「チョコレート」映画製作裏話

「チョコレート」映画チラシ★映画基礎データー★
公開名「チョコレート」原題「Monster's Ball」
2001年アメリカ映画 113分
公式サイト http://www.gaga.ne.jp/chocolate/
監督:マーク・フォスター
脚本:ミロ・アディカ
出演:ハル・ベリー、ビリー・ボブ・ソーントン

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「チョコレート」を見て思い出したのが「ジョン・ジョン・イン・ザ・スカイ」という映画。
これも同様にディープ・サウスの差別意識が色濃く出て、それが深い陰影をなしている作品です。
あれは進歩的な、東部的な奥さんと、保守的な、南部的な旦那がもめる話を子供の側から描写したドラマで、喧嘩がこじれて銃で撃つ騒動になります。
映画紹介番組では本作品は「恋愛映画」と紹介されることが多いのですが、
これは男女の交感を描いた作品ではあっても、恋愛映画と見るのはちと苦しいです。
某掲示板には、この作品をして、「ハンク(ビリー・ボブ・ソーントン)とレティシア(ハル・ベリー)の周りから都合良く人が消えていって最後に二人が残った」と書かれているのを読んで、さすがに、それはないでしょう!と思いましたが、
二人の関係は対等とは言い難く、
それぞれが受けとめた不幸の大きさがふたりの関係の始まりである事には違いないので、
セックスはあっても普通の恋愛ではないよなぁ、と。
いえ、恋愛映画ではないよなぁ、と考える次第です。

マスグローブという死刑囚の刑の執行を行った看守ハンク。
息子の自殺に衝撃を受けた彼は、新たな人生を歩み出そうとする。そんなときハンクは、偶然にもマスグローブの妻レティシアが困り果てているところを救うのですが……。
『ソード・フィッシュ』の美人女優ハル・ベリーがアカデミー主演女優賞を取りました。
共に愛する者を失った男女が、肌の色の違いを越えて心を通わせる様を、深みのある演出と演技で描きます。
原題は「Monster's Ball」。
死刑執行人が死刑前夜にするパーティーのことだそうです。
…死刑前夜パーティねぇ、かなりグロなイメージが。
作品の中ではマスグローブの死刑の前夜、ハンクのスケッチを描いたりするのが出てきます。
「ダンサー・イン・ザ・ダーク」の絞首刑のシーンから比べるとかなり大人しい描写ですが、後味の悪い死刑があってそれがきっかけでハンクと彼の息子の関係が決定的に壊れてしまう。
かたや死刑囚の家族のレティシアも家の追いたてを食うわ、息子は雨の中で車にひかれるはで、散々な目にあう。
以下ねたばれ改行です。




私は当初、ビリー・ボブ・ソーントンが主人公で、ハル・ベリーが相手役と言う風に見ました。
少なくともドラマの前半はハンクの側がもっぱら動き回って話が進みます。
しかし、レティシアが自分の指輪を始末してハンクにプレゼントを用意するあたりからラスト、ハンクが夫を処刑した看守と知り呆然とした表情のまま庭の墓
(あれはハンクの母、妻、息子の墓標だそうですが)をみやる芝居があって、ハル・ベリーが猛然と話の主導権を握っていきます。
この話はここでふたりの人間の再生のドラマであることがはっきりするわけです。
クライマックスにおいて、人種の問題より、愛する者を失った時、如何にして立ち直るのかがテーマとしてクローズアップされます。
本作が現代的であると言うのは、立ち直ることが良いことだとも頭から肯定されているわけでもない、というあたりですね。
昔のハリウッド映画なら、くじけた人をドラマ的必然でよってたかって立ち直らせてしまうようなところがあり、立ち直った人は笑顔で感謝し、「私は立ち直りました」と宣言しなければならない。そういう呪縛から逃れたラストがあのオチなんです。
これが「真夜中のカウボーイ」の頃のニューシネマ時代だと反対にもっと、突き放したラストになるはずですが、
そこが現代の癒しの時代の映画で、
星のほとんど見えないような夜空の下で、男は「君を大切にするよ」とやさいしことを約束し、
女も「私に優しくして欲しい」と言うわけです。
(愛して欲しい、といわぬあたりがこの作品らしい。)
劇場公開時は当初単館公開だったものが好評で少しづつ拡大公開されていきました。
こうした味わい深い作品が観客の支持をうけ拡大公開されたのはすばらしいことだと思います。


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