「イノセンス」映画製作裏話,

「イノセンス」映画ポスター★映画基礎データー★
「イノセンス」
2004年 日本映画
監督脚本 押井守    
原作 士郎正宗
声の出演 竹中直人 大塚明夫 田中敦子

               

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「イノセンス」とその前作にあたる
「GHOST IN THE SHELL 攻殻機動隊」の両方を連続解説します。

「GHOST IN THE SHELL 攻殻機動隊」が発表されたのが95年。
私は「イノセンス」を見に行く前に見てますが
借りてきたビデオもかなりくたびれていて画質は悪かったです。
しかしジェームズ・キャメロン監督(「タイタニック」)の「攻殻機動隊」を
絶賛するメッセージがパッケージに刷り込んであったりして、
当時全米のオリジナルビデオ販売で一位になつた様子などがうかがえます。
「キル・ビル」のタランティーノ、「マトリックス」のラリー&アンディ・ウォシャウスキー兄弟などの
熱烈なファンもいます。

今見れば作画の拙さ、CGのチャチさも目立ちますが、
ウィンドウズ95が世に出たその年にー、
「リング」といったら、「ロード・オブ・ザ・−」でなくて「貞子」だった時
代にー、
(貞子よりもうちょびっと前か?)
これだけのものを発表したということはやはりたいしたものです。

見て驚いたのですが、
サングラスしたままカンフーで戦う男たちとか、
背中にワイヤー付けて高層ビルから飛び降りるヒロインとか、
この数年、ハリウッド映画の実写で見かけたSFに
「攻殻−」で創造された場面が本当に多いっ!

「うる星やつら」で世に出た監督の押井守氏を本作の成功で
「日本のアニメの神様」と呼ぶのは何かヘンテコですが
(日本人の我々の一般的なセンスからすると、
宮崎駿監督こそ「アニメの神様」と呼ぶのにふさわしいから。)
ハリウッドのクリエーターたちの想像力を刺激してやまなかった存在であることを
確認できました。

西暦2029年――
企業のネットが星を被い,電子や光が駆け巡っても国家や民族が消えてなくなるほど,
情報化されていない近未来。
情報化のネットワークが地球を幾重にも覆い尽くし,
一方でコンピューター犯罪やサイバーテロが日常化した時代.
人々はキーボードなどの端末を使わず電脳※を介して直接ネットに接続し、
そこから直接情報を交換できるようになっていました。
そして多くの人々が体の様々な部分を機械化、“サイボーグ”として社会に浸
透しています。

(※電脳=脳が直接コンピューターなどとアクセスできるようにしていること。
サイボーグの首の後ろに“ソケット”がついていて、コンピューターのケーブ
ルを接続する。…そのまんま「マトリックス」であります。)

特殊化したテロ犯罪や諜報戦に対処するために組織されたのが、
内務省直属の特殊部隊である公安9課、通称“攻殻機動隊”です。
草薙素子は公安9課のエージェントとして、
公安活動から暗殺までをこなす凄腕のサイボーグです。
しかし半分機械と化した自分の存在に疑問を感じる日々が続いていました。
彼女の苦悩を知るのは同僚の捜査官バトーのみです。
(「イノセンス」はこのバドーが主人公。)

草薙は,
国際的に指名手配された謎のハッカー“人形使い”を巡る捜査に乗り出すこと
になります
“人形使い”とは,さまざまな人間の記憶や行動を,
脳をハッキングすることで操るという特徴的な犯行スタイルのために付与された
コードネームですが,その正体は一切不明のままでした。

(“人形使い”は九課のファイリング上、正式には“コード2501人形使い”と
呼ばれる。
2501という数字は「イノセンス」でも、
バトーと草薙との再会の合言葉としても出てくるので要注意。)

人形使いをふつうのテロリストとみなしていた“攻殻機動隊”は、
自分らの捜査権限の範囲だと思って、
人形使いを追いかけるのですが、
公安六課も人形使いを追っていることがわかります。

人形使いは不特定多数の人間の電脳に侵入してゴーストハック※を行ない、
それらの人物を手足のように操って、
政府の外交交渉の妨害工作を行おうとしていたのです。

公安六課というのは外務省条約審議部のことで、主に諜報を担当する外務省の
情報部隊です。
ドラマのなかで政府が、国家機密にも関与する某途上国の亡命プログラマーの
身柄を
「返す」「返さない」でもめています。
その交渉に人形使いが首を突っ込んでいました。
六課と九課でどっちが人形使いを捕まえるかで競争になります。

