「半落ち」DVD脚本レビュー
★映画基礎データー★「半落ち」 2003年 日本映画 監督脚本:佐々部清 原作:横山秀夫 出演:寺尾聰 柴田恭兵 原田美枝子 吉岡秀隆 鶴田真由 |
作家、横山秀夫のベストセラー・ミステリー「半落ち」を
「日はまた昇る」の佐々部清が監督(脚色も)映画化しています。
「私、梶聡一郎は、3日前、妻の啓子を、自宅で首を絞めて、殺しました」
梶聡一郎(寺尾聰)が最寄の警察署に出頭してきた時、
捜査一課強行犯指導官、志木和正(柴田恭兵)は、
連続少女暴行犯人の自宅を朝駆けで急襲する最中だった。
梶の取調べを命じられて、何ヶ月も追ってきたヤマから最後の最後で引き剥がされ、
警察署へUターンする志木の胸中に去来する複雑な思い。
半年前、アルツハイマー病を発症した啓子(原田美枝子)の看病の為、
自ら刑事を辞して警察学校で後進の指導にあたり、広く敬愛されてきた梶が、
なぜ殺人を犯したのか。取調室で向き合う梶の視線の奥が、
あまりに澄んでいることに驚く志木。
志木の取調べに対して、啓子の扼殺後自首してくるまでの2日間のことについて、
固く口を閉ざす梶に、志木のみならず、駆け付けた県警幹部すべてが困惑する。
現役警部の殺人という一事件が、県警そのものの権威と、
そこに属する何千という警察官の信用を地に墜とそうとしているのだ。
取り調べにあたる志木に、
誘導尋問で「空白の2日間」を捏造した事実で穴埋めするように、
命じる県警幹部(石橋蓮司)たち。
そしてその命令に背き、取り調べ官を解任された志木は、
独自に、梶がひたすらに隠そうとしている〈真実〉を探り出そうとする。
7年前に一人息子の俊哉を急性骨髄性白血病で14歳の誕生日を待たずに亡くし、
寄り添うように生きてきた夫婦に、一体何があったのか。
そして梶の事件がやむなく表沙汰になる。
さらに「空白の2日間」についての県警の発表にウソがあることが、
梶が東京行の新幹線ホームにいたことが目撃した男のマスコミへのタレ込みで
明らかになり、県警の周囲は騒然さを増す。
事件の推移と共に、佐瀬検事(伊原剛志)、植村弁護士(國村隼)、
スクープを狙う中尾新聞記者(鶴田真由)、
藤林判事(吉岡秀隆)が、各々の人生を背負い、思惑を抱え、事件の真相を暴く為
に、梶の人生、梶という人間そのものに近付いていく。
個人として捜査を続ける志木。
県警と地検の?取り引き?でやむなく手を引く佐瀬。
これを機に名を上げようと、意気込んで梶との接見に臨む植村。
梶の「空白の2日間」の行動の一端を掴む中尾。
公判で、啓子と同じ病を持つ父のことが脳裏を掠める藤林。
そして、亡くなった俊哉の担当医、
高木の「俊哉君の発病から間もなく、ご夫妻でドナー登録されたんです」という言葉。
裁判の証言台で、「私は…啓子を殺してやることもできなかったんです…」と泣き崩
れる、
姉・康子が保管している啓子の日記に貼られた、「命をありがとう」と題された投書記事。
弁護を引き受けた植村に梶が問い掛ける、
「あなたには、守りたい人がいませんか」という言葉……
“来るべき日”を待ちわびる梶の拘置所での贖罪と希望への祈りを捧げる日々。
どんな犠牲を払い、誹りを受けようとも、
あと1年だけ生きようとしている梶の人生の〈真実〉とは
!?
劇場公開時、映画に「泣き」を期待するお客さんが映画館へたくさん詰め掛け、
心いくまで泣かせて満足げに劇場をあとにしています。
同時期公開中の洋画「ミスティック・リバー」も中高年層向けの
刑事ものの作品で、
オールスターキャストという共通点がありながら、
まったく泣けないのと好対照であります。
「ミスティック・リバー」のクリント・イーストウッド監督が、
熟年世代に「失われた少年期」の葛藤から起こる犯罪を描いて見せたのに対し、
「半落ち」は今まさに、日々の生活、仕事、家族との葛藤に苦しむ熟年世代
の心情と現実を見せています。
テーマはどちらも「人は独りでは生きられない。生きてはいけない」という事
なのですが、世界観、切り口の差でここまで違うものとなるんですね。
「半落ち」というのは警察の取り調べの隠語で、
犯人が犯行の一部を自白した状況を言うそうです。
「完落ち」して全てを自白しきった事になる。
問題は梶の“空白の2日間”。
何があったか、何故言えないかで、すったもんだの騒動になる。
「あぶない刑事」「はみだし刑事」の柴田恭兵が刑事で
出てくるので、彼の目線を追いかけていけば、
混乱なくドラマの中に入っていける。
ちょーベタな配役にも、そういう戦略があるのですね。
登場人物がかなり多く、
主役の梶聡一郎(寺尾聰)がはじめから逮捕されていて、
全編ほとんどだんまりなので、
プロデューサーも考える訳だ。笑
佐瀬検事(伊原剛志)、植村弁護士(國村隼)、
中尾新聞記者(鶴田真由)、藤林判事(吉岡秀隆)
が4人掛かりで真相解明に努力する。
金田一耕介が出てきて、ひとりで事件を解決するのでなくて、
「踊る大捜査線」のように警察チームで解決するのでもない。
