「アントキノイノチ」

「アントキノイノチ」映画チラシ■作品基礎データ
「アントキノイノチ」
2011年 日本映画
監督:瀬々敬久
脚本:田中幸子、瀬々敬久
出演:岡田将生 榮倉奈々

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高校時代のある事件がきっかけで、心を閉ざしてしまった永島杏平(岡田将生)は、
遺品整理業という仕事を通じて、“命”の現場に立ち会うことになる。
そこで久保田ゆき(榮倉奈々)という女性と出会い、おたがいに魅かれあう。
ゆきや、仕事仲間の存在により徐々に心を開き始める杏平。
そんなある日、杏平はゆきの衝撃的な過去を知る。
――そして、ゆきは杏平の前から姿を消してしまう。


2009年に発売され幅広い年齢層に支持され感動を呼んだ『アントキノイノチ』
(さだまさし著、幻冬舎刊 )。
本書が『余命1ヶ月の花嫁』、『Life天国で君に逢えたら』などで、
"命"というテーマと向き合い続けてきた制作チームにより、
2011年秋映画化されました。
主演を務めるのは、
2010年『告白』『悪人』などで躍進目覚しい岡田将生(21)(永島杏平役)と
『余命1ヶ月の花嫁』の榮倉奈々(23)(久保田ゆき役)。
昨年、両名とも第33回日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞、
若手実力派として注目されている2人の初共演作品です。
監督は瀬々敬久(50)。昨年公開された監督作『ヘヴンズ ストーリー』が、
第61回ベルリン国際映画祭で、
国際批評家連盟賞と最優秀アジア映画賞の2冠を獲得するという快挙を遂げました。
映画『アントキノイノチ』は過去に傷を負った若者二人が"遺品整理業"という
職業を通じて出会い、再生を遂げて行く、
人と人との絆を描いた、温かな感動作となっています。

「アントキノイノチ」見ました。

正しくは「あの時の命」なのだけれど、劇中では「アントキノイノチ」。
その心は? 他愛もない駄洒落ですが、ちゃんと映画のオチに繋がっています。

岡田君に榮倉奈々、どっちも良いです。
絵に描いた様な美男美女ですが、
二人に課せられたドラマはヘビーです。

美形キャラというあつかいになっていない。
特に岡田君は吃音からイジメにあっている。

関口という同じ山岳部の性悪男が腹立だしいです。
けれどいるんだよな、こうゆう奴、実際。
「おくりびと」みたいな作品だと思うと、
そうではなくて若い二人の話です。

遺品整理業社を題材にした小説は他にもあり、
さだまさしの独占のネタという訳ではないです。

映画の掲示板にはかなり手厳しい書き込みもありましたが、
私自身はそう悪い出来の作品ではないと思っています。

イジメや強姦などネガティブな要素が繰り返し出て来るので、
事前に辛口論評を見ていてちょうど良かったのかも知れません。

予備知識無しにガツンと見せられると私も拒否反応を起こしたかも。

ゆらゆら揺れるカメラが”気持ち悪くさせる”と書かれ覚悟して見ましたが、
揺れるのは岡田君の主観描写のみ、
ドラマが進み彼の気持ちが安定してくると画面も揺れなくなります。

ネタばれ改行です。


榮倉奈々が誘って岡田君が拒否するというのが
”星マイナスひとつ”という書き込みには笑わしてもらいましたが、
岡田君が抱える問題はセックスレスとは関わりないはず。
広い意味での対人恐怖ではあるのだろうけれど。

なんだか噛み合わないです。

榮倉奈々が死んで、
彼女の部屋を岡田君が整理するラストも”そうまでして観客を泣かせたいのか”と
抗議の書き込みがありました。

それはあんまりだ、というのはわかりますが
彼女が助けた女の子が「頑張ってますか~」に微笑むのは、
死と再生を意味するので無意味ではないと思います。

逆に世界が綺麗に閉じてしまい過ぎるので、
もう少し、バラけたラストでも良かったとは思います。

劇中で、遺品整理業クーパーズの先輩従業員として、
主人公の2人を見守る上司を演じた原田泰造にインタビュー。
自身の役どころや共演者について語って頂きました。

──完成した作品をご覧になっていかがでしたか?

