「THE JUON/呪怨」DVD脚本レビュー

「THE GRUDGE」映画チラシ★映画基礎データー★
「THE JUON/呪怨」
2004年 アメリカ映画
監督 清水崇
脚本 スティーヴン・サスコ
出演 サラ・ミシェル・ゲラー

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「THE JUON/呪怨」試写会でも見ています。
試写会会場の舞台袖にデジタルカメラがすえられ、上映中の客席の様子を
撮影していました。
撮影ビデオがテレビ予告で使われるかもしれない、
という上映開始前のアナウンスがありました。
場内はアナウンスに大うけでしたが、
自分の叫んでいる顔が全国放送されるかもしれないと思うと、
恥ずかしい…。

ご存知のとおり「スパイダーマン」シリーズの監督サム・ライミが
清水崇監督・脚本の日本のホラー映画『呪怨 (2002) 』のビデオを見てほれ込み、
製作・製作総指揮に乗り出したジャパニーズ・ホラームービーのハリウッド・リメイク版です。
英語タイトル「THE GRUDGE」とは「怨恨・悪意」という意味です。

 タイトルバックの後、画面が暗転したまま「日本では」と前置きして、
不慮の死を遂げたものの無念の想いがその“死に場所”に留まり、
やって来た者に災いをなす、といった意味の字幕の解説がつきます
普通に考えれば、これば地縛霊を解説しているように取れます。
西欧にも地縛霊くらいいるだろうと首をかしげていると、
ドラマの進展で、
ハリウッド映画などの幽霊屋敷に出てくるゴーストと
呪怨(これ自体は造語?)はかなり意味が異なるように
感じました。

ゴーストは昇天出来ない霊魂で、いわば人格のある存在ですが、
呪怨は、恐怖や怒りの残留思念そのものです。
目的も方向性も無く、たまたま遭遇した人すべてに見境なしに
襲い掛かります。
幽霊でしたら、イタコのようなシャーマンが仲介人になって、
この世に残した彼らの無念を解決してあげられれば、
昇天あるいは消滅してくれるのですが、
呪怨は、攻撃・破壊衝動そのものが存在理由ですので、
いかなる仲介も説得も受け付けません。
だいたい、思考力など持ち合わせておらず、
霊的な意味においてもコミュニケーション不能の存在なのです。

私はその方面は詳しくないのですが、霊能関係者によると、
人間的な人格を持ち合わせた幽霊は霊の中でもかなり高度な存在で、
霊感写真などに撮影された人の手足は、人格の無い残留思念の断片で、
あるものは人に対して積極的な攻撃衝動を持ち、
またあるものは騒霊(ポルターガイスト)となって
己の存在を誇示しようとします。
存在を誇示したいことと、呪い殺そうとすることは
本質的に別のことと解説しています。

ですから幽霊としては、
無人格の呪怨型の方が実際には多いようです。

 東京に住む白人達が怪異に巻き込まれるという設定ですが、
企画当初は舞台はリングのリメイクのときと同様、北米だったそうです。
清水崇がリメイクでもメガホンを取り、
日本人スタッフ中心で制作が進められたわけですから、
地の利的にも日本国内の方がよかったのでしょう。
 映画冒頭の主人公たちの孤独な異国暮らしの様子が、
のちの悲劇の効果を上げる伏線ともなっており、
また恐怖シーンの大半が、家屋の中で起こっており、
日本家屋の構造とアメリカのツーバイ・フォー等の家では、
シーンの組み立てが変わってしまうので、
この変更はベストな選択だと思います。

新作の企画を探していた「ザ・リング」のプロデューサー、ロイ・リーは、
まだ字幕も無いビデオ「呪怨」を見てインパクトを受け、
若手脚本家の
スティーブン・サスコにリメイク脚色の作業をはじめさせます。
このビデオ版というのはレンタル専用にたった九日間の撮影で作られたものだそうです。
その間、日本では
黒沢清監修の映画版「呪怨」が完成され、公開されていたわけですが。
リーはこの映画版の完成度の高さにサム・ライミ監督に見せようと決めます。
映画版のビデオを見たサム・ライミが自分の制作会社ゴースト・ハウスでの制作を
決断するという経過になります。
興味深いのは、字幕の無いビデオが怖かったという話です。
複雑なプロット(あらすじ)で怖がらせる話ではなく、
見た目のインパクトで驚かせる作品であるということを
端的に物語るエピソードではありませんか。

