「Mr.インクレディブル」映画製作裏話
★映画基礎データー★「Mr.インクレディブル」 2004年 アメリカ映画 監督脚本 ブラッド・バード 出演 ホリー・ハンター サミュエル・L・ジャクソン |
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かつて、スーパー・ヒーローの黄金時代があった――。
脅威のスーパー・パワーを駆使して正義のために闘う彼らは、
人々の尊敬と人気の的であった。
だが、彼らの破壊力に満ちたパワーは、
時に一般市民の生活にもダメージを与えてしまうため、
政府はついに「スーパー・ヒーロー更生プログラム」を施行する。
スーパー・ヒーローとしての活動を禁止された彼らは正体を隠し、
一般市民として生活をスタートさせられる。
そして15年後―人気No.1を誇ったスーパー・ヒーロー、
“Mr.インクレディブル”は、しがない保健会社員ボブ・パーとして暮らしていた。
ボブの家族全員もスーパー・パワーの持ち主。
元スーパー・レディ“エラスティガール”の妻・ヘレンは今では専業主婦とし
て、
子育てと家事に追われている。
目立ちたがり屋の長男ダッシュは、
スーパー・ダッシュの使用を禁じられているのが不満。
反対に、身体を透明にしたり特殊なバリアで身を守れる長女のヴァイオレットは、
普通の女の子になりたいと悩んでいる。
末っ子の赤ちゃんジャック・ジャックのスーパー・パワーはまだ不明。
このスーパー・パワーゆえに家族は顔を合わせればケンカばかりしていた。
そして
現役時代の輝かしい日々を忘れることが出来ないボブは、今の生活に充足感を
見出せず、
金曜の晩になると昔のスーパー・ヒーロー仲間のフロゾン
と警察無線を盗聴しながら昔話で憂さを晴らしていた。
かつてのスーパー・ヒーローたちが次々と行方不明になる事件が発生。
ある日、ボブに「スーパー・ヒーローの時代は終わっていない」という一通の
謎の手紙が届く。ボブは家族には内緒で再び“Mr.インクレディブル”として立
ち上がる。
活躍の場を渇望していたボブは古いスーパースーツに身を包み、家族に内緒で
勇んで謎の無人島に出かけるのだが、そこにはとんでもない陰謀が待ち構えていた。
『ファインディング・ニモ』のディズニー/ピクサーが描く
引退したスーパー・ヒーローとその家族の繰り広げる愛と冒険の物語です。
監督は『アイアン・ジャイアント』のブラッド・バード。
(スーパースーツのデザイナー、エドナ役で声の出演もしています。)
声の出演には
『ポルターガイスト』のクレイグ・T・ネルソン(Mr.インクレディブル)や
『ピアノレッスンン』のホリー・ハンター(インクレディブル夫人)、
サミュエル・L・ジャクソン(ヒーローの友人フロゾン)など演技派が名を連ねる。
『ファインディング・ニモ』の6倍もの処理速度でコンピュータが描く、
キャラクターの複雑な表情や150着以上の衣装は新たな映像世界を見せてくれます。
(ついでに書くと吹き替え版ではMr.インクレディブルを三浦友和が、
インクレディブル夫人を黒木瞳が、長女ヴァイオレットをテレビドラマ版「セカチュー」の
綾瀬はるかが当てています。)
Mrインクレディブル“=信じられないほど素晴らしい”とは
そもそも可笑しなネーミニングです。
この作品にはセット作りのプロダクションデザイナーがちゃんと存在し、
流行の六十年代のレトロフューチャー路線のセットを美術担当とともに創造し
ています。
スーパー・ヒーローが縦横に活躍するだけに通常映画の三倍ものセット数になり、
さらに
長男ダッシュがスーパー・ダッシュし、設定では最高速度時速320Kmに達
するので、
背景画もこれまでのピクサー作品の二倍の量になったとか。
面白いのが色彩設計で、
Mrインクレディブルがいやいやサラリーマンを続けるに従い、
色数は減って行き、逆にクライマックスに向けて一家が活気をもってくるにし
たがって
色数が増え、画面が輝いて見えるように創作されているところです。
おもちゃやモンスター、海の世界を舞台に手描きアニメとも実写とも違う、
CGアニメを創造し続けてきたピクサーの課題は誰もが疑っていた通り、
人間キャラクターを描くこと、でした。
さて、この難題にどう取り組むかがこの作品の興味を引く点だったのですが、
かなり前から劇場で公開されていた特報版を見、正直、
悲観的な予想を立てていました。
スーパー・ヒーローを描くとは企画として平凡すぎないか?
