「小さな村の小さなダンサー」
■作品基礎データ 「小さな村の小さなダンサー」 2009年 オーストラリア映画 監督:ブルース・ベレスフォード 原作:リー・ツンシン 『毛沢東のバレエダンサー』(徳間書店刊) 脚本:ジャン・サーディ ダンス場面の振付:グレアム・マーフィー 出演:ツァオ・チー |
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リー・ツンシン(ツァオ・チー)は1961年、
中国山東省の小さな村に7人兄弟の6番目に生まれた。
家は貧しかったが、しっかり者で愛情深い母(ジョアン・チェン)に育てられた彼は、
気丈な少年になっていた。
11歳になったある日、毛沢東夫人で、元女優の江青が政治的な文化政策として始めた
バレエの英才を探すために北京からの視察団が学校にやってくる。
毛主席を熱愛する当時の子供たちは、理由を聞くこともできず、
ただ、品定めされるような視線に耐えていた。
彼らは、収穫がなかったと諦めて帰ろうとするとき、担任の先生がリーを推薦する。
「あの子はどうでしょうか?」。
その一言で、彼の北京行きは決定し、村では英雄が生まれたかのように大騒ぎし、喜ぶ。
しかし、両親はこのままずっとリーと離れ離れになってしまうのでは、
と暗い気持にもなったが、このチャンスを活かして欲しいという想いと、
毛主席への忠誠心からリーを送り出す決心をする。
こうして、リーは大好きな家族と離れて、初めて都会の北京へと移り、
舞踏学校に入ることになった。
入学後は厳しいレッスンが続けられるが、
愛国心をあおるバレエの訓練に最初はなじめないリーは
ダンサーとしては落ちこぼれていた。
それから数年経ったある日、チェン先生は本物のバレエの美しさを彼に教えようと
密かに持っていた古典バレエのテープを貸し与えた。
リーは始めてバレエの素晴らしさに感動し、踊りにのめり込むようになる。
しかし、チェン先生が江青夫人の方針に反抗した疑いで政府に捕えられてしまう。
当時の中国ではそれは二度と会うことは出来ない別れを意味していた。
しかし、時を経て、中国で改革開放が実現していこうとする最中、
青年となったリーに意外なチャンスが舞い込む。
中国を訪ねたアメリカのバレエ団の招きで、バレエ研修に参加することになったのだ。
こうしてリーは初めて自由な西洋の国、アメリカの土を踏む。
彼はヒューストンのバレエ団の主任ベン(ブルース・グリーンウッド)の家で
暮らすことになった。
文化も言葉も違う異国に最初は戸惑いを隠せないリー。
共産圏で育ったリーにとって、
そのカルチャー・ギャップはあまりにも大きかった。
片言の英語を話しながらダンスの修業に励むリーは、やがては頭角を現し、
ケガで出演できなくなった人気ダンサーの代役をつとめることになった。
しなやかなダンスを披露したリーはこの舞台で拍手喝さいを浴び、
以後、ダンサーとして認められていく。
そして、同じダンサー仲間のエリザベス(アマンダ・シュル)と深く愛し合うようになり、
遂に結婚、亡命を決意する。
彼のこの決断は大きな波紋を呼ぶ。
中国側の領事館に監禁され、一時は強制送還されそうになるが、
弁護士フォスター(カイル・マクラクラン)の協力もあって、
アメリカへの亡命が認められる。
しかし、これには過酷な条件がついていた。
リーは2度と中国に戻れず、大事な家族と会うことも許されないのだ。
家族思いのリーは苦悩するが、ダンサーとしての未来を信じ、
アメリカでダンサーとして、さらに修業に励む。
アメリカで住民権を得た彼は踊りの世界でもさらに認められていくが、
やがて妻エリザベスとの結婚生活は暗礁に乗り上げ、
彼女はリーを残して家を出てしまう。
胸の奥で遠い故郷にいる家族への思いを募らせるリー。
そんな彼に奇跡の再会の日が訪れようとしていた……。
シネコンのおかげでかなりマイナーな作品でも、
メジャー館で見れるようになりましたが、
この作品は久々に渋谷の文化村まで出かけて見ました。
実在の中国出身のダンサーの自伝が原作です。
