「火垂るの墓」
■作品基礎データ 「火垂るの墓」 2008年 日本映画 原作:野坂昭如(新潮文庫刊『アメリカひじき・火垂るの墓』より) 監督:日向寺太郎 脚本:西岡琢也 出演:松田聖子 |
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1945年6月の神戸。
大空襲の後の雨が、壊滅的な打撃を受けた街にうちつけている。
逃げまどう人々の中に14歳の清太とその背中でおびえている4歳の妹節子。
彼らの家は焼け落ち、そのそばでは、
黒焦げの死体や友達の変わり果てた姿が横たわっていた。
兄妹がたどり着いたのは国民学校(現在の小学校)。
教室の中には重傷の人達が寝かされ、足の踏み場もないほどで、
あちこちからうめき声が聞こえてくる。
その中に兄妹の母親もいた。全身を包帯でぐるぐる巻きにされ、
痛々しい姿で横たわっていた。
「清太……」
母は最後の力を振り絞って息子に手を伸ばすが、
清太はショックのあまりその場から逃げだし、
校庭に立つ木のもとで激しくぜんそくの発作を起こしてしまう。
母親を病院に連れて行こうとリヤカーを調達してくる清太。
しかしその苦労も無駄に終わる。
町会長は、母親が息をひきとったことを告げた。
なにも知らない幼い節子はリヤカーに乗るのが楽しくてはしゃぐのだった。
彼らは戦争下にもかかわらず、以前までは幸福な日々を送っていた。
海軍大尉の父親と、美しく、優しい母親。
清太はぜんそくの持病を抱えながらも
父親のように立派な軍人になることを夢に剣道に勤しんでいるが、
時には甘えて縁側で母親に膝枕してもらう。
幼い節子はおはじきを飲み込んでかんしゃくをおこしながらも、
母親からドロップ缶を与えられると機嫌を直し、
兄の“どじょうすくい”を見ては笑い声を上げる……。
しかし空襲が彼らの人生を180度違うものにしてしまった。
「お母ちゃんは病院や。あとからきっと来る」
母親が死んだことを隠し、清太は節子を連れて西宮の遠縁の家を訪ねる。
半年前に夫を失ったばかりのおばは最初、
それまでろくに会ったこともなかった二人を追い返そうとするが、
兄妹の荷物の中に大量の缶詰などの貴重な食料があるのに気がつき態度をかえる。
隣組による消火活動でも近所の人達に、
自分は苦労を顧みず他人の子どもを面倒みているのだと吹聴する。
近所には様々な人がいた。
ひとくせもふたくせもありそうな町会長。
中学校の校長先生は何かと清太を気にかけ、剣道の稽古をつけたり、家に招待してくれる。
先生には清太と同じ年ごろの娘がいて、
一緒に歩いた池の周りで、好きな歌を口ずさむ娘に清太は胸をときめかせるのだった。
そして周囲から白い目で見られている学生の高山がいる。
若い未亡人と同せいし、手をつないで水汲み場に現れたり、
「布団をかぶって頭の上を悪い風が通り過ぎるのを待てばいい」と厭世的であった。
日を追うごとにおばの仕打ちはひどくなっていった。
夜、悪夢にうなされるとうるさいと恫喝し、
ぜんそくの発作に苦しんでいると「それでも海軍の息子か」と嫌味を言う。
二人のいないときに荷物から勝手に物を抜き取り、
母親が亡くなったことも節子に教えてしまった。
清太は母親の着物を食料と交換していたことをとがめ、
「泥棒」と責めると、「これからあんたらの面倒一切見いへん」と
炊事も別々にすることになった。
兄妹は庭で自分たちで火を起すが、米を上手く炊くことさえできなかった。
食卓をものほしげに見る節子に対して、
未亡人は「座ってもええけど、何んも出んよ」とどこまでも冷たい態度で接するのだった。
そんなときに悲劇が起こった。
空襲で焼き出された家族が学校に住み着いていたのを校長先生は大目に見ていたが、
彼らが原因で大火事になってしまったのだ。
天皇の御真影を灰にした責任をとり先生は一家心中をしてしまう。
清太が淡い思いをよせた娘も帰らぬ人となった。
