「僕の彼女を紹介します」映画製作裏話
★映画基礎データー★「僕の彼女を紹介します」 2004年 韓国映画 監督脚本 クァク・ジェヨン 出演 チョン・ジヒョン |
mixi(ミクシー)「独身社会人映画ファンコミュニティ」に入ろう!
「僕の彼女を紹介します」は試写会に出かけています。
国際フォーラムのプレミア試写会で、
主演女優のチョン・ジヒョン、クァク・ジェヨン監督
チョン・フンタクプロデューサーの舞台挨拶がありました。
七時からの開演なのに開場は六時から。
四時から座席券配布があるので五時半過ぎにフォーラムに行きましたが、
女の子でごったがえしていて、「あまり券くださあぃっ」攻撃。
断るとみんな半泣きになるので、こりゃいったいどういう事かと。
正面玄関を二つに分けて一般入り口と関係者受付にしており、
関係者の上がり口の階段には報道陣がカメラ、ビデオを構えてズラー。
人だかりに紛れて踊り場に張ってました。大神いずみとサッカー選手、キャシ
ャーン出てた男性モデル、演歌歌手とかは分かりましたが、
元X JAPANのYOSHIKIがチョン・ジヒョンをエスコートして階段を上がってきて、
やんやの喝采。
野次馬に「撮影禁止」と警備員が叫んでましたが、
みんなして携帯のカメラを撮りまくってました。もちろん自分も撮りましたが。
チョン・ジヒョンの姿に女の子たちは「お人形さんみたい」と呆然とつぶやいてました。
生で見るとスクリーンより見劣りするのが芸能人の常ですが、
彼女の場合は本人の方がよっぱど美人でした。
彼女、カメラ写りの悪い人だったのですね。
高いヒールも履いていたんでしょうが、YOSHIKIと身長が同じなのにビックリ。
女性としては“どでか女”の筈なのですが、
それでいてめちゃくちゃかわいいというのが不思議。
上映後にYOSHIKIがMy Pianoを会場に持ち込んで「Tears」生演奏というイベン
トがあり、
結局三時間以上の試写会になりました。
YOSHIKIが日本のファンの前に姿を見せるのは2年ぶりだそうで、
どうりでファンの女の子が入場券を欲しがるわけです。
ジェット機でスケルトンのグランドピアノをアメリカから運んだんでしょうか?
ブルジョア・ミュージシャンは嫌ですねえ。笑
チョン・ジヒョンが青いブルゾンの一団に手を振っていたんですが、
連れの話だと「あれは韓流ファンの目印」とのこと。
ヨン様の来日のときも、青いブルゾン軍団が出迎えていたようです。
特定のおっかけのユニフォームというのではなしに、
韓流ファンは青いブルゾンでアピールするのがお約束なのだそうです。
「僕カノ」の原題は「WINDSTRUCK」、
先に公開した中国では「野蠻師姐」。←なんて読むんだろーね、なんとなく意味は察しがつきますが。
街角に響く女性の悲鳴。引ったくりだ。
婦警のヨ・キョンジン(チョン・ジヒョン『イルマーレ』『4人の食卓』)は猛然と男を追いかけ、
コ・ミョンウ(チャン・ヒョク『火山高』『ジャングルジュース』)を
取り押さえて署に連行する。
ところが、彼は犯人ではなく、
本物の引ったくりを捕まえようとしていた市民だったことが判明する。
女子高の新任教師ミョンウは、歓楽街の生徒補導を受け持つことになり、
警察に相談に行く。彼の担当として紹介されたのがキョンジンだった。
撫然とするミョンウ。
ミョンウとキョンジンは連れ立って夜の街にパトロールに出かけるが、
過剰な正義感と思い入れの激しい性格のキョンジンは、
徘徊していた高校生グループとケンカを始めたり、
麻薬密売組織の銃撃戦に巻き込まれたりと、
たちまち嵐のように騒動を引き起こすのだった。
韓国映画史上最高の興行収入を記録した『猟奇的な彼女』の
監督クァク・ジェヨンと女優チョン・ジヒョンのコンビの新作ラブストーリーです。
この作品、前半は景気良くぶっ飛ばして面白く、後半は暴走しすぎて
ドラマが破綻してます。
クァク・ジェヨンは小技のめちゃくちゃ上手い演出家ですが、
前作「ラブストーリー」もそうでしたが、あまり構成力のある脚本を書ける人
ではありません。
後半にどんでん返しを畳み掛けたいらしいんですが、
毎度かなり無理矢理です。
飛躍と誇張は映画の武器ですが、出鱈目、どんぶり勘定と一緒にしちゃだめです。
チョン・ジヒョンは女子大生モデル出で、
破滅型ならぬ破綻型で売り出した美形キャラ女優ですので、
かなりのムチャでも絵がもちますが、たとえば「冬ソナ」のチェ・ジウとかだったら、
とてもじゃありませんが見てらんないだろうな。
不良高校生をねじ伏せてから、
麻薬密売人(?)を見かけて尾行すると言い出すキョンジン巡査に、
「応援を呼んで僕らは帰ろう」とミョンウ先生。
キョンジン巡査はミョンウに手錠をかけて無理矢理、尾行に同行させる。
いろいろあって署に戻ると、手錠の鍵も同僚たちごと出かけていて手錠がはずせなくなる。
しょうがなくて手錠に繋がれたままふたりは巡査のアパートで一夜を過すことになる。
むちゃくちゃですが、ここいら辺はひたすら笑えました。
洗面台の前で手錠で繋がったまま上着を脱いで顔を洗う。
袖からはずせないので相手に服を着てもらう。
二人羽織みたいなことを先生と巡査が始め、
キョンジンは化粧を落とすクリームで顔をごしごし。
そりゃあもう、客席の女の子たちは爆笑・大爆笑。
「猟奇的な彼女」のチョン・ジヒョンは女子大生役でしたので、
女子大生ファッションでしたが、本作では婦警ですから体育会系です。
初登場の場面でもジャージの上下でした。
ええと韓国に銭湯ってあるんでしょうか?