原田:自分が出ていない部分も通して初めて観た時は、
岡田くんと榮倉さん演じる永島君とゆきちゃんがものすごく繊細で
傷ついていたことにビックリしました。
「ここまで傷ついてたんだ!」って(笑)。
永島君の高校生時代の傷とか、僕と一緒じゃない所のゆきちゃんと永島君の会話とか、
二人とも本当に頑張ったなと思いました。

──今回、原田さんが演じた佐相さんは、そんな二人の上司で、
佐相さんが間に入らなかったら二人は接近していなかったかも…という重要な役柄ですね。

原田:僕もそう思う(笑)。

──「飲みにケーションしてきなよ」と、二人に五千円を渡したりしますが、
我ながら、「自分に近いな」と思うところは?

原田:全くないと思いました(笑)。
佐相さんって、とても人間が出来ていて優しいですよね。
この役柄をやってみて、
後輩にこういう風に接しなきゃいけないんだなと思いましたね(笑)。
あと、普段、人と接していて、
その人がどれだけ傷ついている人なのかというのは分からないですよね。
どんな人にも優しく接しないといけないなと思いましたね。勉強になりました(笑)。

──遺品整理業という職種はご存じだったんですか?

原田:知らなかったですね。この台本を読んで初めて知りました。

──撮影前に、実際に遺品整理業社で働いて体験したそうですが、大変だったのでは?

原田:実は昔、変わった体験をしてみたいと思っていたことがあって、
この仕事が来たときに「僕なら出来るだろう」と思ったんです。
僕が(撮影前に)体験したのは、60代の男性が亡くなって二ヵ月後に発見されたという
一戸建てでした。
遺品整理業社にアルバイトというかたちで入って手伝っていたんですけど、
においと虫の数にはビックリしましたね。
先輩方は、「今日は軽い方だよ」と言って、マスクもしないで入って行きました。
映画でもそういうシーンがあって岡田くんに説明をしますが、とにかく、すごかった!

──一日体験してみて、続けられそうと思いました?

原田:結果、思いませんでした。引っ越し屋さんなので腰も痛めるし(笑)、
瞬時にその人のいい所だけを残して、他は、
燃えるゴミ・燃えないゴミ・リサイクル・ご供養品とか判断するわけですから、
大変ですね。

──そんな体験はうまく役柄に反映できましたか?

原田:ちょうどいいことに、僕がやった佐相のモデルの方がいたので、
その佐相さんと一緒に仕事しながら、彼の動きを全部真似していきました。

──共演者の岡田さんと榮倉さんは、どんな印象を受けましたか?

原田:バラエティでお会いしたことはあるんですけど、
一緒にガッツリと仕事をしたのは初めてでした。
よく、「少年がそのまま大人になったような人」と言いますけど、
岡田くんはまさにそれです(笑)。
トム・ハンクス主演の『ビッグ』という映画みたいに、
「本当は小学生だろ!」って言いたいくらい、素直なんですね。
でも、気がついたら僕も同じレベルで話をしてました。楽しかったです。
榮倉さんは、すごく合わせ上手というか、いつも笑っていて、人間的に出来てる人。
お母さんみたいな感じでしたね。
岡田くんと榮倉さんは映画の中でも心が通じ合っていますが、
現場はまるで親子関係のようでした。

──瀬々監督の現場はいかがでしたか?

原田:瀬々監督は、決して威張ったりしない丁寧な方で、すごく集中する方でした。
変な言い方なんだけど、言葉のチョイスが決して上手い人ではなくて、
みんなが監督の考えを聞き取ろう、読み取ろうと必死になり、自然に周りが集中していく。
この人の頭の中の映像を忠実に作りたいと思わせるので、
現場は我を通す人が一人もいなくて、すごいまとまっていましたね。