(※ゴーストハック=劇中で「ゴースト」「ゴースト」と連呼されるので
かなり面食らいました。ゴースト(意識)を乗っ取られる(ハッキングされ
る)ことだそうです。
その結果ハッカーが用意した現実に存在しないものの情報を
「存在するもの」として知覚してしまいます。そのため存在しない相手と戦う
ことになったり、
自分がするつもりのなかった犯罪行為を「やらなければならないこと」と思って
実行してしまうのです。
劇中で、意識をのっとられた中年の独身清掃局職員が、自分は女房、娘と幸せ
に暮らしていると思わされて、犬とふたりきりの写真を「家族写真だ」といっ
て、同僚に見せるくだりは悲惨です。)

九課はその工作の阻止には成功するのですが、
人形使い本人を捕らえる事には失敗してしまいます。
だが後日、事故で九課のラボに持ち込まれたサイボーグの義体※の電脳の中に
その人形使いが入り込んでいました。

(※義体=そのまま“ぎたい”と読みます。
義手、義足、と同じで脳を除く身体全部のロボットの事を指します。
サイボーグ化がとことん進むと、義体に脳を入れただけの姿になります。
草薙素子はすでにこの最終段階にまでサイボーグ化が進んでいて、
自分は人か機械かと恐れ悩んでいるように見えます。
バドーの方のサイボーグ化がどの程度進んでいるかは、
「攻殻―」では具体的に説明されていませんが、「イノセンス」では、
草薙素子と同レベルにまで機械化されてしまっているようです。
「イノセンス」の予告編で“(彼に)残されたのはわずかな脳と女の記憶”と
宣伝コピーがついていますが、女とは草薙素子のことです。)

そして人形使いは自らを「情報の海で発生した生命体」と称し、亡命を希望すると
草薙らに言い出します。
だがその時、九課が何者かの襲撃を受け、人形使いの義体が持ち去られてしまいます。
そして素子達はその後を追うのですが……。


「攻殻―」でストーリーが飲み込みにくいのは、
設定の複雑さというより、設定の大半をセリフでしゃべっているためでしょう。
「ゴーストハック」って何? 人形使いって誰? 義体とサイボーグって違うの?
画面を目で追っていくだけでは分かんないです。
セリフをしっかり聞いて、はなしの前後から推定しないと。
映像の方は、どんどん走り回って、カンフーで戦って、銃撃戦になります。

亡命プログラマーのはなしは、
“人形使い”の入った義体が、九課の前に姿を現したとこまでで、
そのあとはどうでも良くなります。
“人形使い”本人のはなしによると、“人形使い”本人が九課と接触したくて
わざと亡命プログラマーにちょっかい出したといっています。
“人形使い”は、草薙素子に興味があって、わざわざ日本に来たようです。

 “人形使い”と草薙素子の対決が、ドラマ的にもテーマ的にもクライマックス
となります。
そこでどんな展開になるかは、うしろでねたバレ改行して書きます。


「イノセンス」は「攻殻―」の事件の三年後、2032年の日本が舞台です。
ある日、ロクス・ソルス社製の少女型の愛玩用ロボット“ハダリ”シリーズの
ロボットたちが暴走を起こし、
所有者を惨殺する事件が発生します。
草薙素子の失踪後、九課を仕切っていたバトーは、
あたらしい相棒のトグサと共に捜査に向かいます。
「人間のために作られたはずのロボットがなぜ、人間を襲ったのか」。

電脳ネットワークを駆使して、
自分の「脳」を攻撃する“謎のハッカー”の妨害に苦しみながら、
バトーはすこしづつ事件の真相に近づいていく。

破壊されて何も語らないアンドロイド、人間の姿をしたロボットの女性、
禍々しき祭礼の中で人間に焼かれる人形たち、
自ら死体となって、人間であることを超越したと自惚れる男。
バトーは、捜査の過程で様々な、人形(サイボーグ、ロボット)たちと出会い、
<人形>に托された<人類>の想いを繰り返し自問自答することになるのでした。
「人間はなぜ、自分の似姿(=人形)を造ろうとするのか」。
「人はなぜ、人形を必要としているのか」。
身体のほとんどが機械と化したバトーは、いわば、人間と人形の狭間を生きる
存在です。
そんな彼にとってその謎を解く手がかりは、
自らが飼っているバセット犬と、素子への一途な想いだけだった。
それはバトーが人間として生きている証でもありました。

“謎のハッカー”キム(声 竹中直人)との対決、そして
海に浮かぶ少女型愛玩用ロボットの生産工場に乗り込んだバトーは、
そこで草薙と再会し、事件の真相を知るのだったーー。