本来利害の相反する者同士が、
無言の協力関係を築き上げていって、
最後の法廷で梶聡一郎(寺尾聰)に迫る、
という構造です。
横山秀夫は短編ミステリーで鳴らした人で、
長編は「半落ち」が始めてだそうです。
そこで、こういう構造を編み出して、
この小説をベストセラーにした。
トリックとかがミステリーとしての見せ場ではなくて
この構造自体が、新機軸になってます。
映画では、さらにトリックより泣きのドラマの方にウェートを置いて、
構成しなおしてます。
普段、映画なんか見ないような熟年層に判りやすい様に、
不治の病や官僚組織が表だった敵になっている。
ですから、まあ、単純といえば人間的にはごく単純な4人です。
それでも私は一部こんがらがってしまって、
続けてDVDを2回見ました。
話の中心になる「半落ち」事件の他に、冒頭で志木和正(柴田恭兵)が
追いかけている連続少女暴行犯と、もうひとつ検察局内の汚職事件、
この三つがどういうかかわりになっているのか、
わかんなくなったんです。
ネタばれ改行です。
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ミステリーなんかで良くあるのが、一見無関係な複数の事件の
犯人が一緒だったとか、利害関係者が一緒とか言う奴です。
私もその線をずっと疑って見ていたんですが、
三つは別物でした。
連続少女暴行は志木和正(柴田恭兵)がはじめに追い掛けている
事件ですが、「半落ち」事件のために、
志木は強引に降ろされていらだっている、という程度の関わり。
次の検察局内の汚職事件は、新聞記事が出て、登場人物達が
この事件についてあれこれ話をしてますが、
少女暴行のように直接、犯人が劇中に姿を見せてはいません。
「半落ち」事件では警察が検察に突っ込まれる側ですが、
汚職事件では逆に検察は警察に突っ込まれる側です。
佐瀬検事(伊原剛志)の上司(西田敏行)が警察幹部と裏取引なんぞ
やらかして、志木和正(柴田恭兵)と佐瀬検事(伊原剛志)が「半落ち」事件から、
双方手を引く事になると、それをかぎつけた中尾新聞記者(鶴田真由)に
佐瀬検事(伊原剛志)が自宅に押しかけられる。
彼女は志木和正(柴田恭兵)のところにも押しかけるんですが、
県警幹部(石橋蓮司)が「これで帳尻をあわせろ」と
暴行犯の名を書いたメモを無理矢理、彼女に握らせてしまう、
という風に関わっています。
捜査関係者の利害が「半落ち」事件にほかの二つの事件と関わるのですね。
あとひとつ、ピンと来なかったのは、
クライマックスで植村弁護士(國村隼)が
新聞記事をかざして
「被告の沈黙がこの人を守る。
被告は51才で死ぬ気だ」と一気にしゃべるその意味です。
実際のセリフはちょびっと違ってますが、意味合いとしては上の通りです。
2度見て判ったのですが、
これは二つの事を一緒にしゃべってるんですね。
妻子を無くしてすべてをうしなった筈の梶聡一郎(寺尾聰)には、
実はもう独り隠しておきたい人がいた。
梶はその人の前で名乗りをあげたいのだが、
事件がマスコミの知るところとなって、
名乗りあう訳には行かなくなっていたのだ。
と、その事と梶聡一郎(寺尾聰)が1年たったら死ぬというのは、
別の事なんです。
梶聡一郎(寺尾聰)はどっちみち自殺する気でいた。
それが、ドナーの事情で1年保留にする事になった。
独り隠しておきたい人と梶がちゃんと名乗り合えれば、
梶の自殺を思い留まらせる事が出来る筈だと、
植村弁護士(國村隼)は踏んでいる。
そのことも言っている。
これはエンディングで、
志木和正(柴田恭兵)が車で護送される梶に、
路上で引き合わせる事で実現してます。
執行猶予のつかないきつい判決が出てます。
これは藤林判事(吉岡秀隆)の判断なんだろうな。
彼はアルツハイマーで人格崩壊しようと、
生かしておくべきだろうって価値観の人なんです。
テレビの予告で藤林が
「誰にもさばけないっ」と叫ぶシーンが出てきます。
これは病気が裁けない、事件が裁けない、
というんではなしに、
人が死ぬのは、
心臓が止まった時か、記憶が無くなった時か、
そのどっちかなんて、他人が判定する事じゃないでしょう?
という意味のはずです。
で、そのセリフを受けて
「(その通り、)裁けない」と梶は自分の傲慢を法廷で認めてしまっている。
だから梶は有罪なんです。
藤林判事(吉岡秀隆)のアルツハイマーの親父
(井川比佐志)の存在とか、とにかくくらぁい話なんですが、
みんなで、立場立場の利害の違いはあるんだけど、
そいつをそれぞれが苦しみながら成長して、克服して
協力して事件を解決してやろうという気になって、
最後に梶に、「生き続けて欲しい」というメッセージが
はっきり伝わってテーマソングが流れます。
そこに救いと癒しがあるわけですね。
ですから、意外とさわやかに後味宜しい作品です。
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