「父親たちの星条旗」

「父親たちの星条旗」映画チラシ★映画基礎データー★
「父親たちの星条旗」
2006年 アメリカ映画
監督 クリント・イーストウッド    
原作 ジェイムズ・ブラッドリー ロン・パワーズ    
脚本 ポール・ハギス ウィリアム・プロインズ・Jr
出演 ライアン・フィリップ

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アメリカ、ウィスコンシン州で葬儀社を営むひとりの老人。
今、彼には最期の時が迫っていた。
彼の名は、ジョン・“ドク”・ブラッドリー。
彼は1945年、太平洋戦争の激戦地として名高い硫黄島に、
海軍の衛生兵として出兵していた。
しかも、その時撮られた1枚の写真によって、
米国中から“英雄”と讃えられた輝かしい過去があった。
しかし彼は、その事について決して語ろうとはしなかった……。
硫黄島で何を見たのか。父は何故沈黙を貫こうとするのか。
父の最期を見守る彼の息子が、硫黄島の真実を辿り始める……。

1944年10月、日本はレイテ沖海戦で展開可能な空海兵力を実質的に失う.
一方,アメリカは1944年6月サイパン占領後
B-29による日本本土爆撃を行っていたが,
迎撃被害も相次いだために護衛機を発進できる拠点地を求めていた.
かくして硫黄島の戦いが1945年 2月16日から3日間にわたる砲撃の後始まる.
19日米軍は硫黄島に上陸.
激戦を経て23日ヘンリー・ハンセン三等軍曹(ポール・ウォーカー)ら6人が
星条旗を摺鉢山頂上に掲げた.
しかし指揮官同志の“旗の取り合い”から
2時間後に通信線敷設中の第28海兵隊第2大隊の
マイケル・ストランク三等軍曹(バリー・ペッパー),
ハーラン・ブロック伍長(ベンジャミン・ウォーカー),
レイニー・ギャグノン上等兵(ジェシー・ブラッドフォード),
ピマ族出身のアイラ・ヘイズ上等兵(アダム・ビーチ),
フランクリン・スースレイ上等兵(ジョセフ・クロス),
ジョン・ブラッドリー衛生兵(ライアン・フィリップ)の6人が
再度星条旗を揚げる.

太平洋戦争末期、
はじめて日本固有の領土への進攻を果たし
硫黄島の山頂に星条旗を掲げる6人の若き兵士たち。
その瞬間をとらえた一枚の写真は、
アメリカ人の勇気と決意の象徴としてまたたくまに世界中に配信された。
経済の破綻、戦費の不足、出口の見えない戦いに疲れきってしまった国民。
そんな戦争の継続さえままならない状況を一変させたのが、
この1枚の写真だったのだ。そして、それは米軍の戦費捻出の強力な道具となった。

アメリカ中を熱狂させた“硫黄島の英雄”たちは、
すぐさま本国に呼び戻された。
しかし、6人のうち、硫黄島から生還できたのは3人だけ。
衛生兵のドク、ネイティブ・アメリカン出身のアイラ、伝令係のレイニー。
彼らは、戦費調達の国債を売るために、
アメリカ全土を巡るツアーに駆り出されることになった。
どこへ行っても熱烈な喝采を浴び、
国民的英雄として祭り上げられる3人の兵士たち。
派手な演出が施された歓迎パーティ、
“ゴールド・スター・マザーズ”と名づけられた戦死した仲間たちの母親をも
巻き込んだセレモニー……。

しかし、英雄扱いされればされるほど、
彼らの苦悩は深くなっていく。
覆い隠された写真の真実、
語られることのないもうひとつの星条旗の存在、
そして、何より彼らを苦しめたのは、
脳裏から決して離れることのない戦場での体験だった。
あの凄惨な戦いでの胸を引き裂かれるような恐ろしい記憶に悩まされながら、
彼らは無理に笑みを浮かべ、誇り高き勇敢な兵士として国民の前に登場し続ける。

