「珈琲時光」DVD脚本レビュー

「珈琲時光」映画チラシ★映画基礎データー★
「珈琲時光」
2004年 日本台湾映画
監督脚本 侯孝賢(ホウ・シャオシェン)
出演 一青窈 浅野忠信          

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『悲情城市』『フラワーズ・オブ・シャンハイ』など、
カンヌ、ヴェネチア、ベルリンといった国際映画祭をにぎわす
台湾の名匠侯孝賢(ホウ・シャオシェン)の新作『珈琲時光』は、
小津安二郎監督生誕100年記念作品として製作されました。
小津監督が愛した街・東京を舞台に、ひとりの女性の日常を通して、人と人のとのつながりを繊細に描く
“21世紀の『東京物語』”というコピーが付けられています。

侯孝賢にとって、全くの外国語(日本語)で映画を撮影するのは初挑戦だったが、
「小津監督が今の目で日本を撮ったらどうなるか、という気持ちで臨んだ」と語るように、
現代の日本人が忘れがちな「人を想い、いまの瞬間を慈しむ」という普遍的なテーマを
静かに綴ってゆこうとしています。

2003年、夏の東京、都電が走る住宅街が舞台です。
フリーライターの陽子(一青窈 ひとと よう)は、昨夜台湾から戻ってきて
友達の肇のところへ電話をかけているところから映画が始まります。
陽子は台湾土産を持って、
神田神保町の古書店の二代目主人・肇(浅野忠信『座頭市』『地球で最後のふたり』)を訪ねます。
日本を留守中、肇は
陽子が調べている台湾出身で日本でも活躍していた音楽家・江文也(コウ・ブンヤ)について
新しい情報を掴んだらしいのです。
陽子は、鉄道マニアの肇のために、
50年前に台湾鉄道局の運転士が使っていた懐中時計をプレゼントします。
陽子は、仕事の資料を探すため古書店街を訪れているうちに、肇と親しくなりました。

肇は、暇を見つけては、電車の音を録音しています。
だから、ふたりの待ち合わせ場所は、いつも駅のホームだ。
肇の親友で天ぷら屋の二代目・誠治(萩原聖人)も交え、3人はとても仲が良い。
陽子は、お盆のお墓参りのため高崎の実家へと向かいます。
駅に着くと父親(小林稔侍)が、迎えに来てくれていました。
陽子は、両親が幼い頃に離婚してしまったため、親戚に育てられていたのですが、
今は、実の父親、再婚相手の継母(余貴美子)と良い関係を築いています。
久しぶりに実家で過ごした陽子は、自分が妊娠していることを両親に告げます。
突然の告白に、ふたりは驚き、とまどいを隠せません。

東京に戻った陽子は、取材を肇に手伝ってもらい、江文也の足跡をたどります。
取材中に気分の悪くなった陽子は、肇に妊娠したことを伝える。
陽子のことを好きな肇は、動揺するが、自分の気持ちを伝えられない。
体調をくずした陽子が部屋で寝ていると、そこへ肇が訪ねてきます。
肇は、陽子の体を気遣い、食事の世話をする。少し元気になった陽子に、
肇はコンピューター上で描いた絵を見せる。
陽子は、無口で穏やかな肇には、なぜか何でも話せてしまう。
他愛もない話をしながら、穏やかな時間が流れていく。

知人の葬儀に出席するため、
という口実で両親が東京に出てくる。
陽子の部屋で、母親の手作りの肉じゃがをつまみながら、
ふたりは気になっている陽子の妊娠のことを切り出す。
相手は、陽子が台湾で日本語を教えていた時の生徒で、
今はアモイで傘工場を管理している人らしい。
結婚するつもりもなく「シングルマザー」の道を選ぼうとする陽子のことを父親は心配するが、
上手く言葉にすることができない。
電車の中でいつの間にか眠ってしまう陽子。
目を覚ますと肇が見守っていることに気づき、安らぎを感じるのであった。