共産圏のクラシックダンスの事情はほとんど情報がなく、
”凄い”と言われる中国の舞台も見る機会がありません。
謎に包まれた文化大革命前後のダンサー育成の実体が映像化された
ほとんど最初の作品ではないでしょうか。
創作された脚本のような紆余曲折はなく、
かなり直球勝負の作風ですが、
それで十分面白かったです。
養成学校の教授達が僻地の小学校に候補生を探しにやって来る。
貧乏農家の六男が、何がいいのかも解らぬまま選抜され、
地方都市でのオーディション大会も通過してしてしまう。
田舎役人達が家に押しかけ、三世代に渡る身許調べの挙げ句、
合格を告げられる。
爆竹鳴らして村を揚げてお祝いして送りだされたからには、
もう逃げられない。
トラの穴みたいな養成所で、
毛語録とバレーを叩き込まれる。
「リトルダンサー」と比べる書き込みが映画の掲示板にありましたが
子供が主人公と言う以外
世界が違い過ぎます。
映画化の話は、亡命後すぐにあったそうです。
が、中国にいる家族にどんな迷惑が及ぶか分からず
断ったとか。
今の中国が望ましい自由な世界に成りおおせたのかは
相当疑問ですが四人組を悪人にしておけば、
この位の作品は作れると言う事です。
おっと、この映画は中国制作ではなくて、
中国公開の予定もありませんでした。
映画の原作となっているのは、リー・ツンシンが自身の人生について綴った
自伝「毛沢東のバレエダンサー」(徳間書店)で、
この本は映画の製作されたオーストラリアでは
1年半に渡ってトップテンのリストに名前を連ねていた。
『シャイン』でアカデミー賞候補となった脚本家ジャン・サーディは、
この映画でコンビを組んだプロデューサー、ジェーン・スコットに
映画化の話を持ちかけた。
やがて、オーストラリア出身で、『ドライビングMissデイジー』で知られる
ブルース・ベレスフォード監督も企画に加わり、映画化が動き出す。
特に難航したのは主演の男優選びで、完成したシナリオを読んだ監督は、
「こんな役を演じられる男優など、見つかるはずがない」と思ったという。
リーは若く、ハンサムな青年で、その上、並はずれたダンサーでなくてはいけない。
さらに2ヶ国語を操って、複雑な心の機微を演じる必要もある。
いい男優が見つからない限り、映画化をあきらめる覚悟さえしていた製作陣だが、
幸い英国バーミンガム・ロイヤル・バレエ団の花形プリンシプルである
ツァオ・チーと運命の出会いを果たし、念願の映画化が実現した。
彼は「白鳥の湖」をはじめ、息をのむ本格的なダンスナンバーも披露する。
劇中のダンスシーンは日本でも2010年10月に公演が予定されている
オーストラリア・バレエ団の数多くの作品を手掛けた振付師、
グレアム・マーフィーの協力を得て構成されている。
なお、英国バーミンガム・ロイヤル・バレエ団も2011年に来日公演が予定されている。
リーの母親役に『ラスト、コーション』の名女優ジョアン・チェン、
彼に協力する弁護士のフォスター役に人気ドラマ『デスペラードな妻たち』の
カイル・マクラクラン、
リーの恋人エリザベス役に『センターステージ』のアマンダ・シュルが扮し
リーを支えるアメリカのバレエ団の主任ベン役に『カポーティ』の
ブルース・グリーンウッド、
判事ウッドロウに『真夜中のサバナ』のジャック・トンプソン、
リーの父親は『盲井(ブラインドシャフト)』のワン・ツァンバオが扮している。
また、少年期のリーはこれが映画デビューで、体育学校出身のホアン・ウェンビン、
青年期は現在オーストラリア・バレエ・カンパニーのメンバーである
グオ・チェンウが演じている。
スタッフは撮影監督に『幸せになるための27のドレス』の
ピーター・ジェームズ、プロダクション・デザインは
『グッドマン・イン・アフリカ』などでベレスフォードと組んでいる
ハーバート・ピンター、
編集は『トゥームレイダー』のマーク・ワーナー、
音楽を『マスター・アンド・コマンダー』のクリストファー・ゴードン、
衣装デザインを『ピッチ・ブラック』のアン・ボーゲシが担当している。
