「ギャング・オブ・ニューヨーク」
★映画基礎データー★「ギャング・オブ・ニューヨーク」 2002年 米映画 監督 マーティン・スコセッシ 製作 マーティン・スコセッシ 脚本 ジェイ・コックス 出演 レオナルド・ディカプリオ キャメロン・ディアス |
「ギャング・オブ・ニューヨーク」の舞台は19世紀初頭のアメリカ、ニューヨーク。
それぞれのアメリカン・ドリームを実現しようと希望を抱いた何千人ものアイルランド人の移民たちが、
毎日港に降り立っていた。
しかし、彼らを迎えたのは夢とは程遠い、厳しい現実だった。
"ネイティブ・アメリカンズ"と名乗るアメリカ生まれの住人たちは、やってきた移民たちをよそ者と呼び、
自分たちの土地、仕事、そして祖先たちが苦労して勝ち取った自由を脅かす侵入者とみなしたのだ。
1846年。"ネイティブ・アメリカンズ"とアイルランド移民たちの組織"デッド・ラビッツ"との戦いは激烈を極め、
ついにファイブ・ポインツの利権争いで雌雄を決する時を迎えた。
少年アムステルダムは、その戦いのさなか、父親である"デッド・ラビッツ"のリーダー、
ヴァロン神父(リーアム・ニーソン)を、"ネイティブ・アメリカンズ"のボス、ビル(ダニエル・デイ=ルイス)に目の前で殺され、
自らも刑務所に投獄されてしまう。
投獄されたアムステルダムを支えたのは、父を殺したビルへの復しゅう、それだけだった。
15年の時がたち、アムステルダム(レオナルド・ディカプリオ)は再びニューヨークの街に帰ってきた。
しかし故郷のファイブ・ポインツは、ビルのギャング団が牛耳る腐敗した政治がはびこる街と化しており、
父がリーダーだったアイルランド移民のグループ"デッド・ラビッツ"は壊滅状態だった。
そんななか、アムステルダムは幼なじみのジョニー(ヘンリー・トーマス)と再会する。
ジョニーはこの街で生き残るためにビルの手下になっていた。
アムステルダムは、父の復しゅうを果たすため、素性を隠してビルの組織に入り、ジョニーと行動を共にする。
そこでアムステルダムは、ビルが、敵であった亡き父ヴァロン神父に対して深い敬意を抱いているという意外な事実を知る。
ビルから信頼を得るために組織で働くアムステルダム。
やがてビルは、度胸があり機転もきくアムステルダムを目にかけ始める。
そんなある日、アムステルダムは、荒廃した街でたくましく生きるジェニー(キャメロン・ディアス)と出会う。
彼女はその美しさで男を惑わせ、高価な品物を盗む美しい女スリであった。
アムステルダムは、その美しさと、すさまじいまでの生命力の下に隠された純粋さに引かれていくが、
実はジェニーにはビルとの知られざる過去があった……。
ディカプリオ、キャメロン・ディアス主演で、劇場公開時「宿命の愛」とか宣伝されているので、劇場は高校大学くらいのアベックで一杯でした。
「ザ・リング」の中学生アベックより歳は上のものの、完全にデートムービー扱いです。
上記の通り、ビル(ダニエル・デイ=ルイス)とアムステルダム(レオナルド・ディカプリオ)の男の対決がテーマなので、
延々と続く殺戮暴力シーンにアベックは辟易じゃないですか。
なんといっても監督は巨匠スコセッシですから、”なめたらあかん”です。
「”ギャング”という言葉は100年前のニューヨークで生まれたのだ」という知られざるアメリカ史の
映画ですので、情報量が多く日本人にはドラマの背景が掴めるまで結構時間が掛かります。
雑多な移民の上陸港ニューヨークは、それぞれの勢力毎に組(ギャング)を組織していて、表立っては
自警消防団を結成活動していたのですが、実態は地回りヤクザ集団で、ローカル政治家と金や仕事で
繋がりがあり、特に勢力の大きかったネイティブ・アメリカンズとアイルランド移民の対立は深刻だった様です。
今日も消防関係者にアイルランド系が多いのは、この時代からの流れを汲んでいるためです。
この作品がニューヨークテロで公開が延期されていたのは、
実際にプロダクトがテロの被害を受けたと言うことと、
