「クライマーズ・ハイ」
■作品基礎データ 『クライマーズ・ハイ』 2008年 日本映画 監督:原田眞人 原作:横山秀夫 『クライマーズ・ハイ』(文春文庫刊) 脚本:加藤正人 成島出 原田眞人 出演:堤真一 |
mixi(ミクシー)「独身社会人映画ファンコミュニティ」に入ろう!
「クライマーズ・ハイってもんは、本当にあるの?」
「・・・・・・怖かったな」
「怖い? 異常に興奮して、恐怖心が麻痺しちゃうんだろ?」
「解けた時が怖いんです。
溜め込んだ恐怖心が一気に噴き出して、一歩も動けなくなる。
体中の筋肉が強張って、動くという意思決定を拒絶するんです」
「だったら・・・・・・おれも体験した」
「いつ?」
「ジャンボが墜ちた一週間さ・・・・・・」
1985年8月12日、通信社の速報が第一報を伝える。
「羽田発大阪行き日航123便が墜落した模様。乗客乗員524名ー。」
にわかに興奮の坩堝と化す編集局。全権デスクを命じられたのは悠木だった-。
1985年8月12日――。
終戦記念日を3日後に控え、
日本国中が中曽根首相の靖国公式参拝の動向を固唾を飲んで見守るなか、
群馬県の有力紙・北関東新聞の記者、悠木和雅(堤真一)はひとり、
翌朝に迫った谷川岳・衝立岩登頂のための準備を進めていた。
悠木は、抜いた抜かれたの同僚たちとの出世争いから一線を画したところに立つ、
一匹狼の遊軍記者なのだった。
「悠ちゃんみたいなのが、結構やっちゃうんだよ。
普段冷静沈着な奴に限ってね、脇目もふらず、もうガンガン登っちゃって、
興奮状態は極限まで達しちゃって恐怖感とか麻痺しちゃうのよ」
今回は、販売局の同僚で無二の親友、安西耿一郎が、
そうからかいながら悠木を誘い出したのだった。
その夜、新前橋駅で安西と落ち合うべくデスクを後にした悠木のそばへ、
県警キャップ・佐山達哉がすり寄って来て耳打ちをした。
「悠さん・・・・・・ジャンボが消えたそうです」
「・・・・・・ジャンボが消えた?」
状況が分からないまま悠木が編集局を出て行こうとしたその時、
通信社のニュース速報が社内に響き渡った。
「東京発大阪行き日航123便が
横田基地の北西数十キロの地点でレーダーから姿を消しました。
長野・群馬の県境に墜落した模様。繰り返します」
「日航123便の乗員・乗客は524人。繰り返します。
日航123便の乗員・乗客は524人」
単独の航空機事故としては世界最大。
しかも現場は群馬と長野の県境。北関編集局はにわかに興奮の坩堝と化した。
そして、この未曾有の事故の全権デスクを命じられたのは、
本来遊軍であるはずの悠木――ワンマン社長、白河頼三(山崎努)の
鶴の一声による決定であった。
全権デスク、悠木の戦いの日々が幕を開けた。
頭と心を麻痺させなければ直視できないほどの事故の凄惨さ。
疲労と高揚で弛緩と緊張を繰り返す神経。
非常事態にあちこち軋む人間模様。
声が、現在の、末来の声が、四方八方から悠木の脳裏に響きわたる。
“おれも現場へ行かせてください!
すぐそこで世界最大の航空機事故が起きているんですよ!”
“十三年間、大久保連赤で飯を食って来た連中は祈ってるさ。長野であってくれって”
“北関を辞めようと思ったことないんですか?”
“広告収入がなけりゃ、
幾ら天下国家を語ったところで新聞は一日たりとも出せねえんだよ!”
“何故落としたんです・・・・・・”
“あなたが好きなのは、新聞だけなんでしょ!”
“お父さんは新聞だけが好きなんだ、だってそうじゃないか!”