巡査は洗面器手にしてひったくりを追いかけてましたし、
捕まえたミョンウをピンクの濡れタオルで縛ってます。
ミョンウが「僕じゃない」とじたばたすると、シャンプーを顔にすり込んで
「抵抗するんじゃないのっ」「痛いっ、目がいたイッ」
夜を共に過ごした後、キョンジンとミョンウの距離はぐんと近づきます。
ミョンウはムチャを続けるキョンジンが心配らしく、
捜査現場に押しかけるようになりますが、この展開は苦しいです。
町の婦警さんとして迷子の世話でもしているならともかく、
彼女はパトカーのパトランプを回転させて大抵凶悪犯を追いかけている。
捕り物場面に女子高教師が次々に現れて巻き込まれては活劇になる。
そもそも活劇って必要なのでしょうか?
笑いの指向に拠るのだけれども、
婦警と女子高教師のラブコメなら、銃撃戦はいらないんじゃないのかな?
YOSHIKIが試写会で演奏してるのは、「Tears」が挿入歌とて使われているからです。
YOSHIKIは韓国のバンドのプロデュースを始めたようで、そのバンドが劇中曲演奏しているんでょう。
強引な展開を名曲で誤魔化していると取れなくも無い。
彼女の部屋で一緒に晩御飯を食べるところで、
キョンジンが双子の妹で、死んだ姉が警官になりたがっていたのだという
話が出てきます。
デジタル合成でチョン・ジヒョンの二役の双子の姉妹の登場場面が出てくるのは、
面白いですが、
もともとピアノ好きの彼女が巡査になって、どんな生きがいを見つけたのか、
警官という仕事とどう折り合いを付けようというのか、
その後の展開で明らかになってません。
ミョンウが「君は君だろう」というようなことを言って、
更にピアノで黒鍵を弾かないという彼女のピアノの黒鍵を白く塗りつぶしたりして
カードを付けて、
「君のピアノが聞きたい」などといっていてます。
双子の話はピアノの黒鍵の話にすり替わって、
ふたりの愛の小道具に役割が限定されていて、
彼女が自分のアイデンティティの
問題をどのように決着付けたのか出てこないです。
これはちゃんと答えが欲しかったです。
考えようによっては、キョンジンという女の子の過激な言動は、
自信の無さの裏返しという風にも取れます。
ネタバレ改行です。
こころの拠り所をミョンウに委ねてしまっているものだから、
彼を失った途端、メロメロになったのかな?
彼女は飛び降り自殺も含めて数回自殺を企てるのですが、
すべてしくじってしまう。
虚無的になって犯罪捜査に熱中するようになる。
一見饒舌な語り口の映画のようで、肝心なあたりがすっぽ抜けていて、
後半、刑事になった彼女がハードボイルド調にガンファイトに走る
姿が共感しがたいです。
そのあとドラマは突然、「ゴースト」になる。
彼女のムチャはどんどんヒートアップし特番の「西部警察」か映画版「あぶない刑事」みたいになっていきますが、
死にそうになっても何度でも生き返り、
彼女は自分を守ってくれるミョンウの存在を感じるようになります。
冒頭の曲はボブ・ディランの「Knockin' on Heaven's
door (天国の扉)」です。
この映画では、「猟奇的な彼女」でチャ・テヒョンの妹?役をしていたYoumeが唄っています。
ちなみに、チョン・ジヒョンが劇中に弾いていたピアノの楽曲は、エリック・サティの「ジムノペディ第1番」です。
そもそも、映画は高層ビルの屋上から飛び降り自殺しようと
身を投げるギョンジンの姿から始まっているので、
死ぬの生きるのの伏線は張りまくってはいるんですが、
なんかこう、「泣け泣け」と催促されているようで付いてけません。
幽霊のボディカードは49日まで、という話になって、
最後の日にギョンジンの前に現れたミョンウは、
“僕の魂に似た運命の人と君は出会うだろう”と告げて昇天します。
で、ギョンジンはミョンウに後姿の似た青年を地下鉄まで追いかける。
それが“運命の人”というわけらしくて、
きょとんとしている青年にミョンウの声が語りかけます。
「僕の彼女を紹介します」
うそだろーーーっ!?
見ているこっちが客席から転げ落ちそうなオチになって、
ギョンジンと青年がアイコンタクトで微笑みあってエンド・マーク。
信じられないことに、これで終わっちゃうのです。
ばらばらに見えてしまう脚本を何とか解釈するとですね、
題名からしても始まり方からしても
完全にミョンウ(男)側からの視点で描かれているのに、
途中からギョンジン(女)の内面中心の描写になるので
ほとんどの人は感情移入しにくいよって言ってもいいのですが。
彼が死んだ後の話は、結局、後日談でしかないので、
それを延々と引っ張られてもね。
これでオワリかなと思ったところが何度もあり、
最後にはグッタリしちゃいました。
途中で終わっていたらあー良かったなと思えたかもしれないです。
それとカメラがぐるぐる回りすぎですね。目が回るよーーっ。
チョン・ジヒョンという女優さんは、共感によって好感度があがるというタイプでなくて、
外側からほれぼれと見上げるところに魅力のある人です。
いまいちどその点に立ち返り、脚本を練り直すとこの作品は面白くなったと思いますね。