「リベラ・メ」映画製作裏話

「リベラ・メ」映画チラシ2000年 韓国映画 119分
「リベラ・メ」
ヤン・ユノ監督
出演 チェ・ミンス
    チャ・スンウォ
    キム・キュリ

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「リベラ・メ」というのは”我を救いたまえ”という聖書から引用された言葉をタイトルとしている。
炎の中からレクイエムとともにメインタイトルが浮かび上がるオープニングからして、
異様なものを秘めた出だしだ。

この映画はそう複雑なストーリーではないので、
前知識無しに見るのも良いが、
ただ、ほとんど説明抜きに主要人物達が次々に火事場の中で登場し、いずれも消防士の防火服に酸素マスクを被っており、正直、混乱する。
また韓国の人の名は、私達になじみが無く、覚えにくい。
ある程度ストーリーを知った上で、見たほうが入りやすいのではないか。
実は私は劇場で本作品を2度続けて見た。
 一見荒々しいドラマ運びの中に、良く見れば細々と伏線が敷かれており、
2度目の方がむしろ楽しめた。
 連続凶悪放火犯と消防士の戦い。「バックドラフト」+「ダイハード」の迫力と宣伝されたが、
二つの映画の取り合わせはとても無理に思え、「バックドラフト」か「ダイハード」のどちらか寄りの映画だと思っていた。
ところがところが、「リベラ・メ」はその両方をがっぷり兼ね備えたドアクション火炎映画だったのである。
 まず犯人の青年が登場する。
この映画は初めから犯人役を観客に明らかにし、消防隊のメンバーは守りに徹することとなる。
伏せられているのは動機である。
実は主人公サンウ(チェ・ミンス)達は、かなり早い時期に犯人のそばまで近づく事が出来ているのだが、
(というより、犯人が犯行現場をうろついているのだが)
その動機が判らないため、目の前を横切られても、正体が掴めず、捕らえることが出来ないのだ。
 狙いは殺人である。あまり知られていないが、一般にどの国でも放火罪は窃盗や傷害より遥かに
重い刑罰が科せられている。放火はマッチ一本で子供にも犯せるが、多くの人々の生命財産を奪う悪魔の所業である。
 犯人は、狙った人物を現場におびき寄せ、あるいは閉じ込めた上で火を放つ。むろんひとたび放たれた炎はその人物だけでなく、大勢を巻き添えにビルを、街を、焼き尽くす。
 この映画は、殺人シーンが銃や刃物ではなく、燃え上がる炎に置きかえられた連続殺人ミステリーなのだ。
 
 韓国は映像の処理技術は日本より遥かに遅れている。
ミニチュアや合成技術は大したことが無い。しかし、ヤン・ユノ監督他の製作者達は自分達の技量の無さを良く自覚しており、ハリウッド映画「バックドラフト」の資料を徹底リサーチし、ビデオのカットを研究し尽くし、自分達に再現できることと無理なことを細かく分析し、困難を克服するために知恵を絞り、創意工夫を凝らした。
 仕上がりの粗いシーンもあるが、ここぞいう見せ場は大した迫力がある。
ヘリコプターショットでフザン市の空撮から、市街地の真中から黒く立ち上る煙がカメラに捉えられる。
 ヘリがビルに近づく。高層マンションが火を噴いている。回りに群がる野次馬、放水する消防車両。ライブの撮影で火事場が再現されるのを初めて見た。「タワーリングインフェルノ」の昔から、映画の中の火事場は私達の日常生活の場から切り離された場所で燃えているに決まっていたが、
ここではのっけからその前提がひっくり返されている。

 これはフザン市の全面協力により、実際に市街地の真中に立つマンションが炎上したり、
ガソリンスタンドや病院が爆破されたりしながら撮影が進められたためである。
 動員された消防車両300台、消防士のべ1,580名、LPガス6t火薬3tが投入された。
日本ではようやく各自治体に映画ロケ招聘の窓口が出来始めた程度である。
道路交通法や消防法にかかわるようなロケはとても無理だ。

映画の掲示板などで、
主人公達が現場でタバコを吸うシーンがあって、違和感を感じたという書き込みがあった。
自分も同じことを考えたが、
犯人もくわえタバコを着火装置に使用しているシーンがあって、
意図的な演出であることが判った。
私達にとって「火」はあまりに身近すぎて、ほとんど意識のレベルに達しない存在だが、
これは恐るべき凶器でもあるのだ、という警鐘である。

