「アリ」DVDレビュー
★映画基礎データー★2001年 アメリカ映画 157分 監督:マイケル・マン 脚本:マイケル・マン 主演:ウィル・スミス |
単純にわががま勝手な1ボクサーの半生ドラマというのをイメージして「アリ」に出かけて行ったのですが、なんか想像していたのとはずいぶん違う作品でした。
いまなぜ「アリ」なのか?
マイケル・マン監督といったら「ラスト・オブ・モヒカン」、「ヒート」、「インサイダー」と、闘う男のロマン、――といより、"揉め事を起こさなきゃ生きてけないヒーローたちのごたごたの日々"を描いてる監督ですど、
「アリ」については、モハメド・アリ当人より、アメリカの"ごたごただった日々"を描きたかったんじゃないかしらん、とかんぐってます。
数々の伝説に彩られたモハメド・アリの生きざまを、王座獲得と改名から、徴兵拒否とタイトル剥奪を経て、チャンピオンに返り咲くまでの10年間に焦点を当てた作品です。
それは社会から与えられたタイトルを、真に自分のものとするまでの苦難の道。
――の筈なのですが、背景にあるはずの黒人差別や宗教問題、貧困などが前面に出て、どこまでもアリの行く手を阻み、足をひっ張り続けてます。
私はスパイク・リー監督の「マルコムX」を見ているので、黒人のイスラム教徒の内部紛争などに多少の知識がありましたが、映画の掲示板などを見ますと、その背景が把握できず、難しい映画だったという感想が少なからず見られました。
新チャンピオン、カシス・クレイが突然イスラム教団に入信し、教祖様からもらった名、
「モハメド・アリ」(賞賛すべき人、と言う意味だとははじめて知った。)を名乗る。奴隷の名なんて名乗れるかって事だそうですが、絵描きをやってつましく暮らしいてる親の方が驚いてしまって、「ちゃんと食べさせて、服着せて、育ててやったじゃないか?」みたいなことを言ってかみ合いません。
マルコムXも似たようなことを言ってます。"本来名乗るべき氏名(うじな)は先祖がアフリカから連れてこられたときに奪われてしまった。名乗るべき氏の無い「X」だ。私はマルコムXだ。"
島国で千年以上もせせこましく暮らしてきた私達日本人には、彼らの苛立ちというのはなかなかに理解が難しいです。
マルコムXとアリの交流があったと言う話ははじめて知りました。(映画マルコムXには出てきませんでした。いや、出せなかったのか。) 一緒にアフリカへ行ったりして、かなり親密な関係だったらしい。それだけにマルコムXが凶弾に倒れた時の嘆きは深かった。いやらしいのが教団幹部の動きですね。結局のところ、彼らはアラーの神より自分らの保身の方が大事な連中です。アリはそのことに対して不満を口にはしていますが、改宗することはない。いまさらカシス・クレイには、戻れないということでしょうか。そこいら辺、きっちり決着がついてないので、見ててストレスを感じます。
しかしドラマはもっとおおごと、徴兵拒否に話が行く。話しの展開から行くと、陸軍の担当者がアリをあくまでカシス・クレイとして扱い、モハメド・アリと呼ばなかったことに本人が腹を立てたという風に見えてしまったのですが、私の誤解でしょうか?
マスコミに叩かれ、アリはマイクの前で抗弁します。「チャンピオンの俺が、弱いベトコンや日本人相手に戦えるか?」
この苦難の時代に出てくるスポーツ・ジャーナリスト ハワード・コーセルとの関係が面白いです。ジョン・ボイド(「パールパーバー」「トゥームレイダー」)が演じていますが、すごいメイクでパンプを見るまで実は彼とは気がつきませんでした。
マイクを向けた時は猛烈にアリを叩き、オフの部分では彼の行く末を案じている。単純にベタベタした友情でもなく、クールな仕事オンリーでもない。立場は違うが戦う男同士のエールがある。こういう関係は特に男には見ていて感ずるものがあります。
ウィル・スミスという黒人俳優は、「メイ・イン・ブラック」の片割れという以上の印象のない俳優でしたが、本作でずんずん男を上げました。徹底したトレーニングにより、ちゃんと世界チャンピオンに見える肉体を作り上げ、はじめとクライマックスのタイトルマッチを見事に戦っています。「蝶のように舞い、蜂のように刺す」とはマスコミの作った言葉だと思っていましたが、ウィル・スミスのアリは対戦相手にガンとばす場面で自ら叫んでいるところとか、「チャンピオンが来たぞー」と叫んで太鼓を叩くシーンとかは魅力的です。他方で罪の意識も無く次々女を取っ替えるあたりや、戦えない苦しみとかの表現は今ひとつ。内に秘めた狂気がオーラなって出てくるとツヤのあるシーンとなったのですが。努力したにもかかわらず、アカデミー賞の主演男優賞を取れなかった理由がそこいら辺にあるようです。
監督は復帰戦のジョージ・フォアマン戦で、地元の黒人達に「アリ、ボンバイエ」と叫ばせてます。ドラマ的にはそれで正しいのかもしれませんが、いささかフォアマンが可哀想。アリの中の内なる闘志が燃えたたれば、それで十分の筈で。なんだかフォアマンを全黒人の「われら共通の敵」扱いはちょっとね。車の中でアリがフォアマンに「本物のチャンピオンになりたければ戦え」と口説いてます。それにフォアマンは応えてるのだから。
あれこれ文句を書きました。それでも感じるのは、アリという男は、我々が知る以上にいろんなものと戦っていた人だと知ったことでした。彼の生き様を無条件に称えるでなく、非難するでなく、マイケル・マン監督は手堅く演出してます。凡百の伝記映画よりよっぽど出来はいいです。この時代のこの男のことは、映画ファンである無しを超えて、知っておくべき、見ておくべき一作です。
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