“チェック、ダブルチェック・・・・・・”
そんな激務の最中、悠木は、ひとり衝立岩に挑んだと思っていた安西が、
待ち合わせ場所の新前橋駅でクモ膜下出血に倒れて
意識不明の重体であることを知らされる。
「お前さ、何で山に登るんだ」 「下りるために登るんさ」
最後に安西と交わした言葉が、悠木の脳裏によみがえる。
睡眠時間を削って見舞った病室には、
全てを受け入れ弱々しく微笑む安西の妻と、
今は離れて暮らす自分の息子と同い年の安西の息子・燐太郎の気丈な姿があった。
自分は何に登り、何から下りるのか?何に挑み、何を拒めばよいのだろう?
一瞬にして奪い去られた520の命。
記事にさえならないひとつの命。失われてゆく親友の命。
モラルとは? 真実とは?
新聞は命の重さを問えるのか?
極限の精神状態のなか、
全権デスク・悠木はあるスクープをめぐる二者択一の究極の判断を迫られることになる。
「クライマーズ・ハイ」は、
85年夏、地元群馬の地方紙の社会部記者として日航機墜落事故に遭遇、
取材に携わった作家・横山秀夫(「半落ち」、「出口のない海」)が、
自らの体験をもとに、2003年8月、世におくった小説です。
2003年週刊文春傑作ミステリーベストテン第1位、
2004年本屋大賞2位などの支持を受けて重版を重ねています。
主人公・悠木和雅は堤真一。
そして悠木に憧れつつも反発する県警キャップの佐山達哉を堺雅人が、
男社会の中で奮闘する新人女性記者・玉置千鶴子を尾野真千子が演じ、
車椅子に乗ったワンマン社長を山崎努が演じています、
メガホンをとるのは、「突入せよ!『あさま山荘』事件」や
「伝染歌」「魍魎の匣(はこ)」などの原田眞人監督。
本作では、自身も最高記録となる2541カットを重ね、
あの夏の航空機事故にまつわる報道戦争を描きます。
「クライマーズ・ハイ」は2回試写会で見てます。
重い話です。暗い話です。
垂直尾翼が吹き飛んで墜落した日航ジャンボ機の報道裏話です。
群馬のローカル新聞の報道部が舞台で、
地方のジャーナリストの意地と喧嘩と足の引っ張り合いと男の嫉妬と…。
見ている間中、そんなんばっかりです。
悲惨な事件底抜けの悲惨な報道現場。
職場の人間関係のごたごたは実生活で嫌と言うほど味わっているので、
スクリーンの中でまで見たくないです。
報道部ワンフロアが舞台の大半ですが、緊張度は維持されダレルという事はないです。
その点の演出、脚本は立派。
心に残るのは、いくつかのシーでの連帯や誇りを見せる場面。
そこいら辺がないと、見てらんないです。
ネタ晴らしになるかもしれませんが
いらないと思うのは、山崎努の新聞社社長と主人公の間のエピソード。
実は主人公を語る上でのキモのようなんだけど、
記者魂とは本来相容れない話しだしぃ、
見てて不愉快ぢゃん。
主人公・悠木和雅役の堤真一は撮影の現場について、
次のように語っています。
「原田眞人監督の演出は、ほとんどカメラを回しっぱなしにし、
ワンシーン・ワンカットを何度か続けて撮影していく方法で
カメラを気にせずに演技をさせてくれるので、きっちりと芝居ができました。
でも、どういう画が撮れているのかは全然予想できなかったんです。
映画を観たときはすごく新鮮だったし、
テンポのいいドキュメンタリーを観ているようで、ビックリしましたね。」
夏に撮影されていらっしゃったとお聞きしました。
映画の熱さも相まってか、去年の夏の暑さがスクリーンからにじみ出ていましたね?
「暑いどころじゃないですよ!
編集局のシーンはテナント募集中のビルが丸々一つ空いていたので
そこで撮影したんですが、冷房がなくて……。
真夏でしたし、最初の3日間くらいは、あれだけの人数が入っている部屋で、
冷房が効かない状態で撮影していたのでもう死ぬかと思いました(笑)。
意見をぶつけ合うシーンは多いんですが、
あれは単に腹が立つから怒鳴っているというのではなく、
いろんなことが積み重なった上でのことなんですよね。
無意味に感情だけをぶつけ合うということではないんです。
ただ、役者さんたちはすごい技量を持った方たちばかりだったので、
全員がまったく手を抜かずに、本気で熱くなってやっていましたね。」
記者という役柄を通して何か感じられたことはありましたか?