──最後に、これからご覧になる方にメッセージをお願いします。

原田:傷ついた若者たちが、遺品整理業という仕事をやりながら成長する姿を観て、
何か感じてもらえたらすごく幸せです。岡田くんと榮倉さんがとてもいい。
付け加えるならば、やっぱり僕もすごく素敵なので(笑)。
これを観て「こんな役柄も出来るんだ…」なんて思ってくれたら嬉しいです(笑)。


「一生懸命、自分の中から言葉を探してる」と岡田将生は言った。
作品や役柄についてではなく、
そのときのインタビューについて語った発言なのだが、
俳優・岡田将生の生き方そのものを表していると言える。
10代の頃から誰もが羨むような輝かしい成功の階段を上り続けてきたように見えるが、
その陰で常にもがき、自らと向き合ってきた。
だからこそ、映画『アントキノイノチ』で演じた主人公の杏平に対して、
まず何より感じたのは強い共感だった。
壊れた心を少しずつ再生していく杏平を演じながら岡田さんは何を探し、
何を伝えようとしたのか? その内なる思いを明かしてくれた。

映画冒頭、裸で民家の屋根の上に座り込み虚空を見つめる岡田さんの姿が映し出される。
高校時代のある出来事がきっかけで、心を壊してしまった杏平。
22歳の岡田さんは、自らが10代の頃から感じてきた思いを重ね合わせながら
物語と向き合っていった。

「ふと『何でおれは生きてるんだろう?』とか『これからどんな大人になって、
どういう社会で生きていくんだろう?』
ということを考えることが10代のときから僕自身ありました。
漠然とした不安を感じながら俳優という仕事をさせてもらって、
その中で僕はこの仕事が好きだと気づいて続けられている。
でも杏平くらいの頃は何も分からずにいて、
そのリアルさに『おれもそうだったな』とリンクしました」。

ある悪意に疲弊し自ら命を絶った友人。
その悪意の矛先が今度は自分に向けられることへの恐怖と戸惑い。
そして期せずして発見した己の内にある憎悪と周囲の無関心――。
そうしてバラバラになった心を、杏平は遺品整理業という仕事を通じて再生させていく。
こうしたひとつひとつの心の動きを岡田さんは丁寧に演じている。

「僕自身、いじめられた経験もあるし、
それがどんなにつらくて嫌なことか分かっています。
僕はまだ22歳ですが、そういうところを若い人にきちんと伝えたいと思ったし、
『分かりたい』って思う自分がいました。
何より、生に対してもがき、苦しんでいる姿、
少しずつ杏平が前に進んでいく姿がいいなと思えたんです」。

演技の面でポイントとなったのは杏平が生まれつき抱えている吃音(きつおん)。
杏平の周囲との距離感やもどかしい思いが伝わってくる。
一方で岡田さんは「映画を観る方に届いたらいいなと思った大切なセリフ」
に関しては監督に対し、
あえて吃音を含ませずにストレートに表現することを提案したという。

「榮倉(奈々)さん演じるゆきが過去を告白するシーンでの、
杏平の『自分がどうして生きてるか分からない』というセリフはすごく好きで、
それを吃音で言うべきかどうか悩みました。
あとは文化祭で杏平がみんなに問いかけるシーン。
あの心からの叫びでも吃音が出てないです。
あのセリフを噛んで言ってしまうと、ただもがいている一人の生徒に見えてしまい、
(周囲への思いが)伝わらないと思ったんです」。

ちなみに全編を通じて岡田さんのモノローグが入るのだが、
こちらも吃音はなく、落ち着いた口調で語られている。
物語の中でもがき、葛藤する杏平とは違う人物のようにも感じられるが…。

「あのモノローグは現在よりもずっと先の杏平という設定で、
少し達観した立場から語ってるんです。
僕は最初、そういう風に思ってなかったんですが、
監督から成長した杏平が過去をふり返るような形にしてほしいと言われて
『あぁ、なるほど』と思いました」。

先述の榮倉さん演じるゆきの告白のシーンを
「『いま生きてるんだな』、『息して、目の前の人と話してる』
というのを感じながらその場にいた」と述懐。
ゆきと杏平の出会いをこんな言葉で説明する。

