「DEATH NOTE デスノート 前編」

「デスノート 前編」映画チラシ★映画基礎データー★
「DEATH NOTE デスノート 前編」
2006年 日本映画
監督 金子修介
原作 大場つぐみ 小畑健
脚本 大石哲也
主演 藤原竜也

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夜神月(やがみライト 藤原竜也)は、
死神リューク(声 中村獅童)が落とした名前を書くと相手を死に至らしめるデスノートを拾う。
月は世に裁かれない犯罪者を自分の手で殺害する事で
争いのない平和な世界を目指すが、
月を大量殺人者と断定するL(松山ケンイチ)が目の前に立ちふさがる。

少年ジャンプ連載、単行本1400万部突破のカリスマ・コミックの実写映画化です。
前編・後編連続公開という邦画では珍しい興業スタイルです。
キャストは主人公・夜神月は、『バトル・ロワイアル』シリーズの藤原竜也。
「L」には、『NANA』『男たちの大和/YAMATO』の松山ケンイチ。
映画版のオリジナル・キャラクターとなる月の幼なじみ、
秋野詩織には『ローレライ』『大停電の夜に』の香椎由宇。
Lを補佐する謎の老人ワタリに藤村俊二。
警視庁で事件発生の指揮を執る捜査本部長に鹿賀丈史、
事件を追う日系FBI捜査官レイに細川茂樹、
その婚約者であり、元FBI捜査官の南空ナオミに瀬戸朝香。
死神リュークがフルCGで登場しています。

SF小説の世界に「三つの願い」というシチュエーションで、
多くの作家がショートショートを書いています。
死神が三つの願いと引き換えに命を寄越せという。
主人公は自分の願いを果たさせつつ、死神の裏をかいて生き延びる。
という作品です。
上手いことやって死神にただ働きをさせる者、
裏の裏をかかれて地獄行きになる者。
そりゃいろんなオチの作品が描かれているのですが、
最初に「DEATH NOTE」のあらすじを聞いたとき私が思い起こしたのが、
この「三つの願い」だったです。

“天才同士の息詰まる頭脳戦”などというコピーが作品に冠されていますが、
通常のドラマのリアリティとは無縁の世界で、
ゲームのような約束事の上に成立しているお話です。
名前を書かれると死ぬノートが死神の手から、
一人の若者の手に渡る、という設定を丸呑みに出来るかどうかで、
まず、作品が楽しめるかどうかが決まります。

どんな話かは知った上で劇場に出かけましが、
正直、映画の冒頭からLが出てくるあたりまでは、“ちょっと恥ずかしい”
という気がしました。
(モブシーンのエキストラの芝居が駄目駄目である、と書かれたブログがあって、
それなりにうなずける。ばたばた人が死んでも絵ずらがチープで世紀の大犯罪、
という感じに見えない。)
Lがディスプレイの向こう側でしゃべって、
白人のダミーがテレビ中継中に突然死するあたりも、“加速しつつもまだまだ”。
しかし、L役の松山ケンイチが画面に現れてからあとは、
はまっちゃうほど面白いです。

原作の絵柄は、いかにも最近のジャンプの傾向そのままで、
コミックというより、イラスト・イラストした絵柄で必ずしも好きではないのですが、
松山ケンイチのアイ・メイク、ヘア・メイクと本人のなりきり度は確信犯的にあっぱれです。
うるさ型の原作ファンがこぞって絶賛してます。
…かなり劇画チックなキャラクターです。
二十歳前後のおたくがCIAをアゴで使って、数々の難事件を解決する謎の名探偵
だなんて、アニメ以外では成立しそうもない筈が、
“そういうものだ”と思って画面に見入るとちゃんと名探偵に見えるのだから不思議。

藤原竜也については、「丸顔の月なんて考えられない」という映画の掲示板の書き込みに
笑わしていただきましたが、
ノートにぐしゃぐしゃ書き込むばかりで、史上最強の殺人鬼になっちゃうという、
お馬鹿な設定を生身の俳優が演じて格好が付くだけの演技力、存在感のある
若手といったら、やっぱり竜也くんくらいのもんでしょう。

