「亀は意外と速く泳ぐ」DVD脚本レビュー

「亀は意外と速く泳ぐ」映画チラシ★映画基礎データー★
「亀は意外と速く泳ぐ」
2005年 日本映画
監督脚本 三木聡
出演    上野樹里 蒼井優

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片倉スズメは平凡な主婦である。
夫は海外単身赴任中、定期的に電話をくれるが、
話すのはペットの亀の心配ばかりである。
毎日が恐ろしく単調に過ぎていく…。
トイレに行けば自分の存在を無視するかのように、
おばさんがオナラをし、夫さえ時々自分のことを忘れているようだ。
私は見えていないのか?
久しぶりに待ち合わせをした幼馴染の“クジャク”には
2時間も待たされてしまう始末
(彼女は同じ日に同じ場所で生まれたのだが、反対にスケールの大きい女である)
…このまま歳をとり死んでいくのか?そう思うと恐ろしい…。

そんな平凡を嘆く彼女は、
ふとしたことから階段のへこみに張られた広告を目にする。
スパイ募集!
彼女は思わずその番号に電話をかけてしまうのだった。
三日後、彼女は指定された安アパートに向かう。
スズメを迎え入れたのは、クギタニシズオとエツコ夫妻。
普段は商店街のアナウンス嬢と無職の男である。
彼らは自分達がある国のスパイだという。
そしてスズメのように典型的な平凡人こそスパイ向き、
ぜひスパイになって欲しいと説得する。
彼女は半ば強引に活動資金として500万円を渡されてしまった。
こうしてスズメのスパイ生活は始まった。

毎回即日完売、常にチケットが手に入らないことで有名だった
シティボーイズ(大竹まこと・きたろう・斉木しげる)のライブの作・演出を手がけ、
構成作家として「ダウンダウンのごっつええ感じ」「笑う犬の生活」「トリビアの泉」
などでも
独自の笑いを築いてきた三木聡の
『イン・ザ・プール』に続く長編監督第2作目がこの作品です。

タイトル『亀は意外と速く泳ぐ』の意味は、
知っているはずの日常にも、まだ知らない別の世界があり、
それを知ることで少し幸せになる、ということだそうです。
『イン・ザ・プール』未見ですので偉そうに言えないのですが、
この映画の笑いは
笑いの要素を詰め込んで"笑わせる"のではなく、
異なるキャラクターの人間をぶつけてみて、
そこから生まれる化学反応を"楽しむ"という、スタイルですね。

上野樹里(スズメ)と蒼井優(クジャク)がダブルヒロインだと言うので、
「それは見るしかないでしょう」というきわめて不純な動機で映画を見ましたが、
思いっきりくっだらなく、とことん笑わしていただきました。
“脱力系コメディ”とコピーが付いてましたが、果たして付いてけるんだろうか、
結構不安でしたが、まあ、笑えなくても、上野樹里と蒼井優が一度に見られるなら
いいや、というきわめて不純な動機で…こればっかりですな。

笑いのタイミング、見せ方は脱力系ですが、
登場人物ひとりひとりはシュールだったり、スラップスティックだったり、
べたべたな親父ギャグだったり、いろんな奴がランダムに出てきて面白いです。
笑いというのはつまり、半分は意外性から来るのだけれど、
次の読めない、読ませないところは、天晴れ売れっ子放送作家です。

いつもの平凡な生活も、いざ平凡な振る舞いを意識し始めると恐ろしく難しい。
だが。
クギタニ夫妻の一風変わったスパイ特訓はスズメにはすべて新鮮に映る。
一日はあっという間に過ぎて行き、楽しくてしょうがない。
日常の裏側には意外な事実がいっぱい隠れていた。
それを知ることで特別な知識を得るわけではないが、
何か得した気分になるのだった。
そんなスズメの活動に関係あるのかないのか。
彼女の周りは急にザワザワし始める。
初恋の加東先輩に出会ったり、
普通に生きている人々が実はスパイ仲間だったことを知ったり、
さらにはクジャクと引いた商店街のくじ引きで地引網漁体験が当たり、
いそいそと出かけると、なんとそこで死体が引っかかってしまう。
次第に周りに人が集まってくる。
クジャクも何者かに追われ、行方をくらました…。
目立ってはいけないはずのスズメは徐々に注目される存在に。
公安当局も不穏な動きを察知して、スズメをマークし始める。
彼女のスパイ活動はどうなってしまうのか?
そしてついに、最後まで秘密にされていたスパイのミッションが彼女に下った・・・。