 来日したキャストは、邦画では撮影初日にごく当たり前に行われる
御祓いにびびったようです。
ホラー映画だけに、何か特別な儀式が行われるのだと思ったのでしょう。

東京の国際学校に通う大学生カレン
(サラ・ミシェル・ゲラー「スクービー・ドゥー (2002)』)は
恋人ダグ(ジェイソン・ベア)と同棲している。
学生課のアレックス(テッド・ライミ:製作サム・ライミの弟)よりカレン
へ彼女が希望していた介護ボランティアの紹介があった。
東京在住の自閉症のアメリカ人老人女性クレアを介護する仕事で、
クレアはヨーコという別の学生が世話をしていたが、
昨日来から連絡が取れなくなっていた。

クレアは息子マシュー・ウィリアム(ウィリアム・メイポーザー)と、
義理の娘ジェニファー(クレア・デュヴァル『21グラム (2003)』)と一緒に住んでいる。
マシュー(ウィリアム・メイポーザー『マグノリア (1999) 』)と
ジェニファーは、東京で会計士の仕事をするため来日したばかり。
マシューの姉スーザン(カディー・ストリックラン)も
日本にいて仕事もしている。

カレンが、派遣されたクレアの邸宅を訪れると
ヨーコの自転車は玄関脇に放置され、室内は紙くずなどで散らばり放題、
クレアとはほとんど意思疎通が出来ず、ヨーコの姿は見えないままだ。
 何者が徘徊する物音が聞こえる。勇気を奮って二階の奥の部屋に行くと、
押入れが荷造り用のテープで塞がれているではないか。
カレンはテープを引き剥がして押入れの引き戸を引くと、
蒼白の幼い少年が一匹のネコと共に閉じ込められていた。
この子は何者か?なぜここにいるのか?

東映ビデオ『呪怨 (1999) 』を観たクエンティン・タランティーノ
は、ヒロインの栗山千明に注目。彼女を『キル・ビル』に起用したという記事を
見かけましたが本当でせうか?

日本のスタッフにアメリカのキャストという体制は、
なかなか撮影が大変だったようです。
アメリカのユニオンには
通勤時間を入れて一日12時間以上働いてはならない、という規定があるようで、
昼夜を問わず現場の都合で撮影する日本流は通りません。
日本国内では、撮影許可があっても交通規制などせぬが当たり前で、
ロケ現場の状況しだいでカメラを回す日本流に、アメリカのキャストたちは
その場のコンディション、感情のテンションの維持に苦労させられたそうです。

サラ・ミシェル・ゲラーはセット撮影についてもインタビューで、
照明担当を含めスタッフ全部がセットでは靴を脱ぐ姿に「驚いた」と
答えています。
うっかり朝食を持ち込むと、全員の視線を感じて慌てて片付けたとも。
日本ではセットは神聖な場所で、そのあり方に敬意を払ったそうです。

中川刑事(石橋凌)は、「その場にいたものは無論、触っただけでも祟られる」
と劇中で言ってます。
実際スーザンは、職場から自宅のマンションに
戻っただけでえらい目に合わされています。
呪怨があまりに変幻自在で、何でもありすぎで、
ちょっとねぇという気もしなくも無いです。

時間が現在、過去を行ったり来たりしますが、大本が単純な話で、
家の外からやってきたカレンが巻き込まれ、
解決のために奔走するのですから、許容範囲でしょう。
細かく見れば、カレンの真相解明の努力と没交渉で
時間軸が移るところも結構あって、
これは一体、誰の回想なのだろうと首をひねるところも
結構あるのですが。
…深く考えると既に死んだ人の回想場面だったりして。笑

クライマックスでネタ晴らしがあり、
理不尽な呪怨の攻撃もそれなりの裏があると知れますが、
でもあれはどうしてあそこでネタ晴らしがあるのでしょう?
前後の段取りがあるようでなく、いきなり真相解明。
でも結局、攻撃は止まないのですから解決にはなりません。
たいていのホラーは、
悪霊の正体が知れれば、それで自動的に解決の道がつかめるのですが、
呪怨は暴れるばかりで手のつけようがありません。
クライマックスで一度退治されて、
もう一度逆襲があって、それでもって再度やっつけて止めを刺すというのが、
ハリウッド映画のパターンですが、
不意に攻撃が止まって、不意に再開してエンドです。
ストーリーパターンを脚本でなしに、
映像の連続だけで見せているようで、不思議といえば不思議な演出です。

アメリカ公開時に二週連続で興行ベストテンで一位をとるヒットとなったと聞きます。
二流の配役で安く作ってがっぽり儲けた口です。
こういう作品が続く限りジャパニーズ・ホラー・ブームはしばらく続きそうです。

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