アイルランド系消防団を”ギャングのご先祖”と言いきってしまったため、公開がはばかられた
という事情があったのでしょう。
映画ではアイルランド系が黒人と共闘を組んでおきながら、
暴動場面では平然とぶちのめすところとか、
ネイティブ・アメリカンズにこびを売るチャイナ華僑とか、
選挙運動で、候補者同士がギャングをけしかけて相手陣営を腕づくで潰すとか、
もう何でもありの世界です。
120億円以上をつぎ込み、CGを排したライブ志向の撮影だそうで、
だだっ広いセットに一杯のエキストラを使ったモブシーンがやたら多いです。
でもCGも幾らでもあって、更に航空写真くらいの高度から眺めた街や、港などが出てきます。
ビル、アムステルダム、ジェニーがいずれも多面性のある人物で、容易に感情移入を許しません。
なじみのない時代背景とあわせて、作品をとっつき難くしています。
以下ねたばれです。
ビルはビル・ザ・ブッチャーの名の通り本業は肉屋で、肉切り包丁で戦います。
実在の人物だそうで、銃で撃たれてなおも敵を切り殺したと言うおっかない奴です。
ダニエル・デイ=ルイスの名演により、マクベスのような憂鬱な側面も持つ怪人になっています。
孤児のジェニーを拾って育てる優しさもありながら、
彼女が大人になると迷いもなく抱き、抱いておきながら娘として扱うアナーキーな男
(スコセッシ監督の弁)という設定ですが、むしろ時代のカオス(混沌)そのものを具現した
人物じゃないかと見ました。
アムステルダムという若者は、
設定的にはビルを倒すべくニューヨークに戻ってきている様ですが、
「生きる為に何でもする」とも言っており、本当のところどちらが本音なのか、
判り難いです。ビルに心酔しているところは本心からの様です。
逆に後半、正体がばれでビルと争っていく様子が、
彼自身の望んだことの様にあんまり見えません。
でも嫌々にしては積極的に組織闘争を仕組んでいくのですから、
かなり情熱がなければ戦い抜けない筈ですが、
そこいらへんが見えにくいです。
レオくん、一生懸命ですけどね。
ビルにさらし者の刑にされたアムステルダムがどうやって仲間を集めたのか?
ビルは敵の多い男ですから、不満分子はたくさんいる筈ですが、
どんな風に組織化していったか、音楽で盛り上げて
隊列を組んでデモるシーンのたたみかけでは、
過程がわかんないです。
ジェニーが女スリで、
アムステルダムとべたべたしてないところは○です。
ビルの彼女に対する思いは、
ナイフ投げのシーンからも分かる様になかなか激しいものがありますが、
彼女の方はどうなんでしょうか?
アムステルダムを介抱して復活させるようなシーンの様にその愛情がストレートに伝わるシーンが
ドラマ的に無いので、つまん無いですね。
それとも私の見落としでしょうか。
テロのおかげてホストプロダクション期間が長引き、
十二分に編集が重ねられてますので、大作でありながら過去のスコセッシ作品のような
ドラマ的破綻はありません。大河ドラマとしてうまいこと完結しています。
けど暴力肯定か、反対なのか、わかんないですけどね。
エネルギッシュさが出ていれば良いわけで、批評はなしよ、という撮り方ですが、
今日それでイイのかな、とは思いますね。
モラルの問題でなくて映画的価値観テーマの話です。
善悪無用と言うのは、もう古いんでないですか。
ただラストの艦砲射撃で、親父達が組(ギャング)の大儀の為に、「男」をかけて戦ったのとは
時代が違ってしまっているところがセリフではなく、スペクタクルとして
歴然と出ているところは良かったです。
歴史ドラマの部分が重厚にまとめられている分、
恋愛の方はついでの背景に押しやられてますね。
あれはどう考えてもラブストーリーではないです。
最後のU2の曲の歌詞は良かったです。最後までモニターを止めないでいると、
字幕のバックに現代のニューヨークのストリートの喧騒が聞こえてきます。
なるほどね、いい編集です。
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