『 父親たちの星条旗 FLAGS OF OUR FATHERS;』は
小説「Flags of Our Fathers: Heroes of Iwo Jima(邦題:硫黄島の星条旗)」
(文春文庫刊/ [訳]島田三蔵)の映画化です。
原作はジェイムズ・ブラッドリーとロン・パワーズの共著で、
全米ベストセラーとなっています。
本作のモチーフとなっている、
硫黄島攻防戦の最中に米軍兵士たちが星条旗を掲げた瞬間をとらえた有名な写真
Raising the Flag on Iwo Jima
は、1945/02/23 に撮影された
AP通信のジョー・ローゼンタールという、
ピューリツァー賞にも輝く報道写真家の作品です。

監督とプロデューサーはクリント・イーストウッド、
とスティーヴン・スピルバーグ。
この『 父親たちの星条旗』と姉妹作として、
同じくクリント・イーストウッド監督・スティーヴン・スピルバーグ製作による
『 硫黄島からの手紙 (2006) 』が 2006/12/09 にワーナー日本公開。

クリント・イーストウッドは原作を読んですぐさま心引かれたといいますが、
既にスピルバーグが映画化権を取得しており、
公開から二年前の、偶然ふたりが同席したイベントで、
スピルバーグが話をイーストウッドに
持ち掛け、その場で監督と共同プロデュースを承諾したといいます。
そしてイーストウッドはリサーチをしていく過程で、
日米双方の元軍人たちへのインタビュー等を
繰り返すなかで、硫黄島を巡る攻防を日米双方からふたつの映画で描くという
アイディアを思いつき、それを実践したわけです。

硫黄島(いおうじま、いおうとう)は、
硫黄列島中最大の、東京都小笠原村に属する東西8km、南北4kmの島です。
本州、グアム島、南鳥島、沖縄本島から、
それぞれ1,200km〜1,300km程度の等距離にあり、戦略上の要地です。
一番標高の高い地点は摺鉢山(169m)。
太平洋戦争時、硫黄島攻防戦(硫黄島の戦い)の激戦の最中に、
米軍の海兵隊所属の兵士たちが山頂に星条旗を掲げた瞬間を撮影した写真でも
知られています。
太平洋戦争時、
硫黄島攻防戦に於いては米軍28,686名の戦死傷者と
日本軍20,129名の戦死者を出した激戦地となっています。
戦前は1000名程の島民が暮らしていたのですが、
戦争が激しさを増す1944年7月、日本政府は島民の疎開を決定し、
軍属に徴用された島民以外は島を離れました。
その後の激戦、終戦の後、島は米国の施政権のもとにおかれ、
1960年代まで米軍の核兵器保管(?)などに用いられています。
1968年6月26日、小笠原諸島と共に日本に返還されました。
現在、自衛隊のわずかな小隊が駐屯し、
まれに米空軍が訓練等で立ち寄ることがある程度。
島のあちこちには太平洋戦争中の兵器や陣地の残骸などが
いまだ放置されたままのようです。

撮影はシカゴ市内とドレイク・ホテル、ロサンゼルス、ワシントンDC、
それに硫黄島の実景に、戦闘シーンはアイスランドのサンドビックの
海岸に大量の黒い砂を運び込んで、
もとからある砂浜を硫黄島の波打ち際に大改装して
激しい戦闘シーンの撮影に望んだと伝えられます。
戦闘場面には、海兵隊のコーディネーターだった
ジミー・オコネルの調達した製造後六十年経った水陸両用装軌車
(戦車のような外観を持った水陸両用車)や
製造後四十年経った揚陸艇が登場して走り回っており、
洋上の輸送船内外のシーンは、
ロングビーチに係留されている実際に第二次世界大戦当時に活躍した
輸送船S・S・レーン・ビクトリー号でロケーションされています。