これ以上おばの家にいられなくなった兄妹は家を出て、
池のほとりの横穴式防空壕で二人だけの生活を始めることにした。
そこは校長先生一家が心中し、町の人々が寄り付かぬ場所であった。
「ここが台所、あっちが玄関」とはしゃぐ節子。
夜になると池の周りは無数の蛍が飛ぶ。
清太がその蛍をつかまえ、壕の中へ放つと、夢中になって捕まえようとする節子。
久しぶりの兄妹二人だけの楽しい時間を過ごす。
しかし、そんな蛍も翌朝には死んでしまう。
節子は兄に頼みひとつひとつ名前をつけた墓を作るのだった。
だが、その生活も長くは続かなかった。食料がすぐに底をついてしまったのだ。
空腹感は二人の生活をまたたく間に一変させていく。
清太は子どもが食べていた芋を横取りしたり、
さらには空襲で人々が避難した空家に忍び込み、食べ物を盗むことを繰り返した。
ある日、清太は防火用水に高山の死体が捨てられているのを発見する。
どさくさに紛れて町会長らに虐殺されたのだ。
芋を取り上げた少年も機銃掃射で殺された。
節子は日々弱っていき、慢性の下痢で下着を汚すたびに清太が手で洗う。
空腹は満たされず、
父親が送ってくれた上海のチョコレート、ユーハイムのケーキ、
てんぷらにおつくりにところてん……。
かつて家族で食べたものを思い出しながらつい半年前の幸福な日々を語り合う二人。
畑で野菜を盗もうとしたところを見つかってめった打ちにされ、
かえってきた清太に、節子は弱った体を起こし、
お手玉の中から大豆を取り出して「ドロップひとつどうぞ」と
精いっぱい気づかうのだった。
そして日本は敗戦の日を迎えた。
天皇による玉音放送から数日後のある日、節子は死んだ。
どれだけ名前を呼んでも二度と目を覚まさない。
清太は池のほとりの蛍たちの墓の隣に小さな墓を作り、
母のかたみやドロップ缶と一緒に節子を埋めた。
一人ぼっちになった清太は、生きていく希望を失っても歩き続ける。
そして、精根尽き果て、どしゃ降りの雨の中で倒れるのだった。
第58回直木賞を受賞後、約40年にわたって読み継がれている戦争文学の金字塔。
アニメ化、テレビドラマ化された野坂昭如原作『火垂るの墓』が
実写により映画化されました。
当初この企画は『父と暮せば』『紙屋悦子の青春』の名匠で、
2006年4月に急逝した黒木和雄監督により進められていました。
その遺志を引き継いだのは、
浅野忠信主演の『誰がために』で暴力の連鎖を断ち切ることは可能かを世に問いかけ
デビューを飾った日向寺太郎監督。
黒木監督が「年少の友人」と呼んだ最大の理解者です。
日向寺監督は原作の舞台である兵庫県でオールロケを敢行しています。
清太にはテレビドラマ『西遊記』、
舞台『レ・ミゼラブル』など数多くの経験を積んでいる吉武怜朗。
『Dr.コトー診療所2006』などの畠山彩奈は弱冠5歳で節子を演じています。
兄妹をいじめる未亡人には松坂慶子。
兄妹の母親には、80年代より歌手としてトップの座を守り続ける、松田聖子。
他に長門裕之と原田芳雄。
黒木監督の代表作『祭りの準備』で主演をつとめた江藤潤、
『誰がために』で絶望した主人公を支える役を演じた池脇千鶴、山中聡、
谷内里早、文学座出身の高橋克明ら。
脚本は『ガキ帝国』『TATTOO<刺青>あり』『陽はまた昇る』などの西岡琢也。
美術監修・木村威夫、撮影・川上皓市、録音・久保田幸雄。
また世界的に人気のあるギタリスト・渡辺香津美が、
ピアニスト・谷川公子と組んだユニットCastle In The Airによる
アコースティックの音色が兄妹へのレクイエムを奏でています。
アニメ版の「火垂るの墓」の他に単発ドラマの「火垂るの墓」があるようですが、
未見です。これは映画として製作された実写版「火垂るの墓」です。
例によって試写会鑑賞ですが。
暗い暗い話であるのは分かってることなので、
本当に見に行こうかどうか結構、悩みました。
結局、試写状をふいにするのがもったいなさ過ぎて出かけたんだけれどもさ。