また殉職をたたえていないか、という指摘もあった。
うーむ、そう取れないこともない。
軍人や警察に比べて、社会保険上不利な扱いを消防士は受けているという話が、
出てきます。
この映画を見た韓国の大統領は消防士の保険基金制度を議会に提案、
実現の運びだそうです。
目立たぬところで命を掛けて、
社会の安全を守っている職業の方々がこうして見なおされ、
しかるべき処遇を得られるというのは立派なことです。
映画がその助けとなることもまた立派なことです。

死の恐怖に取りつかれ、職場放棄しそうになる同僚が居て、
主人公がなだめるというシーンなどが出てくるので
バランスは取れているとは思うのですが。

敵役のチャ・スンウォが交差点の向こうに立っている姿を
目の端に捉えたサンワが、言い知れぬ衝動に駆られて彼を追うというシーンが出てきます。
ダッシュして、ダッシュして、乗ったバスを追い駆けて、
バンパーにむしゃぶりついて、投げ出されるまでへばりついている。
脚本的には、まるで非論理的なシーンですが、
役者の存在感と演出で圧倒されます。
脚本の不備というか、不足を力技でねじ伏せるシーンというのは、
そうそうお目にかかれるものではありません。
チャ・スンウォ、 チェ・ミンスともにハリウッドスターもまっさおの魅力です。
 
 犯人ヒスの火に対する執着と知識は大変なものです。
「空気の流れに炎の動きが逆らって動いていた。まるで操られているかのように」
消防調査員のヒロイン、ミンソン(キム・キュリ)にサンワがつぶやくシーンです。
あの手、この手で火炎が消防士たちの防御の壁を打ち破っていく姿は悪魔的です。
矢継ぎ早のアイディアの連打に舌を巻きます。
煙の渦巻く密室で、どくどくと脈打つようにうねる炎を、
ガスマスクを持たず、床に這いつくばったサンワが睨みつけ、
「貴様に息が出きるなら、俺にだってできるさ」
人と炎がバックドラフト現象寸前の室内で酸素を奪い合う場面です。
 シュリ、USJのりのテンションの高い音楽が続きますが、
後半、チャ・スンウォ側のテーマとして、陣太鼓等を使った打楽器系のBGMが主旋律となります。
ここでネタばれ改行です。





「クリスマスのご馳走もプレゼントも用意できなくてご免よ。でも父さんは、、、、」




「父さんは消防士なんだっ!」





 全市協力のクライマックスに向かうところで、フル装備の消防士たちのかけっこがあります。
大火災の渋滞で路上で何台もの消防車が立ち往生します。
思い余った主人公達は、消防車を捨て、延べ二十キロにも及ぶフル装備の上に、
ホースや消火剤を背負って、雑踏を全力疾走し始めるのです。
非番で家族とともにささやかにクリスマスを祝うつもりで繁華街へ出かけたハンム(パク・サンミョン)消防士一家は、
このかけっこを目の当たりにしてしまいます。
 父親は、幼い双子の娘達に、そして貧しいながら良く家族を支える美しい妻に別れを告げ、
かけっこに参加するのです。
 そして一団となった主人公達は、同じく立ち往生する消防車の車体を叩いて走ります。
おうっとばかりにそれに応え、ホースを担いで次々に飛び出す街中の消防士達。
 走れ、走れ、地獄で助けを待っている人達を助けろっ
道行く市民達が喝采を贈り、子供達までもが、ともに路上を走ります。
かなりバカっぽいシーンですが、見るものを感動させずにはおられません。

  ヤン・ユノ監督は35才。本作品が5本目の監督作品でアクションものは初めてだそうだ。
それでこれだけ見せるのだから、韓国映画界おそるべしというものです。
  もちろん欠点がないわけではありません。アクションシーン、サスペンスシーンの緊張感の高さに比べて、
静かなシーンの演出が平凡で単調。脚本的には緩急の違いがあるのに、
演出されたものはつまらない。
映画全体が単調に見えてしまうのはそのためです。
犯人の幼年期を知る女医を除けば女優陣が魅力に乏しく、
消防調査員の美人のヒロインがいるのに活かされておらぬあたりは「何やってるんだ」ものです。
  しかし、監督はまだ若く、若手の俳優達はみな輝いている。今後の可能性は大きい。


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