歌曲集「子供の不思議な角笛」より
(Des Knaben Wunderhorn)

作曲:Gustav Mahler

編曲:佐藤正浩


指揮:佐藤正浩

ピアノ:藤田雅



・Rheinlegendchen
 (ラインの伝説)

・Das irdische Leben
 (この世の生)

・Wo die schonen Trompeten blasen
 (美しい喇叭の鳴るところ)

・Revelge
 (惨殺された鼓手)


※特殊文字の表示は不可能なため、実際とは異なる綴りのものが含まれています。



−マーラーと『子供の不思議な角笛』−

 19世紀の初頭にドイツのアルニム(Achim vom Arnim 1781-1831)とブレンターノ(Clemens Brentano 1778-1842)は、『子供の魔法の角笛』なる民謡詩集を出版した。このドイツ浪漫派の詩人達は、彼等の大先輩ヘルダーの思想をうけて、民謡こそは民族の根本から萌芽した自然の詩であり、情緒・感性の源泉であるとして、精力的な蒐集活動を行った。民謡は子供の角笛のように素朴で、しかもそこには一種のはかりしれない「不思議・奇蹟」Wunderを宿す。しかも、民謡は詩だけでなく、音楽の根源をも包摂するのである。
 こうして出版されたドイツの民謡詩集に対し、マーラーは異常なまでの愛着を示して作曲に没頭した。彼が、ロマン的な民族詩歌集に心を奪われたわけについて、今世紀最大の指揮者であり、また師として、友としてマーラーを熟知し、尊敬することこのうえないブルーノ・ワルター(Bruno Walter 1876-1962)は次のように述べている。
 「マーラーが『子供の不思議な角笛』を発見したときには、彼自身の精神的故郷との出会いを感じとったにちがいない。彼はそこに彼の魂を揺り動かすいっさいのものを見い出した。しかもそれらは彼自身が感じていたとおりに描かれていた。自然、信心深さ、あこがれ、愛、離別、糸、幽霊、兵士かたぎ、若者たちの陽気さ、子供たちのいたずら、途方もないユーモア。こうしたものはすべて、彼のなかにも、これらの詩のなかにも息づいていた。こうして彼のリートは流れ出た。自然のままの詩情と、それに深い近親性をもった音楽との幸福な結婚によって、このうえなく魅力的な一連の芸術作品が生まれ、そのなかから作曲者の人格がいまや男性的な充実と力に満ちた独自の風貌を見せつつ姿をあらわすのである。」
 マーラーは詩と音楽の根源を包摂する民謡に、彼自身の精神的故郷の場を見出した。おそらく詩の内容が、彼の音楽を創造する深淵な心の領域に触れたに違いない。だが、彼はこのオーケストラ・リートを作曲するに際しても、決してテキストに盲目的に身をまかせはしなかった。民謡ゆえの素朴な原初性を、彼自身の魂の根幹に完全に符合させる作業を行ったのである。つまり、彼は一部の詩を改変、修正、補足を徹底することにより、テキストを己の音楽的霊感と結び付けたのであった。自分の流儀でテキストとわたり合う。これがマーラーの、リート作曲家としての姿であった。
 本日は、指揮者である佐藤正浩先生の編曲により、男声合唱とピアノ伴奏で演奏する。


−曲目解説−

1.ラインの伝説

 A durのとても明るく、のびやかな牧歌。終始3/8拍子のレントラーのリズムで流れる。素朴な民謡風に歌われる旋律は、非常に透明で美しい。詩の内容はライン川を旅する指輪というお伽噺である。

2.この夜の生

 遅すぎた救済という運命を題材にしており、それはシューベルトなどが曲をつけた、ゲーテの『魔王』に共通するものがある。絶え間ない16分音符の流れは悲惨な宿命に翻弄されるこの世の生活をどぎつく表現し、決して手を休めようとはしない過酷な運命を象徴している。

3.美しき喇叭の鳴るところ

 この曲を書くにあたりマーラーは2つのテキストを改変し、さらに自作の詩句をも付け加えた。詩句への徹底的な介入によって己の眼前に漂う音楽的映像と一致させることによって、おそらく彼のリート作品の中で一番美しいものが生まれたのである。歓喜にふるえる官能の愛の歌であった原詩は、その内容とは似てもに似つかぬ歌曲に変貌した。亡霊となった喇叭手の、恋人への訪問。いぶかしむ少女。愛する人の面影を認めた少女の喜びの歌は D durで明るく流れる。夜明けが近い。少女は男を中にひきいれるが、小夜啼鳥のむせび泣くのを聴き不安をかきたてたのか突然の涙を誘う。終末は、「美しき喇叭の鳴るところ、そこにぼくの家がある。緑なす草地からなるぼくの家」。今一度、絶望したようにトランペットを擬したピアノ伴奏が空虚な音を響かせる…。夢幻的な愛の歌でありながらその背後には運命的なものの悲劇性が秘められている。

4.惨殺された鼓手

 タイトルは、「起床合図」の意である。全滅した軍隊の幻の凱旋が詩の内容。始めから終わりまで貫き通される厳格な行進曲のリズムは非人間的で、冷酷である。また災いを告げるかのように何度も繰り返される「トラルラリ、トラルラライ、トラルラレラ」という掛け声は、奇怪な絶望感を象徴する。圧倒的な軍歌の響き。行進曲のリズムの軍楽的単調さ。それはこの曲に身の毛もよだつ、息苦しい、無情な雰囲気を与えるのに十分である。


−第122回定期演奏会プログラムより−



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