今回のシナリオは、原作コミックスの第6話「ROBOT RONDO」を元に、
押井氏が脚色してます。
「イノセンス」というタイトルを付けたのは
制作協力のスタジオ・ジプリの鈴木敏夫プロデューサーだそうです。
製作はプロダクションI.G.。
ここはタツノコプロの流れを汲む製作プロダクションで、
最近はタランティーノ監督の「キル・ビル」のアニメパートの製作も請け負っ
ています。
製作協力はスタジオ・ジプリ。
“日本最高のスタッフが取り組んだ”というコピーは、ちゃんと根拠があるのです。
制作費は二十億円。タイトルを見ますとディズニーの名もあり、
アメリカでのセルビデオのヒットに気をよくした
ハリウッド資本の参加があることが分かります。
―というより、当初は製作に直接ハリウッドが参加するという話もあったよう
ですが、
それなら「押井守」の看板は不要だろうと日本側が突っぱね、
あくまで日本主体での製作となったようです。
その決定で制作予算はがた落ちになったようですが、
そのかわり製作の自由度を確保したのですから、いたしかたありません。

押井氏はハンス・ベルメールの球体関節人形を見て以来、人形に興味があった
といいます。
日本では四谷シモンさんらが作られているような人形です。
プロデューサーから「攻殻2」の企画を考えてほしいと依頼があった時、
“義体という人工の身体にゴースト(人の意識)が入ったサイボーグ”という
攻殻の世界が、きわめて人形的、もしくは人形と相性のよい世界であったことから、
人形テーマを突き詰めることで、
あたらしい「攻殻」の姿が見えてくるだろうと考えたようです。
「GHOST IN THE SHELL 攻殻機動隊」では冒頭に草薙の義体がメンテナンスされる
様子がタイトルバックの映像に使われています。
「イノセンス」では、騒動を起こすハダリが工場内で生産される過程がタイトルバックに
使用されています。
完成したハダリのカメラ目線でカットは終わっているのですが、
そのハダリの瞳に、天地逆さのバトーの顔が小さく映り込んでいて、
サイボーグとアンドロイドが見つめ合うという映画のテーマを暗示する
構図になっています。

「イノセンス」では前作でも出てきたゴーストハックがよりインパクトのある
状況で繰り返しバトーに襲い掛かっています。
ペットの犬の、いえ、単なるペットではなくバトーにとっては大切な家族の
バセットハウンドのドックフードを買いに立ち寄ったコンビニで銃撃戦になりますが
(劇場予告で出てくる場面です)
バトーは「敵から銃撃を受けた」と思い、必死に応戦しようとしましたが
ですが彼が「敵」だと思って射撃した相手は、自分の腕だったのです。

もっと大掛かりなのが、
謎のハッカー・キムの住む巨大なオルゴールの館にバトーとトグサが乗り込む
エピソードで、
部屋の椅子で死体のように横たわるキムの義体を調べるうちに、
なんども屋敷のドアから入り込むところにふたりは戻ってしまい、
同じ場面の繰り返しから抜け出せなくなる、というゴーストハックが出てきます。

この夢と現実のごちゃ混ぜになったような繰り返しは
懐かしの「ビューティフル・ドリーマー」で“学園祭の前夜”に閉じ込められ
てしまった
主人公たちのイメージにダブります。
押井監督が愛着を持つシチュエーションなんだろうなぁと思います。

古い作品の愛着あるシーンと共に、人形というテーマの突き詰めで、
も「攻殻」と同じテーマの繰り返しから免れ、
さらに深いところを狙っているというよい印象をもって作品を見ることが出来
ましたので、
自分としては「イノセンス」はよい点数の付けられる映画です。

以下は「攻殻」「イノセンス」双方のクライマックスの解説です。
ねたばれですので改行しときます。






「GHOST IN THE SHELL 攻殻機動隊」の最後は
人間なのに、自分を喪失しつつある草薙素子と、
プログラムなのに「私は人間なのだよ」とうそぶく“人形使い”の対決です。
バトーら九課のメンバーは、テロリスト“人形使い”は、
義体から義体へ移動しなが逃亡するうちに、
オリジナルの肉体を戦いのうちに失った、あるいは捨て去ったのではないか、
と推定しています。
脳みそだけの存在というのを、さらに飛び越えて、
「意識」だけがプログラム化して、ネットの中を飛び回っている。