「杏平にとってはいい時期に巡り合えた同じ傷を抱えた女性。
巡り合わせなのかなと思えました。
原作の小説や台本を読んだときから僕は親のような気持ちで
『お前、ゆきちゃんと出会えて本当によかったな』って思ってました(笑)。
それは巡り合うべき人だったし、傷をなめ合うのではなくて、
一緒に一生懸命考えて、“生きていく”ということを見出せる人。
僕自身、これまで良い出会いがたくさんあったし、それを必然と思いたい。
色々なところに行って色々な人と会って、新たな発見を求めている自分がいるんです。
それはいまでも思っているし、だからこそ現場が好きなんです」。

「終わったときは寂しくて、永島杏平という役から離れるのが嫌だなと素直に思えた」
と岡田さん。
クランクアップを迎えたその足で美容院に直行して髪を切り、
気持ちを切り替えたというエピソードからも役柄への強い思い入れがうかがえる。
ゾクリとするような歪んだ笑みを浮かべて悪意を体現した昨年の『悪人』、
己の内の悪意と憎悪に押し潰されて心を壊していく今回の『アントキノイノチ』と、
強く役柄を引きずってしまいそうなヘビーな作品で際立った存在感を放っているが、
出演作品を決める基準は?

「僕自身は作品選びにはタッチしてないです。
ただ、マネージャーや事務所の人には『こういう作品をやってみたい』ということは
普段から少し伝えています(笑)。
20歳を超えてから、高校生を離れて次のステップとして社会派というか、
メッセージ性の強い作品に携わりたいという思いはありましたね。
いまも違うジャンルの映画を観ると『こういうのをやってみたい』とか思います。
いまは…しばらく恋愛映画から離れていたんですが、
『ラブ・アクチュアリー』を観て幸せになったので(笑)、
ハッピーエンドのラブストーリーをやりたいと言ってます」。
探しているのはきっと言葉だけではない。時に疾走し、立ち止まり、泣いて、
叫んでまた歩き出し…。岡田将生の旅はまだまだ終わらない。


主演の岡田将生と、瀬々敬久監督に話を聞いた。

――まずはじめに聞きたいんですが、
やっぱりタイトルを聞くと思い浮かぶものがあるじゃないですか(笑)。
タイトルを聞いたときの印象と内容にはギャップがあると思うんですが、
岡田さんは最初脚本読んだときにどう感じましたか?

岡田「タイトル聞いた時は、ついにコメディ映画がきたか、
ついにそっち路線にもいけるなって思いました(笑)。
だけど最初に原作を読ませて頂いたときに、
すごく魅力的なキャラクターと、引き込まれていくストーリーに、
本当に1日で読んでしまうぐらいハマってしまい、
杏平をすごくやりたいって思ったんです。
すごく難しい役だとは思いましたけど、挑戦しようと思って」

――やりたいと感じた部分は具体的にどこだったのでしょうか?

岡田「僕も中学生、高校生のときにイジメられたこともありましたし、
先生に対しての不安もあるし、未来に対しての不安もあった。
自分がこれからどうなっていくんだろうっていう不安をずっと抱えながらやっていて、
そういう時って何していいか分かんないし、
毎日ずっと壁があるみたいな生活がすごく嫌だった。
でも杏平は過去にトラウマがあるのに、
人の助けを借りながらも少しずつなんですけど前へ前へ歩いていくんですよね。
その姿に、僕も一緒に変わりたいって思えて、
一緒に歩幅を合わせて杏平と歩きたいなって思ったんです」

――自分の気持ちとして近かったということですか?

岡田「今回、別に僕として見てもらっても全然いいですね。
もちろんお芝居はしてるんですけど、自分が持ってるものは全て隠さず出してた。
瀬々監督もドキュメンタリーぽく撮りたいから、
あんまり深く考えずに現場に来てほしいっておっしゃってたから、その通りにやりました」

――主役の2人は、感情のふり幅が結構ありますよね。
そのふり幅は役者にまかせるのか、監督がコントロールするのか、
その部分での演出はどうしてたのでしょうか?