不要なセリフの無い作品だし、
べたべた説明の無いドラマ進行なので、
あらすじは公式サイトのストーリー紹介をもとにしています。
最初、ヒロイン陽子が何をして生活しているのか分かんなかったです。
肇が鉄道マニアというのも公式サイトなどから情報を得て、
そういえばヘッドホンを付けて電車でうろうろしていた、
Macで描いていたイラストも電車に囲まれて胎児のようにうずくまる自分自身を
描くなんて変な奴だな、と思ってました。

ヒロイン・陽子には、デビュー曲「もらい泣き」がロングセラーとなり、
昨年の音楽新人賞を総なめにした一青窈。
キャスティングのために来日した監督が、彼女を一目見て気に入り抜擢してます。
芝居は上手くもなければへたっぴいでもなし、というところですね。
カメラは大体全身を写して、
一番寄ったところでバストショットですね。
ぷらぷら歩いて、もぐもぐセリフしゃべって、それで何とか格好が付いてしまう。
なまじいつものスタイルで自分の芝居をしている小林稔侍がくさくってねぇ。
…あの人はもともと芝居がクサイけど。
浅野君は「茶の味」の“呪いの森の野糞デビュー”の脱力調子で全編走っちゃっています。
萩原聖人、余貴美子もでてます。余貴美子の母親はまずまずですが、
萩原聖人は完全に余分。
侯孝賢は、脚本を固めず現場でのイマジネーションを重視し、
即興をも取り入れるそのスタイルに、出演者たちも、
ただ単に役柄を演じるのではなく、
普段のままの生活に歩み寄るように自然体のキャラクターを創り上げていこうとしてます。

ロケは東京最後の市線、荒川線沿いに
神保町の古書店街、御茶ノ水の高架、鬼子母神と最近の邦画ではあまり出てこぬ
町並みを自然光の下で行われています。
撮影は『花様年華』『夏至』の名手・李屏賓(リー・ピンビン)。
録音を『花様年華』『ふたつの時、ふたりの時間』の杜篤之(ドゥー・ドゥージ)
が担当するなど、台湾から最小限の精鋭たちが集められています。

ヒロイン・陽子が調べている江文也(コウ・ブンヤ)は、
台湾で生まれ日本国籍を持つ実在の音楽家だそうで。
1930年代から40年代、日本作曲界の中心にいたが、
激動の現代史を生き抜き、1983年に北京で生涯を終えています。
哀愁を帯びたピアノの旋律が、作品にも使われているとのことですが、
何気なさ過ぎて見ていた限りでは特定できませんでした。

タイトルの『珈琲時光』は「気持ちを落ち着け、心をリセットし、
これからのことを見つめるためのひととき」を意味しているんだそうです。
新しい一歩を踏み出そうとする陽子、娘を想う親、好きな人を見守り続ける肇----
そんな彼らの“夏のひととき”を切り取り、
“いつの時代も変わらない家族の絆や親子のあり方、
とまどいながらも互いに気遣い合う人々の姿を、観る者すべての心を優しさで包み込むであろう。“
という事なのですが、
個々のエピソードは劇中で完結しておらず、
映画が終わって明るくなっても、
「あれ?これでお終いなの?」とざわめきがあったことも確かです。

しかし、微妙に気遣う優しさ、というのはハリウッド映画のスタイルで
慣れているいまの観客に分かれというのは、ちときついですね。
ただの登場人物たちが全員内向的(陽子)、自閉症(肇)、
言葉足らず(父親)とも取れなくも無い。
ヒロインは電車に乗ってあちこち絶えず出歩いているので、
見ていて退屈ということはないです。

主題歌は「一思案(ひとしあん)」という如何にもなタイトルが付いてますが、
井上陽水と一青窈のコラボレーションです。
一青窈は、かねてより陽水の大ファンだったといいます。
「珈琲時光」での役名・井上陽子も井上陽水の名前をもじってつけられているんですって。
侯監督が、以前陽水が出演するCMを演出をしたことも縁となり、
今回のコラボレーションが実現しています。
まず、陽水が曲を書き、一青が詞をつける。
何度もこのやり取りを積み重ねた末に完成したのが、この「一思案」です。
アルバム「一青想(ひとおもい)」には、「一思案」に加え、
陽水がもうひとつ楽曲提供をした「面影モダン」が収録されていますが、
そっちは劇中登場していたかな?


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