「僕と彼(悠木)との共通点は、変化球が投げられないところですね。
でも、僕には悠木みたいに孤独でいることを覚悟して生きていくのは無理だと思います。
報道とは、また伝える側の責任とは、ということについて深く考えさせられましたね。
報道の自由がある限り、責任も生じてくることを痛感しました。
悠木を演じたことで、新聞や報道番組の見方が変わりましたね。」
山から落ちて宙づりになるシーンでは、本当にご自身が演じられているんですか?
「そうです。でもザイルがあるから、
宙づりっていっても怖くなるほどではないですけどね。
僕は高所恐怖症ではないんですけど、山の高さって、
本来人間がいるような場所ではないですからね。さすがに足が震えましたよ。」
今回の撮影中に役者としてのクライマーズ・ハイを体験されましたか?
「正直この作品を撮影しているときは、本当にそういう状態だったのかもしれません。
撮影が終わってからガクンと疲れましたから……。
最後、ニュージーランドで撮影だったんですが、そのころはもう本当に疲れていました。
行くのもつらいくらい(笑)。
あれが撮影中のクライマーズ・ハイだったのかもしれませんね。」
脚本段階から原作者の横山秀夫さんも加わって、綿密な脚本作りが行われたと
いいます。原田監督は製作の経緯やこだわりなどを以下のように答えています。
「横山さんからは、事件の時間の推移だけは崩さないでくれと言われまして、
準備稿を書き直しました。
それと同時に、原田色を出してくれとも言われました」と注文をつけられたといいます。
「主人公・悠木のキャラクターは、原作に十分描かれている。
だが、原作通りになぞるのでは映画にする意味はない」と考えた原田監督は
「自分自身の中で、ジャーナリストのどの部分に引かれるか」を思い返してみた。
そして、23歳のときに、
ロンドンで観た映画「地獄の英雄」(51年、ビリー・ワイルダー監督)が
思い浮かんだそうです。
「地方新聞社の老編集長の愚直なまでの新聞記者ぶりが描かれている映画だった。“
チェック、ダブル・チェック”という新聞記者の精神を学んだ映画だったね。
ほかに、山の資料として映画『バーティカル・リミット』を観て、
その中で『ベルト&サスペンダー(慎重に)』というせりふがあったんです。
新聞記者の話で山を登るシーンのある原作から、
悠木という男に対していろんなイメージが広がっていきました。
横山さんに原田色でと言っていただいたおかげで、
悠木という男に深みが出せたと思っています」
堤真一の配役について
「堤真一が本来、持っているものを出してくれればいいと思って配役しました。
悠木という男はあらゆる面でアンビバレンツ(両面価値)。
例えば映画の冒頭から、悠木は二つの選択肢の前に立たされている。
友人と登山に行く約束があるが、
日航機墜落の一報が入って全権デスクを担うことになり、
社に留まらなくてはならなくなった。
ほかにも悠木と社長との関係、また父親として息子との関係、
すべてがアンビバレンツな状況下に置かれている。
そして、悠木は心の奥底に迫る決定に苦悩します。
堤さんの持つ明るさ、少年っぽさは、
そういう状況を乗り越えていく悠木という男を形づくるのに、とても必要な要素でした」
「彼のガニ股とあの歩き方がいい」と大きくうなずく。
「新聞記者は足を使う仕事。ガニ股で立っているところを
後ろからフルサイズで撮ることで、
新聞社の大部屋の中にいる悠木をリアルに見せることができるんです」
「80年代はポロシャツがはやっていたし、ワイシャツ姿の記者の中で、
悠木にはポロシャツを着てほしかった。
それに、彼が葬式のシーンでワイシャツと黒いネクタイ姿で出てきますが、
それは視覚的にギャングみたいでしょ。面白いじゃないですか」
年をとった悠木が販売部員の遺児と衝立岩を登るシーンでは、
実際に堤真一さんに別の山でロッククライミングをしてもらい、臨場感を出しています。
新聞社の大部屋にいる人々もリアルに描かれています。
エキストラではなく、すべて役者に演じてもらったそうです。
記者のイメージは、原田監督自身の作品「盗写/250分の1秒」で
フォトジャーナリストの世界を撮ったときの記憶を掘り起こしながら、
新聞社の描写は「大統領の陰謀」や「ヒズ・ガール・フライデー」を