劇場公開第一週以来、続々と公開される正月映画の中で興行成績第二位を確保、以来、
ずっと第二位が続いていることに少なからず驚き、
それだけ高い評価なら、ひとつ見てやろうじゃないか、と劇場に出かけていき
ました。
期待してなかったせいもありますが、なかなか面白かったです。
公式サイトの紹介にもありますが、
バード監督は“人間らしくないキャラクター”を設計し、
実写の海とは違う海、を描いて見せたピクサーの制作総指揮ジョン・ラセターを
うならせたようです。
(ジョン・ラセターは、ピクサーが 2006年に配給・制作費面での
提携関係を打ち切るディズニーとの契約ラスト作品となる『CARS』の監督も務
める予定です。)
静止画のインクレディブル一家は特に面白みのあるキャラクターではありませんが、
これが動画として動き出すとめっぽう生き生きとしてくる。
特に本作品では従来のスキャニメーションとは異なる
骨格やそれを取り囲む筋肉、脂肪の層までも動かす
“goo”と名けられたシステムを開発しアニメ化に取り組んでいます。
日本のセルアニメは一枚の絵の書き込みの分量(=情報量)の多さで
ファンの関心を引いたようですが、
アメリカでは動きでキャラクターの個性を語る、というアニメーション本来の王道で
正々堂々勝負し、見事勝利しています。
邦画では残念ながらジプリ作品以外に、
同じ方法論で対抗できる作品は現在のところ見つかりません。
(異論を持たれるアニメファンはおられるかもしれません。
私も全部の国産アニメを見ているわけではありませんので
これぞと思う作品がありましたら、是非、ご紹介ください。)
しかし、ヒーローものは実写の世界でも描きにくくなっています。
ヒーローをヒーローたらしめるアイディアは枯渇し、
悪役の悪の理論も成立しにくくなっています。
スクリーンをしょって立つヒーローが、
単なる変質者や金ほしさの強盗ばかりを追い回していたのでは
絵になりませんし、テロリストとの戦いは政治の世界に
クビを突っ込み、勧善懲悪には馴染まない。
で、ここでは「ヒーローって何なのさ?」とひっくり返し、
かつてのヒーローが現実社会と折り合う困難さと、
ヒーローへの憧れが嫉妬に転じて悪行に走るアンチヒーローを磁石の両端において
ストーリーを展開させています。
どちらかだけだと、これは多分そう魅力の無いドラマにならざろう得なかった
でしょう。
女房子供に内緒でボブと友人フロゾン、
大の男ふたりが車の中で警察無線を傍受しながら昔話にうつつを抜かすところが
かっこ悪くて可笑しいのですが、ビル火災の連絡を聞くとふたりの顔色が
変わって目だし帽をかぶってビルに駆けつけちゃう辺りが傑作。
どさくさ紛れの人命救助なら誰にもバレまいとタカをくくって火事場に飛び込
みますが、
久しぶりの活躍に調子が狂ってふたりして火に巻かれそうになって大慌て、
壁をぶち破って隣のビルに飛び込むと、宝石店の泥棒と鉢合わせして、
相手を叩きのめしたはいいが、警報が轟き、ふたりは顔を見合わせ
「まずい、これじゃ俺たちが泥棒だっ」
はははっコリャ可笑しいです。笑った笑った。
ヘレンは“エラスティガール”を名乗る
スーパー・レディ時代は功名心の強いキャラクターのようでしたが、
専業主婦になってからはひたすら保守的に振舞っているように見えます。
ところがボブが
ダイエットとシェイプアップに取り組み、昔のマッチョな体型に戻ってくと、
彼女の機嫌も良くなって自分の方からボブに抱きついてキスしたりする。
やっぱし、たくましい男が好みなのですね。笑
ねたバレ改行します。
「マントはダメよっ」
私にはシンドロームを名乗るインチキ・スーパー・ヒーローがとても面白く見
えました。
子供の頃、Mrインクレディブルに邪険にされたのを根に持って、
大人になって
軍事産業で巨万の富を得ながらも、秘密基地をこさえてスーパー・ヒーロー殲滅に
人生を賭けている。
実写では耐えられないほど漫画チックな人物ですが、
哲学ははっきりしていて迷いが無い。
本物のヒーローの主人公のまったく正反対。
「クレヨンしんちゃん 大人帝国の逆襲」で現代社会を否定して、昔に返ろうと
60年代だか70年代だかの時代を強引に再現しようとする「ケンとメリー」の軍団が
大暴れしましたが、
それに匹敵する悪役ではないですが?
シンドローム一味がロケットで戦闘ロボットを町に送り込んで大暴れを
はじめると一味の下っ端戦闘員たちまで持ち場を離れてモニターを見ながらシャンペンを抜いている。
馬鹿な連中です。
金で雇われた部下というより、
こいつらもシンドロームに心情的に共感している”おたく”軍団ではないかと。
違うかもしれないけど、そう解釈した方が面白そうです。
映画の悪役の目的が“世界征服”ではお話にならなくて、
その次に流行った
(「インディー・ジョーンズ」の聖杯ぶん捕り合戦や「ハムナプトラ」のドタ
バタ騒動等)
“不死の生命を得る”というテーマも陳腐化した今となっては、
“個人的な思い入れで突っ走る”お馬鹿な悪党に妙なシンパシーを感じてしまう。
いまのところこれらの悪役は正統派とはみなされず、パロディの一員として
語られることが多いようですが、
心情的なリアリティが、現実社会のリアリティを否定しようとして
社会秩序を壊そうとするあたり、つまり虚構が現実に挑戦するあたりに
新しい悪のロジックが成立しそうです。
私は面白いと思うんですけどね。どうでしょうか?
それに対してボブは「家族を守れない奴はヒーローじゃない」と
地道なあたりでMr.インクレディブルのヒロイズムと
一家の主としての義務との折り合いを付けようとし、
エンディングでそれは成功しているように見えます。
少々手堅くまとめすぎですが、
よきパパが最高のヒーローなんだぜっ、というのはファミリー映画としては、
申し分の無い結論でしょう。