飛び飛びに出てくる蒼井優と出ずっぱりの上野樹里、
やっぱり感情移入しやすいのはスズメの樹里。
クジャクの方は海岸の洞穴に住んでいるし、そもそも変な格好だしで、
最初からぶっ飛んだ漫画チックな人物に仕立て上げられている。
ふたりは幼いころからの幼馴染で、飛び飛びで出てくる昔話が、
現実に起きたことというより、どこか懐かしげな法螺話の風情で妙に切なく、
美しげだったりする。
(とはいえ、彼氏のパジャマ姿をもう一度見たい一心で
町中停電にしてはいけないんだよ、おふたりさん。)

鮮やかでポップな衣装、可愛らしい部屋、
レトロな小物がスズメのまわりにころころと出てきて視覚的に
可愛らしいです。

ヒロイン二人には何の動機づけもなく、方向性もなく、
いってみれば周囲の状況の変化に流されているだけなんだけど、
周りの脇役たちだって自分たちの都合で勝手に生きているだけなので、
中盤までは何の話かよくわかんない映画ではあります。
でも不思議と判らないからつまらないと言う事はないですね。
当たり前のものでも見つめなおせば、興味が湧いて来るというのが
そもそも作品のモチーフなんだから。

ご町内のどうでもよい人たちがみんなスパイの仲間なんだという事が
わかってくるあたりから、公安当局が動き出す。
スズメたちは某国スパイということになっているが、
某国が北朝鮮という事はなく、正体不明のままです。
仮の姿のまま、ドキドキとひたすら待機の日々をすごすところがミソなんだな。
今の生活はみんな嘘で、輝かしい冒険が待っているに違いない、
本当の私はこんなもんじゃない、
というのは本当は私たち全部が願っていることかもしれません。
白昼夢と変身願望の間隙を突くあたりでこの話は成立しているのです。
来る筈がないとたかをくくっていた“召集のかかる日”がスズメたちに迫ります。
その日、彼女たちはモラトリアムなままでいることはできなくなり、
どこかで、どんな形でか、で起きる戦いに身を投じなければなりません。
いつも通っているラーメン屋さんが、
とっておきの味を仲間の一人に披露します。
ひたすら地味に目立たぬようラーメンを作り続けてきたのですが、
いつの間にか腕が良くなってしまい、美味しいラーメンが
作れるようになっているのですが、彼はそのことを隠し続けてきた。
仮の姿を守るために。
召集のかかった日、彼はひっそりとスパイ仲間にとっておきのラーメンを振舞います。
もう、元の生活に戻ることはないのだという悲哀をこめて。
ネタばれ改行です。




当のスズメは、うっかり人命救助をしてしまいテレビに取り上げられるような
有名人になってしまったばかりに、召集メンバーから外され、
たったひとり夜の公園で、地下のサイロ(?)に消えていく仲間を見送ることになります。
たったひとりお祭りの輪の中から取り残されてしまったような悲しみを
スズメは味わいます。
自分はまた無味乾燥で、
呼び出されることのない人生に帰っていくしかないのでしょうか?

スパイの活動資金としてもらった五百万円は、
別れの日にクギタニ夫婦に返してしまったのですが、
人命救助であらたに五百万円を手にします。
そのお金でスズメはパリで逮捕されたクジャクを助け出しに町から旅だって行きます。
自分の足で一歩踏み出したところでおしまい、というオチです。
大いに笑って最後に感動。映画を見る楽しみとして申し分ないではありませんか。


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