瀬々監督「2人にとって大変なシーンがいっぱいあるわけですが、
とりあえずやって頂きます。
だけどやっていて感情がそこまでピークにいかない時ってあるじゃないですか。
そこは追い込むって言ったら言い方違うかもしれないえけど
…具体的にこうしろああしろとは言わないんですよ。他の言葉はいっぱい使うんだけど」

岡田「すごい分かりづらい(笑)。すごい遠回しに言うんです」

瀬々監督「そうだね(笑)。遠回しに言って追い込んでいくっっていうか。
普通ならテスト、本番って煮詰めていくんだけど、
本番中もどんどん変わっていくぐらいの気持ちはあったと思いますね」

――監督がイメージしてるものに近づけていくということでしょうか?

瀬々監督「僕がイメージしてるテンションで、ここまでっていうのはあるんですけど、
僕のイメージを超える瞬間もあるんですよ。
やっぱりそうなってほしいし、それが映画の面白いところ。
そういう瞬間は2人のシーンでいっぱいありました」

――そういったイメージを超えたシーンというのはどこだったのでしょうか?

瀬々監督「僕が個人的に岡田くんでいいと思ったシーンは、
高速道路の下でゆきちゃんが泣いて離れていって、杏平が近づいていくシーン。
そこの近づいていく顔が大好きなんです。
何もできない、でも何とかしなきゃいけないっていう、
すごく怒っていて、般若のような修羅のような顔をしてるんですよ。
そこがその後へ繋がるシーンなので、すごい大事でしたね」

――岡田さんにとって、今回の役で挑戦だった部分はありますか?

岡田「全裸?(笑)」

――(笑)

岡田「いやでもそれじゃないんですよね。
全裸は全然いいんだけど、台本から感じる生々しさを、
自分が表現できるかっていうか、自分がそう見えるかっていう不安はありました。
ただ僕は動きがあると感情が高まっていくというか、
それに身をまかしていくような…ダメですかね?」

瀬々監督「いやいやいや、分かる分かる」

岡田「どんどんやっていけばいくほど、
どんどんどんどん自分の中からすごいエネルギーが出てくる。
そのエネルギーと一緒にやっていけばいいなって思ってます」

――監督から見て、岡田さんはどういう役者だと思いますか?

瀬々監督「僕はジョニー・デップだと思ってるんですよ。
ジョニー・デップっていろんな役ができるじゃない。
綺麗な顔してるんだけど、すごくいろんなバリエーションをやってますよね。
普通、岡田くんの世代だと、こういう風に見せたい、
格好よく見せたいってところがどうしてもあるじゃないですか。
彼はそういうところがあんまりないっていうか、
割と素直にどう見られてもいいやっていうのがある。
そういう姿勢で役に立ち向かっていくので何でも出来るんだと思うんですよ。
だから『悪人』の役も出来るし、『告白』みたいな役もできる。
岡田くんの、役というより、人間に対する考え方がうまくいってるなって。
その立ち向かい方が1番素晴らしいなって思います!」

――監督が泣いてしまったシーンがあったと聞きました。
だけどそこでもう1回と言ったということですが、なぜもう1回だったんですか?

瀬々監督「今回は自分たちも入り込んだように撮りたかったんですよ。
だから手持ちカメラも多いんですけど、
自分たちも当事者であり、下手したら加害者であり被害者であるニュアンスを作りたかった。
観てる人にもそういう思いを伝えたいと思っていて、手持ちでのリアリティを取ったんです。
でも監督業ってどっか引いた視点もないといけないわけですよね。
だから感情移入して泣いたかもしれないけど、客観的にそのシーンを見てる自分もいるわけです。
僕が当事者としてお客さんとして泣いたかもしれない、でも演出家としてはもう1回って言ったんです」

――ラブホテルのシーンがすごい印象に残ってるんですが、岡田さんはどういう風に考えて演じたんでしょうか?