主役ふたりの子役が魅力的ですね。
このふたりがたいしたことがないと、この作品は失敗ですが、
それにしても良い子達を探し出したものです。
アニメ版は、物理的にふたりをやつれさせて、
骨と皮ばかりにしてしまうことをやっていましたが、
実写ではそんな無茶は出来ず、
また用意できる町並みのセット数なども限りがあるため、
脚本で人と人のドラマをかなり描きこんでいます。
原作でどの程度書き込まれているのか読んでいないので
どこまで原作から使っているのか詳細は不明ですが、
若い校長先生一家が自殺した防空壕に兄妹が潜り込んで生活するという
グロさ加減はなかなかの迫力ですし、
飢えた兄が妹のために畑泥棒をして半殺しの目にあったり、
空襲でてんやわんやの街に忍び込んで、空き家から食料を盗み出したりは、
見ていて心が痛みます。
作品では松坂慶子の扮する親戚のおばが悪役ですが、
この程度の不人情な人は当時の状況からして
特に異常な人物とは思えず、
むしろ平凡な弱い庶民のひとつの姿であったろうと察せられます。
松坂慶子はじめじめと演じていないので、
その点が良いのですが、
不思議なのは母親役の松田聖子のキャスティング。
必要以上に本人のキャラが目立ちすぎる人なので、
作品世界にそぐわない事おびただしいです。
同じくらいの演技力のある人、
ネームバリューのある女優は幾らでもいるでしょうに、
なぜまた松田聖子なのでしょう?
真面目に演じているので、当人を批判するのは不当かもしれませんが、
それにしてもしっくりしないです。
ここまでは映像作品に対する感想です。
が、作品トータルに対する評価となるとまた意見が違ってきます。
本作の原作は野坂昭如の実体験が色濃く反映された半ば自伝的な要素を含む小説
といわれています。
6月5日の神戸大空襲により自宅や家族を失ったことや、
焼け跡から食料を掘り出して西宮まで運んだこと、
美しい蛍の思い出などはすべて作者の経験に基づくものだそうです。
また野坂先生は戦中から戦後にかけて二人の妹
(野坂先生自身も妹も養子であったため、血の繋がりはない)を
相次いで亡くしており、
死んだ妹を自ら荼毘に付したことがあるのも事実だそうです。
しかしながら西宮の親戚の家に滞在していた当時の野坂先生は
その家の美しい娘に夢中で、
幼い妹(物語とは異なりまだ1歳で、後に疎開先の福井で亡くなった)
のことはあまり気にかけることなく、
中学生らしい淡い初恋に心をときめかせていたといいます。
また食糧事情は悪かったものの、小説のようなひどい扱いは実際には受けておらず、
家を出て防空壕で生活したという事実もありません。
野坂先生は、
まだ生活に余裕があった時期に病気で亡くなった上の妹には
兄としてそれなりの愛情を注いでいたものの、
家や家族を失い、自分が面倒をみなくてはならなくなった下の妹のことは
どちらかといえば疎ましく感じていたと認めており、
泣き止ませるために頭を叩いて脳震盪を起こさせたこともあったと告白しています。
西宮から福井に移り、
さらに食糧事情が厳しくなってからはろくに食べ物も与えず、
その結果として、やせ衰えて骨と皮だけになった妹は
誰にも看取られることなく餓死しています。
こうした事情から、かつては自分もそうであった妹思いのよき兄を主人公に設定し、
平和だった時代の上の妹との思い出を交えながら、
下の妹へのせめてもの贖罪と鎮魂の思いを込めてこの作品を著したということです。
…作品のこうしたバックグラウンドを知り、
私も少なからずショックを受けましたが…
以下はネタバレとなるのでmixi独身映画ファンコミュニティ
http://mixi.jp/view_community.pl?id=1299114
にて「火垂るの墓」の頁をご覧下さい。
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