レイと月の対決は、バスと地下鉄です。
バスは、道幅広く信号比較的少ない場所というんで幕張近辺でロケされています。
走行中のバスがジャックされ、その中でデスノートを巡る攻防戦になるため、
実際にバスを走らせて撮影されています。
搭乗出来る撮影クルーの人数が限定される為、なかなかに大変な撮影だった模様。
地下鉄の方は、都内環状線という設定ですが、
福岡県福岡市の空港線で撮影用臨時列車まで走らせてロケが実施されています。
福岡えらいっ。

他に大学構内や美術館内などのロケもありますが、
ボリューム的には月の室内のシーンが多い作品で、
死神リュークと月の対話や、ノートに書き込みをする場面などが撮影されています。
リュークの実物大のフィギュアがセットに運び込まれ、
藤原竜也はこの人形相手に延々と一人芝居を演ずることに。
人形とはいえ2mを超えるサイズのフィギュアは扱いが大変だったようです。
それとノートに字を書く場面と、書かれた字は藤原竜也本人のもので、
「字は自信がないので」と結構当人には負担になっていた様子。
掲示板の書き込みに、
「原作は罫線にあわせてびっしり書き込んでいるのに、
アレじゃすぐにページを使い切ってしまうじゃないか」とあって爆笑しました。
演技として“ノートに書き込む”という芝居が存在していたので、
感情に訴えかけるような“書き姿”であることが重要で、
あとはパッと一度のクローズアップで全文がカメラに収まるように
撮影されていたんだろうと思いますね。

…原作ではノートのページ数って決まってるんでしょうか?
前編を見ただけの印象では、あれは死神の魔力をノートの姿に替えだけの物で、
ページ数の上限などの物理的な制約とは無縁のものと感じたのですが。

月の室内のシーンは3DのCGリュークと合成される為、
室内セットでのフィギュアと月の撮影、人物のみのブルーバックの撮影、
人物無しの空舞台撮影、
リュークに月の影や室内の明かりの反射などを描きこむための360度部屋素材撮影等が
繰り返され、
藤原竜也はこれらの工程のため同じ演技を何度も繰り返し行わねばならなかったそうです。

このMLでも話題になった「APPLESEED」や
「亡国のイージス」CGパートを制作したデジタル・フロンティアが、
3DのCGリュークを担当しています。
スタッフは「ロード・オブ・ザ・リング」を目指して作業したそうです。
リュークは等身が人間とは異なる為、着ぐるみの作製は馴染まなかったそうですが、
劇画的でも実写的でも不可という微妙なさじ加減が作画上のポイントとなった模様。
真っ黒な衣装に、青白い顔、黄色い目というのは質感を出すのが大変で、
特に黄色い目は、
どうしても実写の中で浮いてしまうのでバランス感覚が難しかったようです

難しいというのは静止画でもそうですが、空を飛ぶシーンでも
翼で羽ばたいて浮力を得ているわけではないのでクリエイターのイマジネーションを
試される場だったといいます。

Boujouというソフトでカメラトラッキング、
MotionBuilderでキャプチャー・データからアニメーションを作成、
mayaでライティングと質感を付加し、
AfterEffectで実写とCGを合成しています。
「昨今のCG技術の傾向は、
レイヤーを少なくした上で如何にリアルな表現が出来るかなんです」とスタッフは
語っています。
静かに月とリュークが語り合うシーンが多いのですが、
作画そのものはアクションの方が簡単で、
一分以上の長まわしの場面などは、月とリュークの目線をあわせる、
あるいはそらすなどの微妙な芝居を継続せねばならず、
スタッフ泣かせであったと言います。

監督は平成ガメラシリーズ、「あずみ2」の金子修介。
月とリューク、友情ではないバディ(相棒)の関係を
実写とCGに上手く置き換えることの出来る監督ということで起用されたようです。
監督はまた、原作にない詩織を月の恋人として置く事で、
原作にない、デスノートに殺される人の痛みを描きたかったとも語っています。
詩織は映画的な人物造形的にも上手く行ってる方ですが、
その分、原作でも人気の女性キャラ、南空ナオミがやや浮いてしまっているような。
瀬戸朝香はミスキャストというほどではないですが、
あの格好で大学の構内を歩き回られるだけでも困った奴だな、とは思いましたね。(~_~;)



以下はネタバレとなるのでmixi独身映画ファンコミュニティ
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にて「DEATH NOTE デスノート 前編」の頁をご覧下さい。

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