問題の二度の国旗掲揚ですが、
海兵隊・第五師団は上陸部隊兵士への励ましとして
ようやく占領した擂鉢山山頂に国旗掲揚の為の小隊を派遣したのですが、
話を聞いた海軍長官がその旗を記念に寄越せと言い出したことに、
第五師団のチャンドラー・ジョンソン大佐
(劇中ではロバート・パック゛が扮する)が
憤激して、旗を部隊のために保管する事にして、
急遽、贈呈用のふたつ目の国旗を掲揚した。
AP通信のジョー・ローゼンタールが撮影したのは、
まさしくこのふたつ目の星条旗だったのです。
しかし、国旗掲揚の写真が大々的に報じられ、
さらに公債販売のキャンペーンに
掲揚に関わった兵士達が駆り出されることになって、
この大佐と長官の星条旗の取り合いは、
「大衆をしらけさせ、キャンペーンを台無しにさせかねない」として、
関係者に口止めされる羽目になったのです。
厄介なことに、掲揚の兵士が別人と取り違えられて本国に伝わるなどもあり、
事態をより混乱させています。

脚本は「クラッシュ」,「ミリオンダラー・ベイビー」と最近評価の高い
ポール・ハギスですが,
本作では多くの問題を 132分の中に詰め込もうとしたために
視点が飛び回りすぎて観客から見て判りやすい映画とはいいがたい出来です。
これは演出をしたクリント・イーストウッドも同罪で.
劇中では「戦争遂行」のための情報操作やプロパガンダの問題が描かれるだけでなく,
「戦っていて何か問題が起これば国や戦友が救ってくれる」という戦争神話の欺瞞性,
国家が創り出した「英雄」が国家によって捨てられていく姿,
前線と後方の意識差,
ネイティブ・アメリカンの差別などが描かれています。
しかもですね、
いずれの問題もメインの人物達が台詞で直接語ってしまっています。
一言で言えるようなテーマなら、
なにも長時間見せる映画にする必要などないではありませんか。

また,全米巡回中のヘイズ,ギャグノン,ブラッドリーの三人が
音や光景をきっかけに硫黄島の戦いを思い出すという演出も
冒頭のスタジアムの場面をのぞいて、
回想シーンへの繋がりが上出来とは言いにくいです。
むしろですね、硫黄島の戦闘の進捗が捉えにくく、
姉妹編の「硫黄島からの手紙」と併せて見ぬことには
艦砲射撃・空襲による前哨戦→
海兵隊の上陸戦と波打ち際の戦闘→擂鉢山攻防→島の北部への米軍の追撃、日本軍敗走
と言った全体の流れが把握できないです。

私の映画の鑑賞方法が誤っていたのかもしれませんが、
ジョン・ブラッドリーの息子で原作者のジェームズ・ブラッドリー
(劇中トーマス・マッカーシーが演じる)が
父が語ることのなかった硫黄島の戦いの真相を追求するという
物語の主軸も終盤まではっきりと見えてこなかったです。
…息子が出てきて父の回想が始まり、
父の回想に中で更に硫黄島前線と本国帰還後が回想で交互に出てくる。
この三つが悪夢として唐突に、つまり観客側から見ると無秩序に登場します。
二重回想というのは、へたっぴいな脚本家のすることで、
通常の映画では本来禁じ手のひとつ、とシナリオ学校では教えています。

そして劇中で一番難しいのはアイラ・ヘイズの扱いです。
おそらく今回イーストウッド監督が一番思い入れを持って描いたのは
ヘイズの場面なのでしょう。
しかしヘイズに代表される戦争に従事したマイノリティーの戦後問題は
実はそれだけで一本の映画になるぐらいの重いテーマで,
それを彼が主人公と言うわけではないドラマの中で
強引に主役を演じているような不自由さがあります。
ヘイズ役のアラン・ビーチは「ウィンドトーカーズ」でも暗号のプロと言う
インディアンの従軍兵役をしていましたが、
「ウィンドトーカーズ」を演出したジョン・ウーのような割り切り方が、
イーストウッド監督には出来なかったようです。

とは言え、
劇中では戦争を支える「金」を生み出すメカニズムと
「金」を支えるプロパガンダを描く部分は面白く、
"ShowBiz" と言い切って摺鉢山山頂を野球場内で再現させる場面や
デザートに星条旗を掲げる6人が出てくる場面のグロテスクさは印象的ですし、
もろに軍批判になる筈の
ジェームズ・フォレスタル海軍長官の「旗が欲しい」の一言もしっかり描かれるので、
気骨のある戦争映画には違いありません。


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