映画『小さな村の小さなダンサー』について、
ブルース・ベレスフォード監督と主演のツァオ・チーが語ってくれた。
同作は、リー・ツンシンの自叙伝を基にした感動ドラマ。
毛沢東の政権下で生まれたリー(ツァオ・チー)が、亡命を決意したことから、
それに反対する中国政府とリーを受け入れようとするアメリカの対立が起こることになる。
実在するダンサー、リー・ツンシンを演じたツァオは、リーとのつながりについて
「僕は、リーと同じ北京舞踏学校でトレーニングしていたし、
僕の両親は、リーが生徒だったときに住んでいた寮の寮長をしていたんだ」
と意外な事実を教えてくれた。
ベレスフォード監督を紹介してくれたのも、リー本人だったのだという。
現在のツァオは、イギリスを中心に活動しており、
映画にはまったくかかわっていなかったため、
リーの推薦がなければ、この作品への出演はなかったようだ。
中国政府から撮影を反対されたというベレスフォード監督は、
「中国政府から、この脚本で中国での撮影はできないから変えてくれ、
毛沢東への言及も禁止だと言われたんだ。
さらには、エンディングを変えて、現在の中国が発展しているところを
見せてほしいとまで言ってきたんだ」
と中国政府が作品の内容に介入してこようとした事実を明かした。
「最終的には、僕らは撮影をすることができたし、
誰かに止められることもなかったけれどね」
とベレスフォード監督は折れることなく、
当初の予定通りに撮影を済ませたそうだ。
以前に監督した映画『ドライビング Miss デイジー』は、
当初全米2館での公開でありながら、
作品賞を含む4部門でオスカーを獲得するという快挙を成し遂げたベレスフォード監督。
本作は早くもオスカー候補と評されるほどの出来だが、
「そうだといいけれどね」と慎重な構えを崩さなかった。
----『小さな村の小さなダンサー』はたいへんおもしろく拝見しました。
この映画はどこでロケをなさったのですか。
ツァオ・チー 中国のシーンは全部北京です。あとはクルーの一部が
ヒューストンで撮って、それからシドニーで多くのシーンを撮影しました。
----そうすると、グレアム・マーフィーの作品は何作か踊られたのですか。
ツァオ・チー そうです。今回は、オーストラリア・バレエ団や
グレアム・マーフィーとも密に仕事をすることができました。
マーフィーは私にとって作品に対する解釈が近い方だと思いました。
『春の祭典』なども男性のパートが非常にパワフルでアスレチック、
肉体を活かす振付にしたい、ということで共通するものを感じました。
それから「君はもう私の『白鳥の湖』のほとんどの部分をを踊ったんだから、
今度の日本公演で全幕踊ったらどうか」
というようなジョークを交えたリラックスした話になったりしました。
いつかまた一緒に仕事をしたいと思っています。
----映画に登場していた『白鳥の湖』はどのように撮影されたのですか。
ツァオ・チー 映像として使うのは3分くらいだったので、
『白鳥の湖』のいいところ撮りをして見せています。
舞台で全幕を観るとまた振付が違っている部分もあります。
----もちろん、サムソヴァ、ライト版『白鳥の湖』も主演されているわけですが、
今回のように、現代の服装でチェイコフスキーのメロディを踊られるというのは
どういう気分ですか。
ツァオ・チー 現代の服装だとパンツですから、足がカバーされているというだけで
気持ちの上で自由度は増します。
タイツを履くとやっぱりクラシック・バレエ向きの姿勢になるんですが、
シャツとズボンだと異なったものが自然に姿勢に表れます。
逆に、普通の現代的な格好でクラシックのポーズをとると不思議な感じがすると思います。
バーミンガム・ロイヤル・バレエ団(BRB)のダンサーとしては、
モダンなスタイルにも慣れていますから、特に難しいことはありませんでした。
----オーストラリア・バレエ団の来日公演にゲスト出演される、というようなことがあれば
日本のファンも喜ぶと思います。
ツァオ・チー 今回の日本ツアーは時間的に無理かもしれませんが、