で、“人形使い”は、草薙素子と合体したいと言い出します。

彼はそれを、進化したいから、と理由を述べています。
プログラムなのでいくらでもコピーを作ることによって、“繁殖”は可能です。
しかし多様性のないプログラムが何世代もコピーを繰り返せば、
コピーエラーによる脆弱化の危険を抱え込み、
たったひとつのコンピューターウィルスによって、
一族滅亡の憂き目に会うかもしれません。
プログラムは自らを進化させる能力がないのです。
そこで、草薙素子と合体して生物的な多様性を取り込みたいというのです。

草薙素子は自分の義体を戦闘中に破壊されて、
生首ひとつの姿になってしまい、“人形使い”の提案を受け入れます。

バドーは、子供の義体を手に入れて、やむなく草薙素子の首をつなぎますが、
草薙素子は彼の元を去っていきます。
そこまでがビデオ「GHOST IN THE SHELL 攻殻機動隊」のストーリーです。

「イノセンス」のクライマックス、キムの妨害を退けたバトーは、
海に浮かぶ少女型愛玩用ロボット“ハダリ”の生産工場に乗り込みます。
工場の自衛システムが起動し、倉庫で出荷を待つ大量の“ハダリ”が
バトーに襲い掛かります。
その窮地のまただ中で、“ハダリ”の一体が、衛星軌道から「降りてきた」
草薙にのっとられ、バトーを援護します。
「攻殻」で“人形遣い”と合体し、
人間の女性の姿をした自分の義体を捨て、ネット上を飛び交うプログラムと化した
草薙にバトーは「お前はいま、幸せなのか?」という意味のことを問いかけます。
草薙は「人間的な煩悩から解放された」という意味のことを答え、
バトーはひとこと「そうか」と納得してます。

本当のところ、ネットワーク上の人も機械も超越した生命体(?)になってしまった
草薙素子が幸福か不幸かなんて、推し量りようもないことですけど、
バトーという男は、相手をかつて同僚だったひとりの女性として語りかけてい
るのですね。
そこが「攻殻」「イノセンス」という作品のロマンに違いありません。
これは直接作品の人形テーマに対する草薙というヒロインの答えであると同時に、
同じ苦悩を分かち合うバトーの性愛を超えた愛の問いかけであり、
それに対する彼女の返事でもあります。

草薙は工場の自衛システムにハッキングしてシステムを制圧し、
工場の一番奥に潜入します。そこには拉致された少女たちがシステムに繋がれて、
機械の虜(とりこ)となっていました。

本来メイドとして量産されたアンドロイド(ガイノイドと呼ばれている)“ハダリ”は
セクサロイド(セックス用アンドロイド)として改良され裏市場で評判でした。
セクサロイドそのものは、多数のアンドロイドが世間に出回っていたのですが、
ロクス・ソルス社の“ハダリ”に絶大な人気があったのは、実は
A.I.(人工知能)の代わりに拉致した少女たちのゴースト(意識)をダビングして、
より人間的な“反応”をアンドロイドに模写することに成功していたためです。
いわば“人間の人形化”が非合法な手段で行われていたわけです。

虜になった少女たちは、脱出の手段として、“ハダリ”の暴走を企てました。
街中でセクサロイドの暴走が起きれば警察が動き出すに違いない―――。
(ロクス・ソルス社の出荷検査官がヤクザに殺されますが、
彼がおそらく少女たちの協力者のひとりです。)
実際バトーが乗り込んできたのですから、少女たちの狙いは的中し、
身柄は解放されますが、
バトーは泣きじゃくる少女を思わず
「人形たちのことは考えなかったのか!」
と怒鳴りつけてしまいます。
少女たちの苦しみは分かります。でも道具として自壊させられた人形たちに、
本来、罪はあるのでしょうか?
人は己に似せて人形をつくり、己の都合で自分の似姿を踏みにじる…。
半身人形のバトーは言い知れぬ哀しみを胸に刻むのでした。

「イノセンス」は無事、自分たちの街に帰ったバトーとトグサが、
トグサの家の門前で別れる場面で終わっています。
トグサには最愛の娘がいて、バトーは彼の家族であるバセットハウンドを抱い
ています。
(無骨なバトーがこの犬にだけはめちゃくちゃ甘いところが、愛嬌があるし、
人間味の出るところです)
トグサは娘にバースディプレゼントをせがまれてフランス人形を差し出します。
娘に抱かれた人形の瞳は、感情のない“ハダリ”の青い目そっくりです。
その顔のアップでジ・エンドとなります。
世界がきれいに閉じたところで「イノセンス」の幕は閉じます。

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