岡田「あそこで僕、すごい感情的になってたと思うんですけど、僕の中ではあそこまでなるつもりじゃなかった。
だけど榮倉さんのお芝居を見ると自分も変わっていった。
本当に今でも覚えてるんだけど、ゆきちゃんの気持ちも分かるし、自分もどうしていいか分からない。
でも僕たちはそれでも生きてるんだから、それは受け止めなきゃいけない。
それは男としてなのか、人としてなのかは分かんないんですけど。そう思ってやってました」

瀬々監督「化学反応が出来るんですよ。何かと融合して違うものを生み出すってことが、岡田くんは上手い。
上手いって言ったら御幣がありますけど、そういう役者としての楽しさを最近感じるようになったらしいんですけど、違う?」

岡田「そうでありたいですよね。そっちの方が絶対いいし、自然だし。
僕は常に自然体を目指してるので、どう見られようが何でもいいんです」

――杏平を演じたことで気づいたことはありましたか?

岡田「命のことは本当によく考えました。
もし身近な人が、親が急に亡くなったりしたらって考えるだけで悲しいし、
僕はまだ受け止められない。
そういう繋がりっていうものを今回改めて教えてくれた。
いつなくなるか分からない命を、今この時間も大切にしようとも思う。
ありがとう、ごめんね、バイバイっていうのも、人にちゃんと伝えないと、
相手が分かってるかも分からないですよね。
無縁社会っていうのもそういう繋がりなのかなって思ってるんですけど、
そういうことをこの映画をやって改めて教えられた」

――杏平とゆきは合わせ鏡のような、恋愛とくくれない関係だと思うんですが、
どういう関係を描きたかったのでしょうか?

瀬々監督「2つの孤独な魂があったら、それは引き合うんだっていうか。
ベタな恋愛ではなく、そういうイメージがあった。
引き合う途中の、どんどん近づいていく感じをすごく大事にしようと思ったんですよね。
言葉以上に大切なものは、セリフを言う前の間であったりする。
そういうことを大切に演じてもらったところはありますね」

――岡田さんは、杏平にとってゆきはどんな存在だったと思いますか?

岡田「全く知らない人から大切な人に変わる。
恋愛とか、付き合うとかいう愛の表現じゃなく、
大切な人っていう愛の形だったのかなって思います」


杏平を演じた岡田将生と、ゆきを演じた榮倉奈々が、作品に対する熱い思いを明かした。

Q:心に傷を負った杏平とゆきが、とてもリアルで切なかったです。
役づくりのために、事前の準備が必要だったのではないですか?

岡田将生(以下、岡田):杏平は吃音(きつおん)を抱えた少年だったので、
撮影前に吃音(きつおん)についていろいろと勉強させていただきました。
人それぞれ症状が違うことを知って、
杏平の吃音(きつおん)というのを考えなければいけないと思ったのですが、
答えが出せないまま撮影が始まってしまいました。
現場で、瀬々監督と話し合いながら、その答えを見つけていくのが大変でした。

榮倉奈々(以下、榮倉):このお話をいただいたときから撮影までに
4か月も時間があって、悲しい経験を持つゆきの気持ちを想像しようとしたんですが、
頭の中で考えているだけだと、どこまで自分を追い込んだらいいのか、
収拾がつかなくなってしまって。
だから、早く現場に入って監督と話をしたくて、撮影が始まるのを待ち望んでいました。

岡田:僕も早く現場に入りたかったです。でも、入るのが怖いという気持ちもあって、
「あー、あと1週間か……。もう明日か……」と考えてしまいました。
「この役をちゃんと全うできるのだろうか? 
撮影の1か月間を乗り越えられるのだろうか?」という不安は大きかったですね。

榮倉:岡田くんは、撮影前にわたしに「ごめん、迷惑掛けるかもしれない」って
謝ったんですよね。

岡田:そうそう、先に謝っておこうと思って。男としてはちょっと情けないけど。

榮倉:わたしもそう思っていたから、「こっちこそごめんね」って返しました。

Q:杏平とゆきの感情があふれ出るシーンに圧倒されたのですが、撮影が終わった後も、
役の感情に引っ張られたりしませんでしたか?

