「R.シュトラウス歌曲集」
−R.シュトラウス没後50年を記念して−

作詩:John Henry Mackay
    Richard Dehmel
    Karl Henckell
    Heinrich Heine

作曲:Richard Strauss

編曲:福永陽一郎


指揮:畑中良輔

ピアノ:谷池重紬子



1.Heimliche Aufforderung
 (ひそやかな誘い)

2.Wiegenlied
 (子守歌)

3.Ich trage meine Minne
 (愛を抱いて)

4.Morgen !
 (明日こそは!)

5.Fruhlingsfeier
 (春の祝祭)


※特殊文字の表示は不可能なため、実際とは異なる綴りのものが含まれています。



−夕映えのリヒャルト・シュトラウス−

 85年。日本においては、ちょうど明治維新と第二次世界大戦の敗戦を挟むような、そんな世界の激動の中の長きを彼、リヒャルト・シュトラウスは「最後の歌」の後まで歌を創り、その死の直前まで指揮棒を振りつづけることで生きた。4才にピアノを始め、6才で作曲した彼の人生は正に音楽の一生と呼ぶことができるであろう。
 彼の父フランツはミュンヘンの宮廷管弦楽団のホルン奏者であり、当時のドイツ音楽界に名の知れた人物であった。母ヨゼフィーネはビール醸造業者を父に持つ資産家の出であった。彼生来の旺盛な好奇心もまた、興味を音楽はもちろん、文学や哲学、歴史などにも及ばせた。彼の多彩な音楽をここに求めることを推測するのは容易であろう。ロマン・ロランは言う。「リヒャルト・シュトラウスは詩人であると同時に音楽家である」特に日本において彼は何より交響詩の人であり、事実リストに始まるこの形式の最大の作曲家であることは疑う余地もない。
 1885年、マイニンゲン宮廷管弦楽団の楽長に就任したのを皮切りに彼はミュンヘン、ワイマール、ベルリン、ウィーンなど、ドイツ圏各地の歌劇場での指揮者として活躍した。こうした指揮者の経験が彼をオペラの作曲に進ませたのはもちろん、彼独特の作曲技法、管弦楽法に生かされていくことになった。そしてその「独特」は、ときに大きな賞賛と、同時に非難をも生んだのである。彼の著名な交響詩の1つである『英雄の生涯』は、英雄=彼自身と批評家のけんかの有様そのものであるが、自らを英雄と言ってしまう彼のウィットと自尊心をもってしても彼が曲のような完全な勝利を収めることはなかった。彼にとって時代とは常に早すぎ、或いは遅すぎるものであったように思われる。
 彼が折りにふれ、歌曲に戻ろうとしたことには、1886年に出会い、1894年に結婚したソプラノ歌手パウリーネの存在があり、また彼自身の位置を確かめる作業でもあった。200曲に上る歌曲は、彼の歌への、そして作曲にあたり常に頭にあったであろう妻への愛情を示すに十分である。彼の歌曲は新しい実験への喜びであると同時に、わかりにくさを高尚とするようなところはなかった。彼は、恋愛や喜び、悲しみを自分たちの生きた時代のやり方で歌った。人に訴えるものとはどんなものであるのか、その本能的で鋭敏な彼の感覚を、一見して平易、単純に見える旋律に見つけることもできよう。歌詞の韻律の重視、抑制があり、それでいてあふれる叙情性、曲の構成の無駄のなさとバランス感覚、天才的な転調を含めた和声的処理など聴き込むほど、歌い込むほど発見のある奥深さを併せ持っているのである。さらに朗唱法を駆使した歌曲群はシューベルト、ワーグナーの延長線上にあり、彼をしてヴォルフ以降のドイツリートの第一人者たらしむることへの手ごたえを我々に感じさせてくれる。
 彼は、また歌曲の伴奏者としても異彩を放っていた。彼の作曲した伴奏パートは時として独立した曲としても通用するほどであり、その美しさはこの世ならぬものさえも湛えていた。彼の晩年はナチスドイツヘの日和見的態度によって不遇であった。しかし人生の夕暮れをも彼は芸術に浄化していった。そこにあったのは歌曲であり、彼の心は歌曲に最も繊細に現れたのである。


−曲目紹介−

1.ひそやかな誘い

 作品27「4つの歌」の第3曲である。「4つの歌」は1893〜94年に作曲され、パウリーネとの結婚を記念して彼女に献呈されている。いずれも力のこもった傑作でリヒャルト・シュトラウスの歌曲の中でも今日最も演奏機会の多いものである。この「ひそやかな誘い」は一種のセレナードであり、宴会の場面から2人きりで薔薇の園に出て口づけを交わすまでがスマートにそして官能的に描かれている。

2.子守歌

 作品41「5つの歌」の第1曲である。1899年に作曲された。絶え間ないピアノのアルペッジョが印象的な南欧の匂いのする明るい旋律が途中に転調を挟みつつ歌われる。マー・リッターに献呈されている。

3.愛を抱いて

 作品32「5つの歌」の第1曲である。1896年の作品で、妻パウリーネに献呈されている。甘美な曲調によってよく知られる3部形式の曲であり、中間部にも前部の音楽的素材をふんだんに使った一種の変奏である。

4.明日こそは!

 1と同じく「4つの歌」からの第4曲である。美しくも簡素な前奏に続いて祈りそのものともいえるような歌が歌われる。ピアノが声と独立して詩の第1行の終わりの部分から再びくり返されていく特殊な構成が名高い。

5.春の祝祭

 作品56「6つの歌」の第5曲である。この曲は母に献呈された。この時期のシュトラウスの代表作、問題作を多く含む曲集である。ギリシャ神話にちなんだバラード風の内容であり、狩りに出て死んだ美少年アドーニスの死を悼む年ごろの女達の祭りを陶酔的熱狂を学んだ音楽で描いている。


−第124回定期演奏会プログラムより−



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