イメージしたのだといいます。
「『大統領~』は素晴らしい映画だったけれど、
部員たちがエキストラだったのが気になったんです。
たとえば黒澤明監督は『天国と地獄』で警察官や通りすがりの人にも
氏素性を作っていたけれど、僕も黒澤方式ですね(笑い)。
新聞社の大部屋にいる1人1人に細かく性格付けをしていきました。
オーディションをして役者を選びましたが、
選んだ基準は、第一印象です。
監督は人を見る商売。
ハワード・ホークスが『絶対的な異物は入れてはいけない』と言っているんですが、
僕も異物を入れたくない。
見分ける決め手は、第六感ですよ。
オーバーアクトをする役者、自分の言葉を持っていない役者は入れたくないと思いました」
主な配役は顔のアンサンブルを考えたと言います。
整理部長役のでんでんさん、販売局長役の皆川猿時さん、それらしい顔が配役されている。
悠木を慕う社会部記者・佐山役では堺雅人さんが、がむしゃらな記者ぶりを好演している。
「攻めの堤真一に受けは堺雅人。この2人の役割はときどき入れ替わります。
この顔ならどこの部という入れ方。
原作にはないけど、女性記者を入れようと思って、尾野真千子を入れた。
事故が起きた85年は『男女雇用機会均等法』が制定された年なので、
どうしても入れたかったんですよ」と話しています。
映画は、高揚する新聞記者と、
22年後に衝立岩の急勾配(きゅうこうばい)を登る悠木の姿が重なり合って、
出てきます。状況を語るセリフが臨場感を重視しマイクオフの状態になっているため、
観客によっては冒頭で置いてけぼりを食ってしまい。
両者の関係が不明瞭になりがちの印象を筆者は持ったのですが、
監督自身は以下のようにインタビューに答えています。
「日航の事故を追う新聞社の部分はスタッカートな印象で、
一方の山のシーンはゆったりとした印象にしようと思いました。
両方がイメージを補い合っているんです。
衝立岩は父性の象徴。それを登ることで、
主人公の悠木は22年もかけてやっと父親になっていく。
悠木の精神は若い記者に受け継がれ、悠木は父親になるチャレンジをします。
そこを観てほしい」と通底するテーマを説明しています。
原田監督は「悠木の立場は今の僕の心境と一致している」といいます。
若い人たちに、映画という文化をいかに伝えていくべきか。
原田監督は、若い人の映画の見方を懸念する。
「僕らの世代は、この映画を観て楽しんでくれるとは思うけど、
最近の一般の若い観客は自己完結してしまっている。
僕の若いころは、分からないなりに『後で調べよう』とか思いましたが、
最近の人は、分からないものはダメな映画と評価を下してしまうし、分かろうともしない。
これは怖いですよ。
若い観客はストーリーを追うような映画は分かっても、
映画に含まれたメタファーを読み取ったりすることは難しいのだということを感じます。
そういう意味では、
ガイドラインとして『記者の熱い一週間の話なんだ』と入って
新聞社のテンポの良さには付いていけても、
父子関係の場面や山のシーンの意味については
『父親じゃないし、子どもがいないから分からない』と考えて
反応しない可能性があります。
でも分かろうとしない観客に合わせた映画作りはしないつもりです」
…ううん、これは手厳しい。
「僕はインターネットに匿名で書き込まれる自己完結している意見を
改革していくには、一体どうしたらいいのかと考えています。
何らかの形で分析していきたいと思っています。
今、大学で18~22歳に教えていますが、
ちょっとヒントを与えることで映画の見方が変わっていくなという
手ごたえを感じています。
映画の本質を伝えていくこと、先輩たちが残してくれた映画という文化を、
いかに若い世代に伝えていくか。僕も悠木の立場と同じです。
どんどん、投げかけていきたいと思っていますよ」とメッセージを送った。
映画は、原作に忠実でありながら、新たなラストを設けてい…
以下はネタバレとなるのでmixi独身映画ファンコミュニティ
http://mixi.jp/view_community.pl?id=1299114
にて「クライマーズ・ハイ」の頁をご覧下さい。
トップページ(映画製作裏話、映画と原作比較レビュー)戻る。