榮倉:わたしは、映画の撮影中って友達と会えないんです。
オンとオフの切り替えがうまくできないんですよ。
ゆきちゃんの気持ちになるためには、
自分自身が幸せであってはいけない気がしちゃって……。

岡田:ストイックですねえ。

榮倉:そうかなあ。たぶん、本当にお芝居がうまい人は、
そんなこと必要ないと思うんですが、わたしは自分に自信がないから、
そうやって自分を追い詰めていかないとだめなような気がしちゃうんです。

岡田:僕なんて真逆ですよ! 大変なシーンがあったら、
「次の日は休みだ!」と思うことでモチベーションを上げていますからね。
「この日を乗り越えたら未来があるんだ!」といつも自分に言い聞かせています。
まるでサラリーマンの金曜日(笑)。
僕って、本当は役者よりもサラリーマンが似合うタイプなのかもしれない(笑)。

榮倉:それを言ったら、わたしも新橋のOLですよ。新橋に住みたいくらい(笑)。

Q:岡田さんは、気持ちの切り替えが早い方なんですね。

岡田:ただ、今回の作品では、気持ちを切り替えるということは
あまり意識していなかったような気がします。
自分自身と杏平とが重なる部分がたくさんあったので、
役として生きているときの一瞬一瞬を大切にして、
自分の気持ちを探っていこうという感じでしたね。

榮倉:どうやって役と向き合うのかって、作品ごとに変わっていくと思うんです。
わたしも、もっと楽になれる日が来るかもしれない。いつかそうなりたいです。

Q:お二人は、撮影の前に遺品整理業の現場を経験されたそうですが、
そこで何を感じましたか?

岡田:僕たちがお手伝いをした部屋は、亡くなった方の生活感があふれていて、
最初は何をしたらいいのかわからなくて戸惑いました。
でも、作業しているうちに、「これは思い出の品だからご供養品」「これは不要品」って、
自然にわかってくるものなんです。それは、とても不思議な感覚でした。
きっと杏平も同じことを考えているんだろうなと思えたので、
遺品整理業を体験できて本当に良かったです。

榮倉:「ここで人が生きていたんだ……」と思うと、
いろいろな感情がわいてくるんですけど、
今回お世話になった“キーパーズ”の皆さんは、個人的な感情は一切出さずに、
とても手早く作業を進めていくんです。
亡くなった方への思いがありながらも、
ちゃんと仕事として割り切っているところがプロだなと感じたし、
それが優しさなのかもしれないってすごく思いました。

Q:本作は、第35回モントリオール世界映画祭でイノベーションアワードを
受賞しましたが、映画祭はいかがでしたか?

岡田:すごく楽しかったです!

榮倉:あんなに観客の方々の生の感想が聞けるなんて、日本では考えられないですよね。
観客の方々との距離が近いので、本当に楽しかったです。

岡田:映画好きの人たちが集まっているので、
記者さんの中にもコアな質問をしてくる方がいるんです。
例えば、「セリフが少なかったけど、表情だけでお芝居をするのは大変だったのでは?」
とか……。

榮倉:それから、瀬々監督の大ファンの方がいて、
「監督は暴力を描かれることが多いですが、
この作品における暴力にはどんな意味があるんですか?」とか。

岡田:そう、ものすごく深いことを聞いてきたりして、日本との違いが面白かったです。

榮倉:宿泊したホテルに映画を観た方が泊まっていて、
「すごく良かった!」って声を掛けてくださったり、ライターさんもすれ違いざまに
「観たよ!」って言ってくださったり、フランクな雰囲気があってよかったです。
貴重な体験でした。

Q:お二人は、この作品からどんなメッセージを感じましたか?

岡田:この作品には、いろいろなテーマが入り交じっているのですが、
一番明確なのは、「人と人がつながっていくことの大切さ」なんです。
観ればきっと何かを感じてもらえる作品になっていると思います。

榮倉:わたしにとって、いろいろなことを考えるきっかけになった作品です。
観る人の性別や世代や環境によって、それぞれが違うテーマを感じるかもしれません。
観た方々が、何かを考えるきっかけとなる作品になったらうれしいです。…


以下はネタバレとなるのでmixi独身映画ファンコミュニティ
http://mixi.jp/view_community.pl?id=1299114
にて「アントキノイノチ」の頁をご覧下さい。



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