポリタン歌劇場でデビューを飾った偉大なアメリカ人コントラルトであったし、その夫シドニー・ホーマーはほとんど歌曲ばかり書き続けた作曲家であった。(サミュエルは、後にシドニーの歌曲を編集している。)サミュエル自身は非凡なバリトンの美声を持ち、副業に歌手として活躍したことさえあった。公のステージのコンサートのほかに、1935年には、自作≪ドーヴァーの渚≫を歌って決定的とも言うべき録音を残している。そして忘れてならないのは、彼の作品の大半が声楽のために書かれているということである。器楽曲の分野では、彼は、ほとんど1分野に1作品を残しているだけである(例えば、協奏曲はピアノ・ヴァイオリン・チェロを各々1曲ずつ、室内楽曲1曲、ピアノ・ソナタ1曲、交響曲1曲−彼はこの作品に批評を惜しまなかった−など)。「私は、言葉を扱う音楽を作曲しているとき、その言葉の中に浸ってしまう。そうすると、音楽はその言葉からあふれ出てくるんだ。」と、バーバーは 語ったことがある。彼は熱心な読書家であり、鋭い感性と、広い守備範囲を持っていた。彼は生涯を通じて、1、2冊の詩集をベッドサイドから離すことがなかったという。彼はまた、こう言っている。「テキストが決定的に大事なんだ。私はよく本を読むし、とにかくたくさんの詩を読む。歌になりそうな詩は片っ端から読みまくるよ。なかなか見つからないがね…。ほとんどの詩は饒舌すぎるか、内省的すぎるかのどちらかで…。詩それ自体を楽しむのはなかなか難しいね。頭のどこかで、いつも使えそうなものに印をしておくんだ。それからもう一度戻って、無心に詩として味わってみるわけさ。現代詩を読むのも楽しみだね。英語のものばかりでなく、ドイツ語やフランス語のものも読む。ダンテとゲーテは原語でよく研究したものだよ。」サミュエルは、ケルトの詩に生涯情熱を傾けたが、それは、ジェームズ・ジョイス、ウィリアム・バトラー・イェーツの詩を十代に愛読したことから始まったという。


−曲目解説−

 第1曲「雨は降りつづく Rain Has Fallen」は、≪3つの歌作品10≫の第1番である。≪3つの歌作品10≫は、バーバーが生涯にわたって関心を抱き続けた詩人ジェームズ・ジョイスの著作『室内楽』の中から愛をテーマとする詩を選んで、1935年から36年にかけて作曲された。平易な表現に始まり、情熱的に発展してゆくテクニックは、バーバーのそれ以前の作品においてよく用いられていたが、ここでもその効果は素晴らしく、同時に、バーバーの独自の才能の十分な開花が見られる。

 第2曲「修道士と猫 The Monk and His Cat」は、連作歌曲集≪世捨て人の歌≫の中の第8番である。≪世捨て人の歌≫は、ワシントンDCにある議会図書館のElizabeth Sprague Coolidge財団によって委嘱され、1953年10月30日に初演された。8世紀から13世紀にかけてのアイルランドの作者不明の様々な詩の翻訳に作曲されており、「修道士と猫」は8世紀又は9世紀の作で、W.H.オーデンの現代語訳によっている。ユーモアのセンスを軽妙に発揮した作品ではあるが、信仰の心を表わしたテキストは汚れがなく、美しい。

 第3曲「眠れ、今は Sleep Now」は、第1曲と同じ≪3つの歌作品10≫の第2番である。始めは静かに心に語りかけるが、その後には恐ろしい冬の声が現れる。コーダにおいては、愛撫に似た美しさ、優しさが印象的である。この明確な対比は、決して奇抜さを感じさせず、むしろよく調和されたまとまりをもっていると言えよう。

 第4曲「この輝ける夜に Sure on This Shining Night」は、≪4つの歌作品13≫の第3番である。≪4つの歌作品13≫は、1937年から40年にかけて作曲された。この曲はジェームズ・アジーの詩に作曲されている。アジーは、周囲の同僚たちから期待されていたが、ついに著名な作品を書くことができなかった文学者である。この詩に対するバーバーの偉大な感受性は、彼の手腕によって、歌いやすいメロディーの中に表現されている。まるでシューベルトの歌曲を思わせる見事な簡潔性と純粋性によって書かれた楽句と言えよう。

 第5曲「軍勢がこの国に I Hear an Army」も≪3つの歌作品10≫の第3番である。冒頭から激しい伴奏をともない、その勢いは第2連でますます勇ましくなる。第3連に至ってより威厳ある荒々しさを示した後、突然、自分の心に問いかける。「わが心よ、諦める知恵をもたぬのか?」。そして最後は、去っていった恋人に対する情熱を壮絶に吐露する。「恋人よ、なぜ私を置き去りにした?」。ピアノ伴奏はさらに緊張感を増して曲を閉じる。


−第120回定期演奏会プログラムより−



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