映画に出演したことで、オーストラリア・バレエ団のディレクターの
デヴィッド・マッカリスターやダンサーたちとも親しくなれたので、
別の公演でゲストのような形で出演しようという話は進行しています。
彼らと長い時間一緒に仕事をして仲良くなれたので、
もちろんBRBは私のホームですけれど、二つ目のホームができたような気持ちです。
----映画には『春の祭典』の舞台もでてきましたが、
あの火が走るシーンもあそこだけを撮影したのですか。
ツァオ・チー 『春の祭典』は全部踊られていますが、まず、ダンスのパートを2日間で
撮影してから、それをテレビのモニターで放映しながら観客の反応を撮りました。
----そうですか、あのシーンはたいへん感動的で、母親役のジョアン・チェンが
素晴らしかった。
映画の主人公のリー・ツンシンの実際の舞台をご覧になったことはありますか。
ツァオ・チー 彼は私の17歳年上になるので残念ながら、生の舞台を観たことが
ありません。ヒューストン・バレエ団には『春の祭典』などの映像が残っていましたので、
それを観て動き方などを研究することはできました。
----リー・ツンシンの中国時代のバレエ教師は、あなたのお父さんだと聞いたのですが。
ツァオ・チー そうです。彼が北京舞踏学院に行ったのは11歳のころですが、
男女ペアの若い先生が一人一人の生徒の面倒をみる、というシステムになっていました。
父がバレエ教師で母も音楽を教えていて、リー・ツンシンの担当でした。
もちろんバレエも教えたし、普段の生活も監督する立場でした。
----では、あなたも彼がヒューストン・バレエ団に亡命した事件はご存知でしたか。
ツァオ・チー その当時、私はまだ幼かったので細かいことまでは知りませんでしたが、
彼はいいダンサーでしたし、北京舞踏学院からの最初の亡命者だったので
そのことは知っていました。
----映画を観て驚いたのですが、中国は革命などの大きな混乱を経験したのにも関わらず、
バレエに関して非常に正確な知識を失わず、しっかりとしたバレエ教育を行っていたと
いうことです。そうした知識はロシアからもたらされたのでしょうか。
ツァオ・チー そうですね、特に70年代にはロシアのバレエをじっくりと学んだ先生が
多かったと思います。
ロシアの教師が中国に来て、よくマスター・クラスを行ったりしていました。
私たちの時代にはそういうことはほとんどなかったので、
当時はやはりロシア色が強かったのだと思います。
----映画ではバリシニコフが踊っているビデオを、宝物のように大切に扱っているシーンも
ありました。バリシニコフはヴァルナ国際バレエコンクールの金賞を受賞していますが、
あなたもヴァルナでゴールドメダルを受賞しました。
ツァオ・チー そうですね、やはり、かつての偉大なダンサーたちが受賞している
コンクールなので私も参加しました。若いダンサーとして先陣を切るつもりでした。
----それからBRBを選ばれたわけですか。
ツァオ・チー そうですね、当時、私は17歳でしたが、チューリッヒ・バレエ団、
ドイツ・ナショナル・バレエ団とBRBからそれぞれオファーをいただきました。
ロイヤル・バレエ・スクールに学んでいてやっと英国の生活にも慣れたところだったので、
これからまた新しい国に行くのは負担が大きいと思って、BRBに決めました。
またBRBは、カンパニーとしてはロイヤル・バレエ団よりも小規模なので、
よりチャンスは与えられるだろう、という気持ちはありました。
たとえロイヤル・バレエ団に入れたとしても、最初の数年間は何もできなかったでしょう。
私はあまり忍耐強い方ではないので、
やろうと思ったらすぐにやらないと気が済まないのです。
BRBだったら、そんなに大きな役でなくてもいいけれども、
すぐに舞台に立てるのではないか、と思いました。
----BRBはビントレー芸術監督の下、『アーサー王』や『シラノ』『美女と野獣』そのほかに
もいろいろと創作バレエの大作をどんどん創っていて、とても活発なバレエ団だと思うの
ですが、やはり、ダンサーとしては大変ではないですか。
ツァオ・チー 確かに疲れます。ただ、私はダンサーとしては『白鳥の湖』や
『眠れる森の美女』などの古典作品が好きです。
BRBのいいところは、そういった創作作品と同時に、必ず古典作品もプログラムに入れて
いることです。いくら一生懸命やっていてもどちらかに偏ってしまうと、
ダンサーは必ず飽きてしまいます。
けれどもスタイルが変化することによって、ダンサーのほうも常にフレッシュな気持ちに
なって、緊張感を持って努力することができます。
その点は私にとっては非常に良い環境です。
もちろん『白鳥の湖』や『眠れる森の美女』は好きですが、
それだけを踊っている自分というのは、正直に言って考えられません。
BRBのようにスイッチしていくという方法が、
メンタル面でも疲弊しないやり方だと思います。
----ダンサーのモチベーションとしてもそうですね。
ツァオ・チー そうです。やはり同じことを続けているとどうしてもモチベーションが
弱くなってしまいます。ダンサーは常に新しいスタイルに挑戦することで、
どんどん自分を成長させていくべきです。
----ビントレーの作品で踊って楽しい役、好きな役は何ですか。
ツァオ・チー ビントレーの作品はどれもダンサーに対する身体的要求が高いので、
正直なところ踊り易い作品はひとつもありません。
その中では比較的要求度が高くないもので『ペンギン・カフェ』の縞馬、
音楽もファンキーですしね。それから『ホブソンズ・チョイス』の主人公の友人役です。
これはブリティッシュ・コメディ色が強いので自分には合わないと思っていたら、
キャスティングされたので、思わず「本気ですか」と言ってしまったくらいです。
でも踊ってみたらコメディだったこともあってか、とても楽しかったのです。
それから、『エドワード II 世』の主人公の愛人役ギャベストン(男)は、
演技が重要だし、闘いのシーンもあるし、ダンスもおもしろかった。
1995年にシュツットガルト・バレエ団で初演した作品でしたが、
BRBで上演する時にビントレーが私をキャスティングした役です。
----ビントレー作品のコメディや歴史的な題材を扱ったものはまだ日本では上演されたこと
がないので、ぜひ観たいと思っています。
ツァオ・チー そうですね、ビントレーの作品には、英国風なユーモアとかストーリーが
色濃く反映されています。ただ、そういう作品に馴染んでいないと分かりにくいというこ
ともあると思います。実際、私もこうしたユーモアをおもしろいな、と思い、
ビントレー・スタイルが笑えるようになるまでには少し時間がかかりましたから。
----2011年にはBRBの来日公演が予定されています。日本人ダンサー、佐久間奈緒と
パートナーを組むことが多いと思いますが、彼女はどんなダンサーですか。
ツァオ・チー 佐久間奈緒はとにかく努力家でがんばり屋です。本当にたくさん一緒に
踊ってきましたので、とてもよく理解し合えているパートナーです。
踊り易いですし、どんな作品でも問題なく組めます。レギュラーな仕事で、
良いパートナーに恵まれているということは、ほんとうにラッキーだと思います。
----多分、来日公演では『眠れる森の美女』を踊られることになると思いますが、
日本のファンに見所を教えてください。
ツァオ・チー 映画『小さな村の小さなダンサー』をぜひ観ていただきたいと思います。
そうすると舞台ではまたフレッシュなツァオ・チーをお目にかけることができると
思います。映画だといろんな別の準備とかありますし、短い時間しかお目にかけられない
ので、踊りだけの舞台を観ていただいて、さらにいっそう楽しんでいただけたら、
たいへん嬉しいです…
以下はネタバレとなるのでmixi独身映画ファンコミュニティ
http://mixi.jp/view_community.pl?id=1299114
にて『小さな村の小さなダンサー』の頁をご覧下さい。
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